初めてのキス(後編)


「……寒いっ」


「えへへっ……ごめんね、今日は」


「あぁ、まったくだよ……」


「私のワガママだけど、ありがとぉ」


「まぁ、いいよ。今日くらい」



 高校から歩いて数分。


 いつもはバスで10分程度の道のりを今日という日は二人で歩いて帰っている。


 クリスマスだからもっとゆっくり話したいらしい。別に話したいなら普通に家でも行くってのに、どうしてか女子って言うのはシチュエーションを大事にしたいようだ。


 仕方ない――と渋々許すと、ニヤニヤと笑みを向ける雫。


 するとすぐに身を寄せて、腕を組み始める。


「うんっ。じゃあ今日はいっぱい甘えちゃおうっかなぁ~~」


「限度は守れよ」


「限度、何それ? 美味しいの?」


「……雫の馬鹿さもそこまでいけば何も言えないな」


 僕が真に受けているふりをすると、雫はむぅっと頬を膨らませた。


 息を吐くと出る白い靄の先に頬を赤らめて、ぷんすかと怒った顔でこちらを睨みつける。


「————私、馬鹿じゃないし」


「そうか……なら、追試は絶対100点だよな」


「うっ……そ、そんなこと……できるしっ」


 喉を詰まらせたように苦しく吐き出すと、雫は僕の右手を掴んだ。


「そ――そんなことよりも、今日はクリスマスなんだから楽しい話とかしようよっ」


「楽しくないの、勉強?」


「楽しいわけない。誰があんなことするのよ」


 いたずらに訊くと予想以上に顔を顰めながらそう言った。

 どうやら真面目に嫌いらしい。


 まぁ、だからと言って全教科で赤点を取るのは僕からしても危なっかしくてやめてほしい。


「だいたい、いいじゃん。この高校に来るだけで私、すっごく頑張ったし!」


「そのポジティブさはすっごく良いと思うけど、高校の後が大変だと思うけど?」


「いいもん。私は当麻に永久就職するし」


「……別れることを考えてないの?」


 自信満々に言うが、正直僕からしてみればもっと考えてほしい。確かに偏差値60以上のまあまあ進学校な高校にこれだけで凄いことなのだが、高校なんて正味大学受験の前哨戦のようなものだ。


 ここでなまけたら一気に落第するし、頑張れば出世できる。そんな狭間の今この時期を無駄にしてほしくもない。


 一人でも大丈夫なように、最低限の努力は頑張るべきだと思う。


 ただ、生憎と彼女はそうは思っていなかった。


「……わ、別れるのっ——?」


 大粒の涙。

 震える肩。


 冗談で言ったはずなのに、雫の瞳はまるで水の雫のように小刻みに震えていた。


「いや、別にそう言うわけじゃないけど……」


「び、びっくりしたぁ……やめてよ、縁起でもないこと言うの!」


 あっとした表情で涙を殴る様に拭くと、ムスッと表情を変えて一発脛を蹴ってきた。


「ってぇ……いや、僕はもっと自分のこと考えてほしいと思って言ったんだけど」


「私にはそうは聞こえなかった。ほんと、やだ」


「やだってもなぁ……少ないにしろ、その可能性もあるから一人で生きていける能力を付けてほしいんだよ、僕は」


「……だって、一生幸せにしてくれるって言ったじゃん」


「言ったは言ったけど、そう言う意味じゃ——」


 いうなれば言葉遊び。

 そんな台詞が出かけて、僕は立ち止る。


「じゃあ、どういう意味なの?」


「……いや、なんでもない。その通りだよ」


 言ったのは事実。

 真に受けてもいい言葉だ。


 その責任を背負っているのは勿論僕でもある。


 まじまじと綺麗な瞳で見つめてくる雫に、目を離せず、僕はこくりと頷いた。


「……そ、そう?」


「あぁ、大丈夫」


「なら、いいんだけど」


「ん」


 



 それから数分。

 雪の積もった帰り道をただひたすらに歩いていた。


 叫び、楽しそうに帰る小学生や雪玉を作って遊びながら帰る中学生。

 通り過ぎる度にこの日が特別なわけでもないことを悟ってしまう。


 雫の小さな身体を前に、足並みを合わせる。


「ねぇ」


 そんな小さな背中をぼーっと眺めていると雫はボソッと呟いた。


「——な、なに?」


「なんで、当麻っていっつも一人なの?」


「え?」


 何かと思えばそんなこと。

 少しびっくりして損をしたかもしれない。


「……別に、ただ一人が好きだからかな」


「そうなの?」


「うん、疑ってる?」


「いや、ただ……私と要るのが嫌なのかなって」


「誰もそんなこと言ってないだr——」


 まさかそんなこと――と言いかけて、先程似たようなことを口に出したことを思い出す。


 ハッとして、直ぐに言い直そうとすると——雫は立ち止った。


「別に無理はしなくていいんだよ?」


「無理って?」


「嫌なら嫌って言ってほしいっていうか」


「嫌なわけ。それにさっきのは心配だっただけで……ほんと、気にすることじゃないよ」


「……ほんとに?」


「ほんとだ」


「……なんか、信じられない」


 目を細めてジト—っと一瞥。

 真面目に言ったのだが、どうやら伝わっていなかったらしい。


「信じてくれ」


 そう言うと、雫は顔を下に向けて黙りこけた。


 1秒、2秒、そして3秒。

 何も言わず、さすがに怖くなってきて声を掛けようとした刹那。


 身長差20㎝の彼女は僕の制服の襟をぎゅっと掴んで抱き寄せる。


 そしたら耳元で——


「キス、まだだったわよね?」


 思わず耳を疑った。

 しかし、彼女は止まらない。


「……え、い、今?」


「だめ?」


「だめってわけじゃ……」


 グッと手を握り、さらに近づく。


 残り1㎝を切ったところで、突き放そうとしたはずの手が一気に緩む。


 すると、もう一度身を寄せて雫は一言呟いた。


「……私の初めて、奪ってほしいの」


「え」


「ちょっとだけ意地悪で、可愛くて、孤高な君に……奪ってほしいんだ」


 一瞬、その場が静かになった気がした。

 行き交う車の音も、人々の声も、何も耳に入らない。


 頬が赤くなったのを感じて、束の間だった。


 あったかいものが唇に当たって、僕と彼女は何かに引き込まれていた。


 







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だから私はそばにいたい、ちょっと頭のいい君のそばに。 藍坂イツキ @fanao44131406

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