境界の冒険者
がくひ
境界の冒険者
俺は昔から境界というものに目がなかった。境界とは物事を白黒はっきりと明確に分け隔てているアレの事だ。
だが俺はいつも疑問に思うんだ。その白と黒の境界におり立てばどちらも混在しているグレーな場所があるのではないかと。そんな白でも黒でもない曖昧な状態にいつしか俺は夢中になっていた。
身近な例を挙げれば温度だろうか。温かい場所と冷たい場所、その境界--そう。俺が今、暖かいおふとんの中から挑もうとしているものだ。
さて、挑むとは言ったがそれは何を指しているのか?
俺のおかれた状況も含めて軽く説明しておきたい。
今は真冬で俺の住んでいる地域ならば外の気温は零度には届かない程度だろうか……?そんな地域の閑静な住宅街、俺はその中の一室で暖房器具は全てオフにした状態で温かいおふとんの中にいる。
当然気になるのはおふとんのスペックだと思うがこれは実にシンプル。こいつ一枚あれば大丈夫だろうという分厚いポリエステル製の掛け布団。そこに快適性に優れた綿100%のカバーを装着しているのみだ。
そして今、当然のように外の冷たい外気は俺の装備を突破してくることはなく、快適そのもの--それどころか俺は若干暑さを感じている。
そんな状況で俺が挑もうとしている境界とは、すなわち冷たい外気とおふとんの境界である。
ゴソゴソ……
俺はさっそく右手の神経を研ぎ澄ませてベッドの中でモゾモゾとする。右手が目指す先は当然掛け布団の縁ギリギリの所である。
慎重に、ゆっくりとした前進であるが着実とその右手は歩を進めていき、たっぷりと30秒程かけてようやく掛け布団の縁に到達する。
俺はワクワクと心を躍らせながらそのおふとんの縁を侵していく。するとひんやりとした心地よい感覚が指先に伝わってくる!
「うひょー!ひゃっこい!」
これだよ、これ!温かいと冷たいの境界に立っているこの感覚!
つい声が漏れてしまったがサウナ後の冷水……と言えば良いのだろうか?火照った体がリセットされるような快感を味わいたくて俺は深夜にこんな真似事をしていた。
もうちょい行けるかな……?
指先から伝わる情報からはこれ以上は無理だと如実に伝えてくる。だけど俺の本能はさらなる快感を求めてしまっている。
ゴソゴソ……
少しずつ、指を折りたたむように指先の位置に手の平を近づけていく。
そして--パッと指先を掛け布団から一気に出して見せた。
「ヒッ……」
さっむっ!無理無理ッ!
事前に理性が判断した通りの結果に俺は秒で手を引っ込めた。
はぁぁぁ、おふとんの中あったけぇ……こうゆうのも良いよね。
冷たい所から温かい所へ入った安堵感は俺的に十分境界に立っていると言えた。まあ直ぐに暑くなってくるのだが。
そうなるとまたしてもおふとんの縁を侵したい気分になってきた俺はムズムズとしている。
ゴソゴソ……
たまらずにもう一度おふとんの縁を目指して俺の右手は動き始める。
だが、俺は一つミスをしてしまった。暑さ過ぎれば何とやらだ……。
掛け布団の温かさに弛緩した気分で俺は何のプランも無く右手を伸ばしてしまっていた。
当然だがあっという間に外に右手はおふとんの縁を突破してしまい手の平を外気にさらけ出す羽目になってしまった。
「……ッ!」
めっちゃくちゃ冷たい外気が俺の右手とおふとんの間に出来た隙間からすべり込み俺の居る領域にまで到達する。
さっむっ!めっちゃ冷えたわッ!
俺はぶるりと身体を震わせながらおふとんの中で身体を丸めて温まる。
はふぅー
そもそもおふとんの内と外で気温差が激しすぎるんだよなー!そのせいで境界が狭すぎる。
これを何とかしないといけないんだが……うーん、何かいい手はないかなあ。
ブランケットを掛け布団の上に掛けてみるか……?
