超新星合体ノヴァルダーX -防衛軍をクビになったのでアイドルのマネージャーをやっていた俺が、スーパー合体ロボのパイロットとして出戻る話-
オリーブドラブ
前編 迫る巨影、起つ巨人
――地球侵略を目論むロガ星軍と、その信仰を阻止せんと争う世界防衛軍。地球の命運を左右するその宇宙戦争の渦中、ロガ星軍の過激派は信じ難い攻撃に出ていた。
「う、撃てぇえッ! 全艦のレーザー砲を一点に集中させろォッ!」
「ダメですッ! 我が艦隊の総力を以てしても……あの隕石はまるで、止まる気配がありませんッ!」
防衛軍きっての精鋭部隊――「
全幅50kmはあろうかというそのあまりの巨大さの前には、防衛軍艦隊の迎撃すらも通じず。宇宙戦艦のレーザー砲すら弾き返しながら、小惑星は地球に接近しようとしていたのである。
「い、いかん……! このままでは、このままでは地球がッ……!?」
その時。最も小惑星に近しい位置からレーザー砲を連射していた宇宙艦隊の艦長は、小惑星に向かって突撃する「機影」を目撃していた。
それは全長60mにも及ぶ、巨大な「
「
「人型、兵器だと……!? どこの所属の機体だ!? 一体何を考えている! たった1機の人型兵器で、あの規模の隕石をどうにか出来るはずがッ……!?」
これまで人類が開発してきたものと比べても、かなりの大型であるとはいえ。たった1機の人型兵器が50kmはある小惑星を押し返せるはずもない。
そんなものは、無駄な抵抗だ。誰もが、そう思っていた。……にも、拘らず。
「……ば、バカな。私達は、夢でも見ているというのか……!?」
小惑星は。そのたった1機の人型兵器に。
いとも容易く、押し返されていたのである。
背面からジェットを噴かし、持てる推力の限りを尽くして飛ぶ、60m級の人型兵器。その常軌を逸した光景に、艦長はただ言葉を失うばかりであった。
『独りだとは思わない俺達になら……絶対に出来るッ! 行くぞ、皆ッ!』
その巨人の頭脳である、紅い頭部。そこにあるコクピットに座して操縦桿を握る1人の青年は、「共に戦う仲間達」に向けて声を張り上げている。
『超光波ッ……ストリィィイィイムッ!』
やがてそこから放たれたのは、二条の閃光。宇宙戦艦のレーザー砲すら受け付けなかった小惑星の外壁を、いとも容易く貫通していくほどの威力を持った熱光線であった。
「き、緊急事態発生ッ! 我が軍の質量兵器が……こ、この艦隊にィッ!?」
「馬鹿な、一体何が起こっているッ!? とにかく退避だ、退避ィイッ!」
「ダメです、間に合いませんッ! う、うわぁあぁああッ!」
その熱光線によって貫かれた小惑星は、防衛軍艦隊の位置から遥か遠くまで離れたところで、大爆発してしまう。全幅50kmもの巨大隕石が爆散したことにより発生した大量の破片は、隕石攻撃を目論んだ遠方のロガ星軍艦隊に襲い掛かっていた。
「超光波ストリーム」と呼ばれた二条の熱光線は、隕石内部に積載されていた地球攻撃用の爆薬にも命中していたのだ。そこから内部での誘爆に繋がり、小惑星の爆散に至ったのである。
「お、おのれ……地球人共めッ! こんなはずでは……こんなはずではァァアッ!」
小惑星の破片が次々と直撃し、轟沈していくロガ星軍の宇宙艦隊。その指揮を取っていた司令官は、恨み言を吐き散らしながら爆炎に飲み込まれ、虚空の彼方へと魂諸共消し去られて行く。
地球を破壊するために用意した自分達の兵器で滅びるという、皮肉な末路を迎えた彼らの最期を――人型兵器の双眸は、静かに見つめていた。
「過去に地球を救ったというジャイガリン
そんな人型兵器の背に、敬意と畏怖を込めた視線を向けている舞島艦長は。これまで地球を救ってきたスーパーロボット達とは、比べ物にならないほどの絶対的な「パワー」を見せ付けた巨人を前に、目を見開き拳を震わせていた。
