忘れられない休日出勤

無月兄

第1話

 みなさん、本来休みのはずの日に仕事に出ること、いわゆる休日出勤は好きですか?


 ここで、「好き~」なんて答える人がどれだけいるでしょう。少なくとも自分は、休みの日はしっかり休みたいです。


 しかしそうは思っていても、出ろと言われたら出なければいけないのが辛いところ。

 しかし、中でもひとつ、忘れられない休日出勤がありました。





 当時自分は、とある工場に勤めていました。

 その日、本来は通常出勤はもちろん、休日出勤もないはずでした。そのため自分は、普段起きる時間になっても布団から出ることなく、惰眠を貪っていたのです。

 男の独り暮らしの休日、最大の楽しみは惰眠です。


 しかしそんな時です。突如電話が鳴りだしたのは。

 とってみると、電話の向こうから上司の声が聞こえてきました。


「ごめん。今から仕事に出てこれる?」


 なんでも、一部のメンバーで休日出勤を行っていたのだけれど、そのうちの一人が体調不良で来れなくなったとのこと。

 で、その代役として自分に白羽の矢が立ったのです。


 せっかくの休み、しかも休日出勤もないはずだったのに突然の出勤というのは、精神的にかなりきついです。

 しかしどうしても人数が足りないということなので、行くしかありません。


 ただし、それには一つ問題がありました。


「あの、今作業着を洗濯中で、着ていくことができないのですが、どうしましょう?」


 元々今日は休日の予定だったので、普段工場で使っている作業着を洗濯していたのです。

 工場内での作業着着用は規則により絶対にやらなくてはなりません。すると、上司は言いました。


「作業着はこっちに在庫があるから、それを使えばいい。サイズはいくつだ?」

「上着とズボン、両方Lサイズです」

「わかった。用意しておくから、すぐに来てくれ」


 こうして、休みだと思っていたその日、救急出勤が決まり、大急ぎで工場に向かうことになりました。









 そうしてやって来た、勤め先の工場。まず更衣室に向かうと、電話をかけてきた上司が待っていました。

 そして、言いました。


「ごめん。作業着のズボン、Sサイズしかなかった。今日はこれを着てくれ」


 そうしてズボンを渡してくる上司。えっ、Sって、普段着ているのより二つもサイズが小さいんだけど、大丈夫?

 そんな不安が頭を過りましたが、上司はさらに言いました。


「そのかわり、上着はLLサイズを用意しておいたから」


 いや、上下で平均したらOKとはならないから! というかそれって、上着もLサイズがなかっただけでしょ!


 しかし上司は、そんな細かいこと気にしません。着替えたらすぐに仕事場に来てくれとだけ言い残し、さっさと行ってしまいました。


 とはいえ自分も、作業着のサイズが合わないから仕事しないとは言えません。とりあえず着てみようと、まずはズボンを広げてみました。

 ところが……


「小さっ!」


 広げてたSサイズズボンは、思っていたよりもずっと小さかったのです。もちろん、普段着ているものより二つ下のサイズですからある程度は覚悟していましたが、ここまでとは思いませんでした。


「知らなかったな。Sサイズって、こんなに小さいんだ」


 自分が着たら、どう見ても寸足らずになってしまいます。しかし上司曰く余っているのがこれしかないそうなので、どうしようもありません。

 仕方なく履こうと思いウエスト部分を掴みましたが、そこである違和感に気づきました。


「あれ? このウエスト、何か違う?」


 よく見ると、ウエスト部分にはゴムが入っていて、伸縮性のある作りになっていました。

 自分が普段着ているLサイズのズボンでは、そんなことはありません。


「知らなかったな。Sサイズって、ウエストにゴムが入っているんだ」


 サイズって、単純な大きさだけでなく、こんなところまで違うのか。そう思いながら履こうとしましたが、そこで更なる違和感がありました。


 それは、ファスナー部分の布地にありました。

 ズボンのファスナーのところって、左右で生地が重なっているじゃないですか。自分が普段着ているLサイズは、左側の生地が外側になるように重なっていました。ところが今持っているSサイズだと、右側の生地が外側になっていたのです。


 それを見て、自分は思いました。


「知らなかったな。Sサイズって、ファスナー部分の生地の重ね方が逆なんだ……って、そんなわけあるかーっ!」


 いくらなんでも、サイズの違いでこんなところを変更するとは思えません。

 ならばいったいどうしてこんなことになっているのか。ちょっと考えれば、その答えはすぐにわかりました。


「これ、SサイズはSサイズでも、女性用のSサイズだ!」


 思えばけっこう最初の方からおかしいところはありました。いくらSサイズだからといって、想像していたよりもずっと小さかった。ウエスト部分にゴムが入っていたのだって、女性に合わせてそんな仕様になっていたのです。


 色々謎が解けてスッキリ……とはなりません。

 このままでは、男性用のLサイズがちょうどいい自分が、女性用のSサイズを着るはめになってしまうのです。そんなもの、丈が足りるわけがありません。


 試しに履いてみたら、案の定すねくらいまでしかありませんでした。いくらなんでも、あまりにも見た目が酷すぎます。


 これではいけないと、いったん私服のまま、上司のところに行って話してみました。


「……というわけで、何とかなりませんか?」

「そう言われても、他に代えのズボンないからね。丈が短いだけで、履いたときファスナーが閉まらないとかはないんだろ」

「まあ、そうですけど……」

「それなら大丈夫」


 大丈夫じゃねぇーーーーっ!


 しかし、もはや自分に選択権はありませんでした。結局、ものすごい寸足らずのズボンを履き、すねがむき出しの状態で作業場入り。他の人達よりも遅れて来たこともあり、みんなの注目を浴びました。

 その瞬間、大爆笑されてしまいました。


 その後も、その日一日その格好のまま仕事をし続けました。作業中、なんだかいつもより視線を感じたのは、自分の被害妄想だったのでしょうか?


 休日出勤の経験は数あれど、これほどまでに記憶に残ったものはありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れられない休日出勤 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