それでおふとんの内と外を埋める事が出来れば境界の範囲は拡大するんじゃないか?
そんな浅はかな考えが思い浮かぶも--
「いやぁダメダメ。それはレギュレーション違反でしょ……」
俺は思わず声に出して今しがたの思考を否定した。
俺的にブランケットはアウトだ。
そもそもベッドの中でゴソゴソしていれば上に掛けたブランケットなんて直ぐにずれて落ちてしまう。そんな脆弱なシステムで境界を堪能することなんて不可能だというのが俺の持論だ。
普段の俺ならばそれで片付くはずだった。
--だが、二度もミスをした直後の心のスキを突かれた俺はブランケットについてもう一度考察してみるのも手なのではないか……?
そんな、ふとした思いつきで俺は一つの思考実験をしてみる事にした。
◆
ここは真冬のキャンプ場だ。気温は零度を下回っている。そうゆう設定だ。
そんな中で目の前には極上の防寒対策が施されたキャンプがおったっている。
それは結露対策が施された冬用テントにグラウンドシート。その上には厚手のレジャーシートと断熱マットで底冷え対策を施し、エアマットでさらなる底冷え対策とクッション性を確保する。
……まあプロならばそんなんじゃ甘いよ!冬キャン舐めんなっ!って言うかもしれないけどこれはあくまで思考実験だ。なのでこれで防寒対策は完璧な設定なんだ。
そして寝袋はその完璧な防寒対策のなされた寝床の上に置いてみる。
また寝袋は当然横開きの製品がチョイスされている体だ。断じて正面開きのブツではない。
なぜなら側面からそっと手を出して俺はこの冬キャンの境界に立つのだ。これは譲る事は出来ない絶対条件だろう。
さて、これで舞台は一応の完成と相成った。
だが……当然であるが外気との気温差は自宅のベッドとは雲泥の差である。寝袋から手を出そうものならば一瞬で凍えてしまうだろう。
それは下手をすれば命に関わってしまうレベルの大事であって俺的には絶対に許されないシチュエーションだ。
何故ならば、この境界遊びの本質は舐めプである--と俺は自負している。
圧倒的な強者の立場から備わった機能を落として身をさらけ出しリスクを冒す……そんなフリをする。
そんな精神的優位と安全が確保されているから楽しいのだ。誰も命綱のないバンジーなんてやらないだろう?
だからこそ用意した極上の防寒対策なのだ。リスクなどあってはならない。
なんなら外に出す手には吸湿発熱繊維の肌着を着ているという設定をオプション追加してもいい。
あくまでも安全が保障された場所から境界に立つからこそ遊びとして成立するのだと俺は強く言いたい。
そこで登場するのが件のブランケットだ。
こいつを寝袋の上に掛けてみよう。するとどうだろうか。
寝袋の中と外にあった圧倒的な気温差がブランケットの中で埋められている!
これは十分に温かさと冷たさの境界が成立しているんじゃなかろうか!?
なんならペットとして長毛種の犬を登場させてみてもいいだろう!
俺が声を掛けると犬は喜び勇んでブランケットの中に入って俺に身を寄せてくる。かわいい!
だがこの犬、かわいいだけじゃないんだ。
ブランケットの中に発生した境界は、だが外気によってすぐに潰されてしまうだろう。
が、しかしである。
もし、犬のふかふかした身体を撫でまわすことで犬の体温によってそこに新たな境界が発生する。
そんな可能性もあるんじゃなかろうか?
うむ……良き!この設定ならばブランケットの可能性を模索出来るはずだ!
そう思った俺は
よしッ……!さっそくシミュレート開始だっ!
