第4話 表と裏

全てのことには表と裏がある。


例えば普段、何気なく見ているテレビを思い出してほしい。

表を出演者とするなら、裏はディレクターやカメラマンなどになる。


私たちは常に表と裏のそれぞれの役割を担う人たちによって生活や仕事、娯楽を提供されている。


何か提供されるということはその裏には頑張っている人がいることを自覚しなければならない...


-午前6時-


まだ日も上がらない時間だ。

俺は仕事のために伊勢佐木町の風間さんの店に来た。


「おはよう〜」


風間さんは店の前でタバコを吸っている。


「時間通りに来るって偉いじゃないか」


沖田さんも一緒だ。


「おはようございます」


「とりあえず詳しい話は後からで沖田に掃除習ってきて〜」


いつもの笑顔で促された。


「まずは各個室の掃除からな。特に浴槽は念入りにな。うちは全部で10室あるけど使うのは5部屋だけどちんたらするなよ」


「わかりました」


「それじゃタバコ吸ってくるから1部屋やってみろ」


そう言って沖田さんは出て行ってしまった。


(よし、まずはやってみよう)


俺は黙々と掃除に取り組んだ。


とりあえず自信はないが掃除は終わった。

その瞬間、沖田さんが戻ってきた。


「お前...」


「どうですか?」


恐る恐る聞いてみる。


「完璧じゃねーか!、しかも早いじゃねーかよ〜」


背中をバンバン叩いてくる。

力が強く痛い。

思わず咳き込む。


「つい力入っちまってわりーな(笑)、経験あるのか?」


「昔ラブホの清掃やってたことあるのでその要領です」


「んじゃ、この調子で残り頼むな。終わったら事務所に来い」


またすぐに出てってしまった。


(誉められた...残りもこの調子で終わらせる!)


仕事をして初めて誉められたのが嬉しかった。

いままでこんなに嬉しかったことはない。


掃除を終わらせ事務所に行く。


「終わりました」


「早いね〜、沖田より早いんじゃない〜?」


「うるせーよ。福住は掃除の経験者だとよ」


風間さんは笑い、沖田さんは罰が悪そうだ。

そんな時ドタバタする音が聞こえる。


「ちょっと!、今日掃除したの誰?」


「カンナおはよう〜、血相変えてどうした〜?」


風間さんはカンナさんに水を渡す。

その水をカンナさんは一気に飲み干す。


「沖田の掃除じゃないよね?、いつもよりめっちゃ綺麗なんだけど!」


カンナさんは興奮気味だ。


「今日から掃除はそこの福住の担当になったんだよ。ってか俺の掃除がなってねーって聞こえるんだけど気のせいか?」


沖田さんは少しイラついている。


「誰もあんたが怖くて言わないだけだよ(笑)」


気まずい空気をカンナさんの笑いが一変させる。


「二人とも、その辺にしときな〜、まだ福住君には待合室とかの掃除残ってるんだからさ〜」


「あ、片っ端から掃除してきます!」


俺は逃げるようにその場を離れた。


待合室、受付、トイレなどお客さんが使う場所を掃除する。

時間に追われてるが一人で掃除をしてるせいか集中できる。


こうして掃除をしてると今まで思ったことないことを考える。


(お客さんに気持ちよく楽しんでもらえるように俺は頑張っているんだ)


そんなことを考えながら掃除を終わらせると風間さんが声をかけてきた。


「ご苦労さん〜、見させてもらったけど完璧じゃん〜」


肘でツンツンしてくる。


「ありがとうございます。掃除終わりましたけどこれからは?」


「ちゃんとうちの説明してなかったからまず説明するね〜」


事務所に促される。


「まずKASTLE(キャッスル)にようこそ〜」


そう言って店のロゴを見せられる。


「スペル違いません?」


俺の指摘に沖田さんが答える。


「頭文字がKなのは風間のKだよ(笑)」


「そんなとこ〜、あと二人の紹介ちゃんとしてなかったから自己紹介〜、まず沖田ね〜」


「俺は沖田 司(オキタ ツカサ)だ。一応、副店長やってる。これからよろしくな」


握手を交わす。

もちろん力は強い。


「僕は土屋 聡(ツチヤ サトシ)です。ネットとかそっち方面を担当しています」


土屋さんは相変わらずモニターに釘付けだ。


「とりあえずこんな感じの独特なやつしかいないんだけどよろしくね〜」


風間さんも十分、独特だと思ったが心に閉まっておく。


「もしかしてスタッフってこれだけですか?」


「そうだよ〜、あとうちは年中無休だからよろしくね〜」


目が点になるとはこういうことだと思う。


「安心しろ。月1回はボイラー点検で休みあるからな」


沖田さんがポンっと肩を叩く。


「もしかしてですけど休みってその1日だけですか?」


「なんか文句ある?」


沖田さんが顔を覗き込む。

ドスの効いた声で言われると怖い。


「沖田も脅さないの〜、まぁ用事あれば中抜けもOKだからいつでも言ってね〜」


風間さんは休みについて否定しない。

仕事を無条件でもらったのだ。

休みについてとやかく言う権利は俺にはないし何より風間さんは信頼できる人だ。


「なにも文句なんてないです。よろしくお願いします」


俺は頭を下げた。


「それじゃこれからよろしくね〜、あと店終わったら歓迎会やるから空けといてね〜」


風間さんはそう言い残して何処かへ出かけて行った。


俺はKASTLEの新たな一員となった。

休みが月1日しかないいわゆるブラック企業だろが関係ない。

信頼できる人に出会えた、それが一番大きい。


必ずしも表で頑張っている人が偉い訳ではない。

裏の存在、努力があるから表もより輝ける。


こうして俺の人生の新たな歯車が回り始めた。

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職業に貴賎なし〜どんな仕事にも意味はある〜 @syaca

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