彼がその「正体」を知ったのは、この戦闘から約数ヶ月後。後に「ロガ戦争」と呼ばれるようになる、この宇宙戦争の終結を迎えてからのことであった――。
◇
――ロガ星軍の継戦派を率いていた、武闘派の将軍「
それから、約2年。
長きに渡り続いてきた戦いの傷も癒え、人々は蘇った平和を謳歌する日々にようやく慣れ始めている。かつては戦意高揚を目的とするプロパガンダで溢れ返っていた東京の街並みも、今となっては若者達の「流行り」の色に染め上げられていた。
その景観の変化を「ロガ戦争を終わらせた英霊達への冒涜だ」、「けしからん」と嘆く人々も居る。だが当の戦争経験者達は皆、今の世俗を歓迎しているのだ。
戦争のことなど考えなくてもいい世界。そんな未来を求めて、彼らはその命を賭して来たのだから。
『皆、今夜も最後まで楽しんでくれてありがとうっ! 来週のクリスマスライブも最っ高のパフォーマンスを見せてあげるから、楽しみにしててねっ!』
今をときめく大人気アイドルグループ「ULT78」のライブも、そんな「平和な世界」の1ページとなっている。
東京ドームを満員にするほどの人気を集めている
長きに渡る戦いに疲れ果てた人類を癒す、「希望」の色に満ち溢れたライブステージ。そこでのパフォーマンスを終えた歌姫達は全員、舞台裏で彼女達を出迎えている1人のマネージャーにも、華やかな笑顔を向けていた。
伊達眼鏡を掛けた、一見すると「地味な印象」であるその黒髪の青年こそ――2年掛かりで今のULT78をここまで導いた、敏腕マネージャーなのである。そんな彼の尽力もあっての成果であることを知る歌姫達は、ライブ成功の喜びを真っ先に彼と分かち合おうとしているのだ。
「皆、お疲れ様! 今回も良いステージだったよ……! この調子なら、今年のクリスマスライブは過去最高の盛り上がりが期待できるぞ!」
「えっへへー、そりゃあ
「あんた、またそうやって調子に乗って……。でも、杏奈先輩がいた頃にも負けないステージにしたいって気持ちは、私達も同じです。これからも頼りにしてますからね、
約2年前。絶対的なセンターとして世間の人気を独占していたトップアイドル・
そんなULT78を支える新マネージャーとして、彼女達の前に現れた青年――
出会ってから日が浅いアイドル達の特性と長所を即座に見抜き、そこをより強くアピール出来る場の提供に奔走してきた彼の働きがなければ、彼女達は世間の予想通りの凋落を迎えていたかも知れない。落ち目になりかけていた彼女達の美貌とスタイルに目を付け、
「あぁ、もちろんさ。独りだとは思わない君達になら……絶対に出来る。俺は最初からずっと、そう信じてるよ」
「ふふっ、またそれですか。翔矢さんて、たまにすっごくクサいこと言いますよね」
「あはは……他に言い方が思いつかないんだ、そこは大目に見てくれ」
当初は眼鏡姿の頼りなさそうな外見もあって、アイドル達から全く当てにされていなかった彼は今や、ULT78にとってなくてはならない存在となっている。そんな彼の2年間に渡る尽力が実を結ぶか否かは、来週に控えているクリスマスライブに懸かっているのだ。
それ故に、アイドル達も次のライブは必ず成功させねばと意気込んでいるのである。現在のセンターアイドルである
絹のように艶やかな黒髪のショートヘアに、170cmという長身。透き通るような色白の柔肌と、杏奈すら凌ぐ推定Iカップの圧倒的プロポーション。
その類稀な美貌とクールな佇まいもあり、ULT78にとっては「太陽」のようだった杏奈とは対照的な「月」のイメージを持つアイドルとして、新たな人気を確立している新進気鋭のエースなのだ。
「……さぁて! 来週の準備でまた忙しくなるだろうが、今夜はひとまずお祝いだ! 今回は皆が大好きな高級ブランドのチョコだぞー!」