俺は空想の中でさっそく意気揚々と寝袋に潜り込んでいきその上からブランケットで包み込んだ。
俺の体は冷え切っておりブルリと身を震わせる。だが、しばらくして寝袋内が温まってくると俺はさっそく寝袋のジッパーを降ろし始めた。
それだけで外気が流れ込んで気温が下がるも吸湿発熱繊維の肌着を着ている為かまだそこまで寒くはない。これならいけるかと俺はほくそ笑む。
どれ、まずは一味ためしてみますか。
ソロリ
寝袋から覗かせた俺の指先に微かな冷気が伝わってくる。
おっ?おおっ!いけるじゃん!やるじゃんブランケット!
ブルリ
素直に賞賛するも直ぐに冷たくなってきた……。
まぁここまでは予想どおりだ。ならばと。
「ポチ!ポチッおいでー!」
「ハウハウッ」
ポチとたった今名付けた犬がブランケットに勢いよく滑り込んできた!
「よーしよしよしっ!」
「クウーンクウーン!」
俺は寝袋から出した手で犬を撫でてやると身を寄せてきた。そこには犬の体温が確かに感じられ既に外気の凍える冷たさはない。まさしく今俺は境界に立っていた。
◆
「…………いいじゃないの」
ポチありきだった様な気もするが俺はブランケットの新たな可能性を提示出来たのは大いなる成果なのではなかろうかと自賛してみる。
こりゃ今度の休みにブランケット買いに行くしかないな……。
まあ、それはそれとして今はないし、んー。
そうだ!今度は足でいっちゃおうかな!
俺はゴソゴソとベッドの中で体勢を変えていく。今度は手以上に慎重にならなければいけない。
なぜならば足はつま先が立っているのだ。油断しようものならあっという間に掛け布団はめくり上げられおふとんの中は冷気に晒されてしまうだろう。
モゾモゾ……
うーん?もうちょいかなあ
モゾモゾ……
その瞬間、俺は唐突に足元から冷気を浴びていた。だが、そこはまだ掛け布団の縁に到達していない安全領域のはずだった。
そんな不意打ちに俺は思わず声を漏らす。
「ひゃっ」
あ、ああああ!これはッ!
掛け布団がカバーの中で偏ってしまう現象!!
掛け布団カバーの中で中綿が偏り、それによってデコボコになっていた掛け布団のすき間、そこに俺の伸ばした足がすっぽりと入ってしまった為に一騎に外気を取り込んでしまっていた。
くっそぉおお!こんなトラップがあるなんてよおお!
さ、寒い……こんな状態じゃ攻略なんて出来ないぞッ……!
……いや、待て待て!そうだ、俺には今しがた
境界がないなら作りだせばいい!おふとんと外気の間に被せるもの……なにもブランケットに限らず足ならば靴下を履いてもいいんじゃないか!?
俺はレギュレーションについて思考を割く。
特に禁止にはしていない。まあブラックリスト方式なので考えていなかっただけなのだが。
うーん……?冷え性の人はよく靴下はいて寝るし意外と普通の事なのかもなあ。ならいいのか?……まあいいか!
さっそく掛け布団をはねのけて箪笥を開いた俺は悩む。
うーん。長すぎるとおふとんの中で暑すぎな気もするなー。でも短すぎると掛け布団がカバーの中で偏ってしまう現象に対抗出来ない気がするんだよなあ!
間を取って
さっそく靴下を履いてベッドに滑り込んだ俺は先程に引っかかったトラップの場所まで足を延ばしてみる。
もうちょいかな……?よいしょー!
その瞬間またも大量の冷気がおふとんの中に入り込んできたが今度の俺はそれに喜びを感じていた。
おおお!?冷たくない!足先はまさに境界に立っている!そんでおふとんに入り込んだ冷気も実はそんなに冷たくない!?
ぬおおぉおーーこいつはすげぇえ!
