40 蛇足の二人

 ログハウス風のこじゃれたカフェで、ウェイトレスを気取る律夏りつかに目を細める。彼女が店に立つなら、毎日通ってもいい。

 実際は、夕方の番組で紹介された後の混雑を気にして、一時的に手伝いに出ているだけなのだけど。

 同じように手伝いに来ているひびきが(こっちは本職で慣れてるから、様になってるのが嫌味だ)銀の盆で私の頭を叩いた。


「よだれ垂れそうな顔してんな」

「そ、そんな顔してないモン」


 暫定的に、と言いながら大樹さんが用意したユニフォームは、彼の着ているものと似ていてシンプルで機能的。なにより律夏に似合っているのだから、駆り出されたことに文句も言えない。

 律夏が寄り添うことで少しずつ自信を取り戻している彼は、謙虚にその腕をふるい、『想い出の味』もひっそり続けることにしたようだ。


 もうそろそろ一年を超えただろうか。あの日、日付の変わる頃に突然バーに現れた律夏は、何が起きたのか頑として教えてくれなかった(そのことについてはものすごく悔しいのだけど、もう少し落ち着いたら話すからという約束を信じている)。どうやら、あのうさん臭い吉出という男も関わっていたようだけど、この建物や土地を見つけるところから全力でサポートしたのもあいつらしい。

 大樹さんは仕事上だけの付き合いだというし、たまに見かけてもレッドアラームほどではなく、イエローアラームくらいのイメージになっているので、対処したらしい大樹さんの株は上がってしまった。ちょっと悔しい。

 まあ、私のカンは間違ってなかったってことだよね!


「そろそろ開けてもいいか? よろしく頼む」


 時計を見て、大樹さんが入口へと向かう。

 すでにそわそわと並んで待っている人々を見て、私はちょっとだけ姿勢を正した。



 * * *



 途切れることがないんじゃないかと思われた人の波をどうにかさばいて、予備で用意していたケーキも無くなると、ようやく少し立ち止まる時間が出来た。時間は少し早かったけれど、売れるものも無いからとそれ以上の入店はお断りして、最後の客を送り出したら全員が椅子にへたり込んだ。ののちゃんという、おさげで黒縁眼鏡をかけた女性は瀕死の様相だ。


「大丈夫?」

「な、なんとか……日頃の運動不足が祟って……」

「今日はお風呂でよーくマッサージした方がいいよ。明日も無理しなくていいから」

「い、いえ! これは私も望んだことですから!」


 ガバリと起き上がり、こぶしを握る様子にみんなでちょっと笑う。

 律夏とはちょくちょく店で顔を合わせるようで、二人はずいぶんと仲良くなっていた。彼女の書く紹介記事もアクセス数は上々らしい。


「じゃあ、栄養補給してもらおうか」


 大樹さんが腰を上げると、律夏も手伝うとついて行った。店主とはいえ、まだキッチンに立つ姿に感心する。


「俺も何か作りましょうか」

「まだいいよ。一杯目はシャンパンを開けるから。もう少し休んでてくれ」


 響も立ち仕事には慣れているから、回復は早い。座るのも落ち着かないようで、持ってきたお酒やシェイカー一式を確認し始めた。動く気のない私とののちゃんは顔を見合わせて苦笑する。


「ずっとこんなだと大変ですね」

「平日はここまでじゃないと思うけどね。ひと月もすれば、落ち着く、かなぁ」

「しばらくは予約制にするという手もありかもですね。大樹さん一人なら、その方が管理しやすそう」


 なるほどと頷く。

 しばらくうだうだとしていたら、外のオープンスペースに子供の姿が見えた。ひとりは『源』でも見かけた少年だけど、もうひとりの赤い浴衣の子は誰だろう? 妹かな?