「うっひょひょーい! やったぁあ! しかも銀座の高級チョコ……! さっすが
「ちょっと歌音、一気に食べ過ぎっ! 大事なライブ前にあんたが太っ腹になってどうすんのっ!」
「うわぁ華鈴先輩こわーい! 翔兄助けてー!」
「食べた分だけ猛レッスンで消化させてやろうかしら……!」
翔矢が差し入れとして用意した高級店のチョコに群がるアイドル達は、年頃の少女としての素顔を露わにしている。それだけ、翔矢に対して心を許している証なのだろう。
その中の1人である
それでも次期センターとして期待されるほどの歌とダンスの才覚を有しており、そのセンスを開花させるための努力を怠ったことはない。……のだが、お調子者な言動も絶えないため、しばしば華鈴からのお仕置きを受けているのである。
「いい加減に……しなさいッ!」
「ぐぇえッ!?」
「き……決まったァーッ! 華鈴キャプテンの完璧なヘッドロックッ! これはさすがの歌音もたまらないッ!」
「実況してないで助けてぇーッ!」
今回も華鈴は我先にとチョコを貪る後輩へのお仕置きとして、得意技のヘッドロックを極めている。その完璧な技巧に歌音が悲鳴を上げる一方で、華鈴は翔矢の横顔に神妙な眼差しを向けていた。
「……そういえば翔矢さんって、ウチのマネージャーになる前は何をされていらしたんですか? 初めて会った時から見かけに寄らず凄い度胸だったし……正直、ちょっと普通じゃないですよね」
「ん? あぁ……ひたすら体力ばかり使う肉体労働だよ、大したことじゃない。そこでちょっとヘマしてクビになっちゃってね。早く次の仕事を探さなきゃって思ってた時に、今の社長が声を掛けてくれたんだ。君には人を導く才能がある! とか何とか言われてね。……俺にそんなもの、あるはずないんだけどな」
「ふふっ、そう思ってるのはきっと翔矢さんだけですよ。……それにしても、翔矢さんって如何にもデスクワーク専門って雰囲気なのに、前職は肉体労働系だったんですね。ていうか、あれだけテキパキ何でもこなせちゃう翔矢さんがクビになる姿なんて、ちょっと想像つかないんですけど……」
「いぎぎぎ……翔兄、意外とおっちょこちょいなとこあるもんねー! フォークリフトでお荷物壊しちゃったりとかしてそう……あだだだ! ギブ! 先輩もうギブ!」
「ははっ、まぁそんなところだよ。ここまでやって来られたのも、皆のおかげだしな」
「……」
ヘッドロックに悶え苦しむ後輩の悲鳴には耳を貸すことなく、現リーダーの華鈴はじっと翔矢の横顔を見つめていた。
翔矢はアイドル達が抱えている問題には人一倍敏感であり、通常業務をこなした上で素早く解決に動き出せる行動力と体力がある。そのおかげで公私共にアイドル達とは良好な関係を築いているのだが、その一方で自分のことはほとんど話さないのだ。
彼の履歴書を持っている社長なら詳しい経歴を知っているのだろうが、それとなく探りを入れようとしても、のらりくらりとかわされてしまうのである。
「ギブ! ギブですってば華鈴先輩ぃい! 頭割れそう! というかほぼ割れてる! もう冷蔵庫のプリン食べたりしないから許してくださいよぉ! 可愛い皆の妹系アイドルがグロい末路を迎えようとしてるんですよっ!?」
(……そういえば
深い感謝の念があるからこそ、彼のことをよく知りたいと思ったことは一度や二度ではない。その話題を出した時に垣間見える曖昧な態度からも分かる通り、彼には何か人には言えない過去があるのだろう。
知りたいという思いと、無理に詮索すべきではないという思い。どちらも「良心」あっての心理であるが故に、現在のセンターアイドルは憂いを帯びた目で翔矢を見つめることしか出来ずにいるのだ。
その時、翔矢の姿を見付けた顔見知りのカメラマンが気さくに声を掛けてきた。