俺は夢中になってしまった。徐如にタガが外れていき、片足ずつだったのを両足同時に掛け布団の縁を侵し、なんなら右手も一緒になって境界を探し始めていた。
だからだろう、俺はその瞬間まで気付くことが出来なかった。俺がゴソゴソとする事で弄り回されたおふとんは更なる偏りを生み出し右側面に全ての中綿が集まってしまっている事に……。
……?えっ!?さむっ!寒い寒いっ!なにこれ!!
突然の事態に俺は慌てて冷気を感じる左側に目をやった。そこには驚きの光景が広がっていた。掛け布団カバーの左側面がだらしなくベロンと垂れ下がったいるのだ!
げえええ!これじゃ温まれないじゃないか!ま、まずいぞ!
俺はあわてて偏りを戻そうと掛け布団カバーの両端をつまんだ。
ここで横着せずにおふとんから出て作業していれば良かったのかもしれない。だが、この時の俺は焦っていたんだ。
何しろ絶対安全な防寒地、おふとんの中にいたからこその境界遊びだったのにそこが脅かされたんだ。
そんな状況で冷静な判断なんて望むべくもなく一秒でも早くおふとんを取り戻そうと必死だったんだ。
だからだろう、寝っ転びながら作業した掛け布団カバーの端をつまんでトントンしたところで偏った掛け布団の中身が元の位置に戻るはずもなく更なる偏りを生み出すだけの結果に終わってしまう。
お、おわった……これはもうダメだろ……
俺は一本の
だが--
ん……?んっんー??でもこれ、この一本のおふとんを俺の上に置いたらどうなっちゃうんだろう??
俺はソッとやさしく俺自身の上にこの無様を置いてみた。
そしてスカスカになった掛け布団カバーを寄せ集めて自身の側面に添えてみる。
--そこには驚きが隠されていた。俺は本日何度目かの驚嘆の声を漏らしてしまった。
「ぬうう……ッ!これはッ!!」
温かい!温かいぞー!
ちゃんと身体を真っ直ぐ伸ばしてればギリギリだけどちゃんとかぶさるじゃん!
しかも脇の掛け布団カバーもきちんと隙間を埋めていい仕事してんじゃあん!
おふとんに本来備わった機能は決して失われてなどいなかった。そして重要なのがこの端を丸めた掛け布団カバーだ。ただの無様だと思っていたコイツが上手い事に機能していておふとんの暖気と外の冷気を実にいい塩梅でまとめ上げていたのだ。
「………………成った。これはもう成っただろう……。俺がもう一本の境界線だコレ……」
もしも、仮にだが……俺が将来なんらかのインタビューを受ける事になったとしたら今日の事を次の様に語る事だろう。
今までの人生の中でもっとも大事な一瞬だった……と。
俺はそれ位の衝撃を感じている……!
そうだ!この機会に今日の研究成果をルールブックにまとめてみようかなー。そしたらどっかの投稿サイトに投下してみんなに共有してあげようっと!
ふひっ、このルールブックを読んだ読者はどんな顔するかなあ。喜んでくれるかなー!<いいね!>してくれるといいなああ!!
そしたら皆と……寒ッ!!えっ?ちょおお掛け布団カバー冷えるのはえええッ!!
かつてない冷えに襲われた俺はたまらずに思考を中断してベッドから飛び下りた。
振り返っておふとんの状態を確認する。
「こ、これは無理だ……」
客観的に見たらより酷い。
こんなの、掛け布団じゃないよ。もうただの抱き枕じゃないか……。俺の新ルールブックには抱き枕なんて特別ルールは用意してないんだよ!
んー……残念だけどここでゲームセット……かな。
さすがにこの状態で境界遊びを続けるのは不可能だと俺は悟った。
「よっしゃリセットして二回戦やったろ!」
夜はまだまだこれから。この先にまだ見ぬ境界があるならば俺はこれからも迷わずに挑戦していくだろう。
なぜなら俺は境界の冒険者!
境界の冒険者 がくひ @gakuhi-h
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