「あっ。私、ちょっと行ってきます」


 ののちゃんが彼らを見て出ていく。そのまま、オープンスペースに腰を落ち着けて談笑し始めた。

 キッチンの二人と、外の三人をぼんやりと眺めて、なんとなく口角を持ち上げる。


「ちょっと寂しいなー、とか、思ってる?」


 不意に戻ってきて隣に座った響にどきりとした。


「べつに。疲れたなーって」

「そ? 思ったんだけどさ、俺たちも一緒に暮らさない?」

「は?」


 低く冷たい声にもひるまずに、響は続けた。


「ハニーに構ってもらえなくなったら、どうせバーうちにきて酒飲む時間増えるだろ? 一緒の家に帰るなら、送っていく手間も省けるし、朝の支度とか俺出来るしさ」

「何急にヒトのオトコ気取ってんのよ」

「そういう訳じゃないけど。でも、よっしーの面倒見れるの、俺だけだと思うよ」


 飄々と、それでいて自分は正しいと疑ってもいない。私がどれだけ他の男と付き合おうが、気にするそぶりもない。その、嫌味なまでの自信が、ほんっとーにイライラする!


「その、失恋した女につけ込むみたいなトコ、嫌い」

「へぇ。他のとこは好きなんだ?」


 ニコニコと笑われて、思わず立ち上がる。


「そんなこと、言ってない!」


 キッチンの奥で大樹さんがぎょっとしてこちらを向いたけど、律夏の耳打ちですぐに作業に戻っていった。


「たまにつけこんだっていいでしょ? 俺も待ってるばかりは飽きるし。ハニーが結婚して子供生まれる時に、同じように子供持てたら、これからも同じ話題でいい付き合いが続けられるよ?」


 悪魔のような囁きに、ちょっと心動かされている自分が嫌だ。

 こいつ、絶対イクメンになる。仕事もプライベートも邪魔される気がしない。しかし、しかしだ。こいつの思惑通りになるのは、とてつもなく嫌だ。


「い……」

「なーんてね。言ったって、よっしーは素直にうんって言わないからね」


 は? と、毒気を抜かれる。が、それも束の間。


「うち、引き払ってきちゃった。困るから、しばらく泊めてくれな」


 さわやかな笑顔に、金魚のように口がぱくぱくするだけで声が出てこない。そうこうしているうちに律夏が料理を運んできて、私の了承を得ぬままに、響はシャンパンの栓を抜き始めた。

 こいつの、こういうところ、本当に信じられない!!

 両親や律夏も、ちょっと真面目ぶった見かけと人当たりの良さに騙されてる。時に悪魔みたいな手を使うってのに!

 寝る前のマッサージと翌朝の朝食。掃除機をかけながら行ってらっしゃいと手を振る響が想像できて、私は身体を震わせた。

 そんなのに慣れちゃったら、私どうなるの?!

 目が合うと、響はにやりと笑ってシャンパンの入ったグラスを差し出した。




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おまけのおまけ

オープンスペースでの会話


のの「そういえば、すすき原のお店で最後に作った『想い出の味』、何か違ったんですか? この間、律夏さんそんなこと言ってましたけど」


姐「そうさね。ちょいと、珍しかったかねぇ」


のの「えっ。えっ。ど、どう違ったんですか?」


狐「あのねぇ。キラキラの、虹色だったんだよ」


のの「……虹、色?」


姐「普通のっていうか、『想い出の味』はあたしらには金色に輝いて見えるんだよ。濃い薄いはあるけど、概ねキラキラしてると思えばいい」


のの「ほへー……そう、なんだ。それが、虹色に? なんだか、明るい気分になれそうですね」


姐「まったくね。この子は無邪気に喜んでたけど、年寄りには胸やけしそうだったよ」


狐「そうなの? それで、あんまり食べなかったの?」


姐「ちみちみやるのが、好きなんだよ」


のの「甘党、辛党みたいなものですかね?」


姐「そうかもね。あ、坊に日本酒置いておくれって言わないと」



おわり

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おばけ居酒屋の裏メニュー ながる @nagal

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