「あ、いたいた! おーい、紅さんにお客さんが来てるってよ!」
「お客さん……? 俺にですか?」
「あぁ、何でもすっげー大事な話があるんだと。ぴしっとスーツ着てる50代くらいのオッサンだったし、クリスマスライブのことで相談でもあるんじゃないかい?」
「クリスマスライブ関係の打合せなら、明日の午後からだったはずですが……」
アイドル達ではなく自分に用があるということは、クリスマスライブに向けた打合せの類だろうか。しかし、今夜のライブ後にそんな予定はなかったはず。
「……済まない皆、ちょっと行ってくる。それ、皆で食べといてくれ」
「あっ……はい」
「ぶ、ぶはー……も、もう少しでアイドルにあるまじき骨格になるところだった……」
とにかく、客人とあらば出向くしかない。そう判断した翔矢はアイドル達に手を振りながら、素早くその場を後にする。ヘッドロックからようやく解放された歌音を尻目に、華鈴は訝しげな面持ちでその背中を見送っていた。
◇
東京ドーム内にある控室で翔矢を待っていた客人。それは、世界防衛軍の将校である舞島大佐であった。
防衛軍の軍人という、おおよそこの場には似つかわしくない客人と顔を突き合わせた瞬間。翔矢の貌は、2年間もの付き合いがあるアイドル達ですら見たことがないような、鋭いものに変わっていた。
その表情は、「用件」を聞かされたことによってますます険しさを増している。
「……つまり、もう一度俺に……俺達に、
「直に
真っ直ぐに伸びた背筋と真摯な顔付きは、初老に差し掛かっている年齢を感じさせない壮健な印象を与えている。そんな舞島大佐とテーブルを挟んで向き合っている翔矢は、「古傷」を抉られているような表情を浮かべていた。
「……俺のことを調べた上でそう仰っているのですか? そんなこと出来るわけないでしょう、だって俺は……!」
「士官学校時代の同期達を扇動して『ノヴァルダー
「……ッ」
――約2年前。現在では「ロガ戦争」と呼ばれている、地球近辺の宙域を主戦場とする宇宙戦争の渦中。
士官学校を卒業して間もない新任少尉だった当時の紅翔矢は、爆薬を満載している小惑星の接近を目の当たりにして、ある一つの「決断」を下していた。
その戦闘が起きる数日前、防衛軍は敵勢力の
宇宙空間での運用を目的とする兵器開発においては防衛軍を遥かに凌いでいるロガ星軍が、その技術と叡智を注ぎ込んで生み出した究極の決戦兵器。それほどの力があるXを動かせば、小惑星の墜落を食い止めることも出来るかも知れないと考えたのである。
だがXには、両眼の部分に搭載されている熱線兵器「超光波ストリーム」をはじめとした
加えて、単座式の第1号「ノヴァルダー
そこで翔矢は、共にXを動かし小惑星を迎撃するための「共犯者」を求め、同じ宇宙戦艦に乗っていた士官学校時代の「同期」達に声を掛けた。自分が脅して従わせたことにするから、共に地球を救って欲しい。もうこれしか打つ手はないんだと、必死に訴えて。
結果的に、それは正解であった。
無断で全ての「
そして彼らは見事に小惑星を押し返し、地球を滅亡の危機から救い出したのだ。そこまでは良かった。
その後が、問題だったのである。
例え最終的には地球を救ったのだとしても、防衛軍が厳重に保管していたXメカを無断で起動させた翔矢達は当然、その責任を問われることになった。
そこで翔矢は自分が同期達を脅して従わせたのだと主張し、全ての罪を独りで背負おうとしたのだが。この問題は、翔矢を除隊処分とするだけでは済まなかったのである。
彼らの功績を鑑みて不問とするべきだという声も決して少なくはなかったが、ロガ星軍の決戦兵器という「特級の危険物」を無断で持ち出したことに対する責任の重さを示すため、上層部は翔矢の同期達にも降格処分を下したのだ。
