第3話 始まり、それは幸か不幸か

世界には様々な仕事がある。

製造や販売、飲食、サービスなど多種多様だ。


中には周りに言えない仕事もある。


ただ一つだけ共通することがある。


それは仕事をすることで報酬を得ることである。


「もう夜か...」


俺はまだ風間さんの店に行けずにいた。


俺には持論がある。

それは誰かを傷つける仕事はしたくない。

例え月に100万、200万と稼ぐ仕事だろうと。


(風俗って女の子がやりたくてやってる仕事じゃないだろ...)


お金が欲しい、借金を返済しないとならない、入れ込んでるホストのためとか風俗には必ずお金の話がつきまとう。


(とりあえず約束だから行こう...)


俺は考えながら行く事にした。

考えても仕方がない。


外は寒い。

考えるのも外にも出たくないくらいだ。


寒さのせいか早足になる。


早足のせいか予想より早く着いてしまった。


(やべ、全然答え出てない!)


そう思って引き返そうと思った矢先、正面の扉が開く。


「おぉ〜、福住君、約束通り来たんだね〜」


もう引き返せない...


「ここじゃなんだしさ〜、中においで〜」


「はい...」


諦めるしかない。

どうにでもなれって感じだ。


事務所に通された。

中には土屋さんはパソコンと睨めっこし、沖田さんはソファに寝転がってゲームをしているようだ。


「適当なとこ座っていいよ〜」


風間さんはそう言ってくれるが座るとこがない。


「沖田〜、福住君と話あるから少しどいてくれる〜?」


そう言うと沖田さんは黙って席を移す。


「それじゃ、昨日の話の続きしようか〜」


風間さんは相変わらず笑顔だ。


「俺から質問させてもらっていいですか?」


考えがまとまっていない俺は時間を稼ぐしかない。


「なんで風俗なんてやってるんですか?、風俗って女の子を不幸にしてるだけですよね?」


風間さんは表情を変えない。


「福住君さ〜、直球すぎる質問だね〜、嫌いじゃないけど〜」


この人はとにかく読めない。

なにより怖いと思う。


「昨日も言ったと思うけどさ〜、うちは覚悟とかそういった事情を踏まえてるよ〜、もちろん受け入れられない子は採用しないからさ〜」


「それってどうゆうことですか?」


風間さんは真面目な顔になる。


「うちには訳ありな姫しかいないのよ、金だけじゃない問題抱えてるのも多いんだよ」


「金以外の問題?」


「簡単に言うとDVの被害者とかいろんな事情を抱えてる姫達の受け皿になってるんだよ」


意外な答えだった。


「もちろん風俗で働きたくない姫には別な仕事を紹介してるよ〜」


表情が戻る。


「なんでそんなことしてるんですか?、そんなのでやっていけるんですか?」


「俺は金のために風俗してるわけじゃないよ〜、金のために風俗やったら姫達が不幸になるだけでしょ〜」


俺は胸を打たれた。

誰かを傷つける仕事はしたくない俺と同じ考えだ。


(この人にならついていっていいかもしれない)


完全に俺は風間さんの虜になってしまった。

もし今の言葉が演技なら相当な役者だ。


「質問ってそれだけ〜?」


我に返る。

その瞬間、俺は立ち上がり頭を下げた。


「若輩者ですがよろしくお願いします!」


間髪入れず黙っていた沖田さんが叫ぶ。


「よっしゃー!」


なにがなんだかわからなかった。


「これで俺の雑用係も卒業ってことでいいよな?」


(雑用係?、どうゆうこと?)


「まぁ、福住君がうちに来るってことだからそうゆうことでいいよ〜」


沖田さんはずっと喜んでいる。

土屋さんは相変わらずパソコンに集中している。


「それじゃこれから福住君にはうちで働いてもらうってことでよろしくね〜」


「あの履歴書とかは?」


「そんなのいらないよ〜、その紙切れ1枚でその人を理解できるなら必要かもね〜」


この人は本当に経営者なのか?

今までの俺の社会の常識をことごとくぶち壊していく。


それより社会の常識ってなんだ?

ただ世の中に流されていただけじゃないか?


俺は結局のところ世の中の常識に囚われていただけだ。


「それじゃ今日は遅いから明日の朝、詳しいこと説明するね〜」


「はい!、よろしくお願いします!」


沖田さんが肩を組んでくる。


「半端なことしたらどうなるかわかってるよな?」


さっきの雰囲気と違う。

本気の目だ。


「沖田〜、脅さないの〜」


風間さんがたしなめる。


「脅しじゃねーよ、お前だって昔のこと忘れたわけじゃねーだろ?」


(昔のこと?)


「忘れたわけじゃないよ〜、俺達は福住君の命の恩人なんだしそこんとこは大丈夫だよ〜」


よくわからないがプレッシャーだ。


「明日は朝6時に店に来てね〜、服装はジャージでいいから〜」


「ジャージ?、スーツじゃなくていいんですか?」


「まずは雑用からスタートに決まってるだろ、スーツで風呂掃除やれるなら構わないけどな」


どんな仕事もそうだがまずは下積みだ。


「今日はそんなとこで明日からよろしく〜」


俺は店を後にした。


仕事が決まった。

大きい声では言えない職業だが...


だが信頼できる人に出会えた。


(とにかくやると決めたからにはやろう)


空を見上げる。

空気が澄んで星がよく見える。


どうなるかわからない。

考えたところでどうにもならない。


前に進むしかない。


俺は考えるのをやめて明日の初仕事に向かうことにした。

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