予知夢の当たる確率

 溢れ出てきた魔物たちは、一体残らず消え去っていた。

 ダンジョンの入り口は、崩れた岩で塞がっている。

 見える範囲に、動くものは何もいなかった。


 泣き止んだ私は、爆心地を目指して歩き出す。

 痛みを堪え、右足を引きずるようにして進む。


 アーロンが言っていた。


 お前の夢は実現する。だけど、結果のすべてが分かる訳じゃない


 あの男の子も助かったんだ

 きっとアーロンだって……


 やがて私は到達した。

 何もないその場所で、私は立ち尽くす。


 分かってはいた。

 男の子の時とは状況が違うのだ。


「いやよ」


 涸れることなく涙がこぼれ落ちていく。


「私を一人にしないでよ」


 強く拳を握る。

 そして叫んだ。天に向かって、彼に向かって、心の底から私は叫んだ。


「私を助けてよ、アーロン!」


 ガラガラ!


 突然、ダンジョン入り口近くの崩れた岩が動いた。岩の隙間から、逞しい男が飛び出してくる。

 辺りを見回した男は、私を見付けると、もの凄い勢いで駆け寄ってきた。


「レナ!」


 肩を掴まれて、私が目を見開く。

 息が止まるほどの驚きで声も出ない。


「今度は何だ!? 何が起きた!?」


 怒鳴るように聞く男に、私が言った。


「どうしてよ」


 震える声で言った。


「どうしてあなたは、生きているのよ」

「それは……」


 狼狽える男に、私はしがみついた。


「何でもいい。何でもいいから、もういなくならないで。毎週ショバ代も払うから、だから……」


 泣いてばかりの私を、男がそっと抱く。


「泣かせてばっかりで、ごめん」

「謝るな、バカ」


 暖かい胸に顔を埋めたまま、私はいつまでも文句を言い続けた。



 あの時アーロンが使ったペンダント。それは、”破滅の石”と呼ばれるものだった。強力な範囲攻撃魔法を発動できるが、それから術者を守る方法がない。つまり、自爆覚悟で使うという危険な秘宝だったのだ。

 私があれを隠した時、どうして父があれほど焦っていたのか、今になって分かった。


 そして、アーロンが助かった理由も分かった。

 それは、アーロンが持っていたもう一つの秘宝の力。私の母から託された”守護の石”の力だった。

 私をいじめっ子から守ってくれていた頃、アーロンは私の両親と知り合っていたらしい。父に見込まれて剣を習い、母に見込まれて、私と守護の石を託された。

 私がいじめられなくなったのは、私が大きくなったからではなく、アーロンがいじめっ子たち、つまりフレディたちをぶちのめしたからだったようだ。

 その後、アーロンは家の事情で村を離れたが、風の噂で私の両親の死を知ると、家族と別れてこの町にやってきて、ヤクザを名乗ることになったのだそうだ。


 悪魔の巣から逃げ出したフレディたちは、全員捕まった。フレディたちの黒幕、メルム商会の会長も逮捕された。

 秘宝コレクターだった会長は、一年前のあの事件の首謀者でもあった。当時は証拠不十分で逮捕に至らなかったが、衛兵たちはずっと会長をマークしていたとのことだった。

 その会長が、再び悪魔の巣への潜入計画を立てた。

 見張り番の男たちを買収し、社員の中から見込みのありそうな人間に声を掛けて、今回の計画が実行されたのだった。

 潜入メンバーに選ばれたフレディは、私がこの町にいることが分かると、秘宝目当てで私に近付いたらしい。アーロンがこの町にいることは知らなかったようで、後日行われた裁判では、証人として立ったアーロンを見て目を丸くしていた。


 爆発騒ぎの後、私は駆け付けた衛兵に事情を説明し、衛生兵の治癒魔法で足のケガを治してもらってから、アーロンに送ってもらって店に戻った。

 二人とも泥だらけだったので、また明日会う約束をして解散する。

 店の片付けは後にすることにして、とりあえず、大家さんに頼んで玄関の鍵だけは直してもらった。その後は、お風呂に入ってベッドに潜った。


 その夜、私は夢を見た。

 それは、いつもの夢。凄くはっきりしていて、普通の夢とは全然違う夢。

 だけどそれは、これまで一度も見たことのない夢。そこで起きたのは、不幸な出来事ではなく……。


 そして翌日がやってきた。


「体は大丈夫か?」


 店に入ってきたアーロンが、挨拶もせずに聞いてくる。


「だ、大丈夫よ」


 私は、アーロンを見ずに答えた。

 アーロンが近付いてきて、私の顔を覗き込む。


「本当に大丈夫なのか?」

「だから大丈夫だってば!」


 私は全力でアーロンを押し戻した。

 驚くアーロンをやっぱり見ることなく、カウンターの上の財布をポケットに入れて、そのまま玄関へと向かう。


「商品の仕入れが必要。それと、ショーケースの修理依頼も」


 そう言いながら、玄関を開ける。


「一緒に行こうか?」

「か、勝手にすれば」


 ちょっとだけ首を後ろに向けて、私は答えた。

 アーロンと一緒に外に出ると、扉に鍵を掛けて、私は歩き出す。アーロンに並ばれないように早足で歩いて行く。


「何でそんなに急いでるんだ?」

「いいの!」


 答えて、私はさらに足を早めた。

 今の私の顔は、絶対に見られてはいけない。というより、今は私がアーロンの顔を見ることができなかった。


 だって、夢の中で私は……


「レナ」

「何よ!」


 歩きながら、私は思い出す。

 夢の中で起きた、びっくりするような出来事。


「ちょっと」

「いいから黙って歩きなさいよ!」


 歩きながら、私は胸を押さえる。

 心に刻まれた、泣きたくなるほど幸せな気持ち。


「レナ、待って」

「待たない!」


 歩きながら、私は考えていた。

 私の予知夢の当たる確率は、今のところ百パーセント。


「ごめん、俺また何か……」

「謝るな、バカ!」


 立ち止まった私が、振り返ってアーロンを睨む。

 睨まれたアーロンがうなだれる。

 それを見て、私は思わずアーロンの手を握った。


 大きくて、逞しくて、暖かい。


 驚くアーロンを引っ張るように、私はまた歩き出す。

 歩きながら、私は思った。


 私はきっと、この人と……

 

 いつもの町並みが、不思議なくらいキラキラ輝いている。

 そのことにふと気が付いて、私は、そっと笑った。




 予知夢の当たる確率 完

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予知夢の当たる確率 来栖薫人 @crescunt

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