少尉から、伍長へ。それは言うなれば、出世街道からの追放。士官学校卒というアイデンティティを破壊し得る、残酷な仕打ちであった。自らの全てを懸けてもなお、翔矢独りでこの責任を背負い切ることは出来なかったのである。
「……俺が甘かったんです。俺の子供染みた安っぽい正義感が、彼らの将来を台無しにしてしまった。今さら合わせる顔なんてないし、もう俺に出来ることなんて何もないッ!」
「……」
「それでも俺が今も生きていることに意味があるのなら……俺という人間にもまだ使い道があるのなら、残りの人生はULT78の皆のために使いたい! 彼女達のように……ようやく平和になったこの世界に、希望を届けて行ける人達のために!」
「その希望を守り抜くために、君の力が必要なのだと言っている。『事態』の深刻さは理解しているはずだ。士官学校を首席で卒業していた君ならな」
「過去」から必死に目を背けようとする翔矢に対し、舞島大佐は真っ直ぐな眼で、迫りつつある「地球の危機」という「現実」を訴えている。
彼が翔矢を訪ねてここまで足を運んでいるのは、今まさに地球に接近しつつある「新たな小惑星」を迎え撃つためなのだ。
――2年前、全幅50kmもの小惑星を爆薬入りの質量兵器として利用していたように。当時のロガ星軍は、小惑星を改造して兵器として運用する技術を有していた。
その中においても、一際異彩を放っていた「研究成果物」があったのである。宇宙怪獣を人工的に培養する技術も持っていた彼らは、一つの小惑星を大量の人工怪獣を培養するための「プラント」として改造してしまったのだ。
小惑星の内部という特殊な閉鎖環境の中で突然変異を重ねた人工怪獣達は異常に強く、当時のロガ星軍でさえも制御が困難になったため、その小惑星型怪獣プラント――通称「ビーストガーデン」は、最終的に宇宙の彼方へと廃棄されたのだという。
だが、飼い主達に捨てられた人造の宇宙怪獣達は、そのまま生き延びていたのだ。星々を襲いその地の生命体を食い尽くし、成長と繁殖を繰り返しながら宇宙を旅していた彼らはとうとう、巡り巡って「地球」という青い星に目を付けてしまったのである。
今から約3日前、遥か遠方の宙域でこのビーストガーデンを最初に発見した防衛軍の宇宙艦隊は、為す術もなく壊滅した。このままでは、大量の人工怪獣が巣食っている狂気の小惑星が地球に到達してしまう。
そうなればもはや、人類が滅ぶ程度では済まなくなる。地球という青い星に住まう生きとし生けるもの全てが、彼らの餌となる。旧ロガ星軍が遺した悪しき忘れ形見が今、地球に牙を剥こうとしているのだ。
ならば今こそ、蘇らせねばならない。かつて巨大な小惑星すら押し返して見せた、ノヴァルダーXという鋼鉄の巨人を。
「無論、この件がマスコミの耳に入れば世界中が大パニックに陥る。我々防衛軍の手で、秘密裏かつ迅速に処理せねばならない極秘任務というわけだ」
「……ッ! だいたい、とっくに軍を辞めた俺を連れ戻してまで、なぜ俺達全員を招集する必要があるのですか! スティールフォースにヒュウガ
その説明を受けてもなお状況が理解出来ないほど、翔矢も馬鹿ではない。その上で彼は、すぐに首を縦に振ろうとはしなかった。
ロガ戦争を含む過去の戦いで活躍し、地球を救ったスーパーロボットは、ノヴァルダーXの他にも大勢いるのだから。
「確かに、彼らでもこの事態を解決することは出来るだろう。かつてこの地球を何度も救った彼らが力を合わせれば、
「どういうことなのですか……!?」
4年前、遥か地底の底から地上の征服を目論んでいた「グロスロウ帝国」を打倒したジャイガリンG。2年前、「天蠍のサルガ」を倒しロガ戦争に終止符を打ったノヴァルダーA。1年前、突如出現した新種の怪獣・
彼らをはじめとする正義のスーパーロボット達の戦力を結集すれば、ビーストガーデンの迎撃も不可能ではない。だが、それは地球が被る被害を度外視することを意味しているのだ。
世界各地に散らばっている彼らを集めて出撃させたところで、彼らがビーストガーデンと接触する頃にはもう、その小惑星自体が地球の目前にまで迫ってしまうのである。そこで戦えばビーストガーデンを破壊することは出来ても、その「破片」が地球に及ぼす被害は計り知れないものとなる。
それを回避するためには、破壊の際に発生する破片が地球に届かなくなるほどの「遠方」でビーストガーデンを破壊せねばならない。しかしノヴァルダーAをはじめとする他のスーパーロボット達の移動速度では、そこへ辿り着く前にビーストガーデンとの接触が始まってしまう。
「……その点、君達が2年前に起動させた『ノヴァルダーX』は合体前の形態ならば、どのマシンもマッハ5以上という規格外の速度で飛行出来る。ビーストガーデンを破壊した際に発生し得うる『破片』も含めた、全ての脅威を地球から排除することが可能となるのだ。だがその僅かな可能性も、君が今すぐ動き出さねば潰えてしまうことになる。生憎、君に代わるパイロットを探している時間もないのでな」
「……ッ」
「先ほど君は合わせる顔がないと言ったが、君が気に掛けているその『同期』達の希望でもあるのだよ。もう一度だけ、君がノヴァルダーXのパイロットとして戦うことはな」
「……! あいつら、が……?」
「嘘かどうかは付いて来てみれば分かる。繰り返しになるが、君が今すぐ決断せねば地球を無傷で済ませる道は永久に絶たれることになるぞ。私とて民を守ることを使命とする防衛軍の軍人だ、民間人の君を巻き込むことは本意ではない。あくまで君自身の意思を尊重せねばならない立場だ。だが敢えて今は悪魔に魂を売り、卑怯な言い方をさせて貰う。私にも、護りたい家族がいるのだからな。アイドル達の将来を護ろうとしている、今の君のように」
畳み掛けられる舞島大佐の言葉に、翔矢は唇を噛み締め俯いてしまう。
死を恐れているわけではない。そんなものがあるなら、そもそもXを無断で持ち出そうなどとは考えない。
だが、同期達の将来を奪った自分にどれほどのことが出来るのか。舞島大佐の期待に応えることなど出来るのか。戦いから離れていた自分に、ノヴァルダーAのような活躍が出来るのか。
そんな周囲に対する罪悪感に基づくプレッシャーが、翔矢の決断を鈍らせている。すると、その時。
「翔矢さん、行ってください! 私達のことは、心配要りませんから!」
「翔兄、さすがにそれは行かなきゃダメだって!」
「……ッ!? 華鈴、歌音まで!?」
控室のドアを勢いよく開き、華鈴と歌音が飛び込んで来た。現在のULT78を代表する凹凸コンビの乱入に、翔矢は目を丸くする。舞島大佐も、翔矢以外の民間人に聞かれてしまっていたことに深くため息を溢していた。
なかなか戻らない翔矢を案じて様子を見に来ていた彼女達は、扉越しに舞島大佐の話を耳にしていたのだ。知られざる翔矢の秘密に触れてしまった2人は、その重過ぎる背景に涙ぐみながらも、懸命に訴えて来る。
「立ち聞きしてしまってごめんなさい……! だけど翔矢さんにそんな過去があって、今まさに翔矢さんの力が必要だって言うのなら……翔矢さん自身のためにも、『リベンジ』を果たすべきだって思うんです! 翔矢さん、私がライブでミスした時に言ってたじゃないですか! ステージで起きたミスは、ステージで取り返せば良いんだって! だったら翔矢さんの過去も、そのノヴァルダーXで取り返すしかないじゃないですかっ!」
「華鈴先輩の言う通りだよ、翔兄っ! ULT78は地球一のアイドルグループだって、翔兄も言ってたじゃん! そのULT78のマネージャーなら、地球を守るのも仕事の内でしょっ! 歌音達が地球一のアイドルグループなら、それを支える翔兄だって地球一のマネージャーなんだもんっ!」
「華鈴、歌音……だ、だけど来週のクリスマスライブまでにはまだまだ仕事が山積みなのに……!」
「それくらい私達が何とかしますっ! メンバーには元マネージャーの子だって居るし、翔矢さんよりずっと業界慣れしてる子の方が多いくらいなんですから、翔矢さんほど順調には行かなくてもライブまでの調整は出来るはずです! 私達だって伊達にあなたの2年間を見て来たわけではないんです、子供だと思って甘く見ないでくださいっ!」
「他のメンバーの皆には歌音から上手く言っておくから、翔兄は早く同期の人達のところに行ってあげてよ! メンバーは大事にしろって、翔兄がいつも言ってたことじゃんかっ! 翔兄だって大切な仲間達がいるんだから、そこから目を背けてちゃダメだよぉっ!」
「……ッ!」
過去を知らずとも、今の紅翔矢を見てきたからこそ。2人の歌姫は頬を濡らしながらも必死に、自分のために戦えと訴えている。
そんな彼女達の叫びに、激しく感情を揺さぶられながらも。翔矢は涙を堪え、2人の貌を真っ直ぐに見詰める。
「……ありがとう、2人共」
自分はこれほど素晴らしい歌姫達に支えて貰っていたのだと、改めて気付かされた青年は。優しげな笑みを溢し、ゆっくりと立ち上がる。そんな彼の破顔に、華鈴達も華やかな笑顔を咲かせていた。
「舞島大佐……行きましょう、あいつらのところに!」
「……その言葉を待っていた。羽田空港にジェット機を手配している、急ぐぞ!」
やがて「決断」を下した彼は舞島大佐と頷き合い、ノヴァルダーXへの搭乗を宣言する。その時の彼は2年前の頃へと戻るかのように、伊達眼鏡を外して「戦士」としての素顔を露わにしていた。
「……っ!?」
「え、ちょ……翔兄、なんだよね」
そんな彼の精悍な顔付きを初めて目にした華鈴と歌音は、思わず頬を染めて硬直してしまう。いつもの伊達眼鏡が無いだけだというのに、今の彼は「地味で頼りない」普段の外観からはかけ離れた「覇気」に満ちていた。
「……君達も分かっていると思うが、この件は極秘事項だ。アイドルとて立派な社会人なのだから、その意味は分かっているな?」
「華鈴、歌音、本当にありがとう。クリスマスライブまでには必ず帰ってくるから、少しだけ待っていてくれ!」
「あっ……う、うんっ」
「き、気を付けてくださいね……?」
その反応を気にする暇も惜しいのか、当の翔矢は素早く最小限の荷物を纏めて、舞島大佐と共に控室を後にしてしまう。だが2人には、すれ違いざまに掛けられた言葉に返事する余裕もないようだった。
走り去っていく翔矢と舞島大佐の背を呆然と見送った2人は、惚けた表情で立ち尽くしている。
「……いやー、この数分で一生分のビックリを経験した気分だよぉ。翔兄は元軍人だったし眼鏡取ったらめっちゃイケメンだったし今は地球の危機だって言う話だし……ていうか翔兄、眼鏡似合わなさ過ぎィ! 歌音的には外してる方が断然イケてると思いまーすっ!」
「……」
隣で大騒ぎする歌音を尻目に、華鈴は物憂げな表情を浮かべ、翔矢の背中を見えなくなるまで視線で追い続けていた。その豊かな爆乳の上に置かれた細く白い手は、衣装の胸元をきゅっと握り締めている。
――本当なら。そんな恐ろしい小惑星は他のヒーロー達に任せて、自分達と一緒に居て欲しかった。自分達が大好きな、マネージャーとしての紅翔矢のままで居て欲しかった。
その胸中を押さえ込み、切実に無事を祈る華鈴の眼は。アイドルとしてではなく、1人の少女としての愛情の色を湛えていた。
「翔矢さん……絶対に、絶対に帰ってきてくださいね。皆も……私も、待っていますから」
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