中編 結集、Xチーム その2



 ――その頃。東京の都心部に聳え立つULT78の事務所は、かつてない「繁忙期」の到来に騒然となっていた。


「じょ、冗談じゃないわよ! 翔矢の奴、今までこんな量の仕事を1人でこなしてたっていうの!? 身体が幾つあっても足りないじゃないっ!」

「泣き言言わないの! 翔ちゃんのママが急病で倒れたって話、歌音から聞いてるでしょ!? これまでいっぱいお世話になった分、今度はあたし達が翔ちゃんを助けてあげる番でしょうがっ!」


 以前から少数精鋭で経営していたここはマネージャーの数自体が少なく、特にこの2年間は翔矢の実務能力に依存している状態だったため、彼を欠いている現在はアイドル自身までもが営業や事務処理等に駆り出されているのだ。


 翔矢が「母親の危篤」のため地元に急行している、という歌音の(適当極まりない)説明を受けたULT78のメンバー達は、今こそ彼に恩返しをする時だと立ち上がった……の、だが。


「それはそうだけどぉお! あたしだって、翔矢のためならいくらでも頑張りたいけどっ……! この後レッスンもあるのに……スケジュール調整が終わらないのよぉおぉおーっ!」

「おねーちゃんたち、がんばってー」

「がんばえー」


 翔矢がこれまで1人でこなしていた仕事を代行しながら、クリスマスライブに向けての最終調整にも励まねばならないという過酷な日々には、さしもの「地球一」の歌姫達も涙目になっているようだ。

 必死に翔矢のパソコンと向き合う美少女の後ろでは、可憐なジュニアアイドル達が差し入れのお菓子とジュースを手に右往左往している。


 呼び掛けているのが歌音独りだったなら、彼女達もここまで身を粉にして働こうとはしなかっただろう。普段から、誰よりもメンバーのことを思って行動している華鈴キャプテンまでもが真剣に団結を訴えたからこそ、メンバー達も躍起になっているのである。


 そんなメンバー達の中心にいる2人の歌姫は、その中でも一際溌剌とした表情で仕事とレッスンを両立させていた。疲れを全く見せない彼女達は輝く汗を散らしながらも、強く気高い眼差しで「翔矢の代理」をこなし続けている。


「歌音、今夜のレッスンまでには仕事終わりそう!? 私は15時からの営業が終わったらすぐに行けるわ!」

「17時から打合せがあるんで、それが終わったら合流出来ると思います! 華鈴先輩、言っておきますけど仕事で忙しいからって手を抜くのはご法度ですよ! レッスン場でヘロヘロなダンスしてたら、歌音がすぐにセンター奪っちゃいますからね!」

「ふんっ、私を誰だと思ってるの? 歌音こそ、先方にいつもの調子で失礼なこと言ったりしたら承知しないんだからね!」

「さすがの歌音でもそんなことするわけないでしょ、今の歌音は翔兄の代わりなんだからっ! ……それじゃ、打合せ行ってきまーすっ!」


 同じ死線を共に潜り抜けている、戦友であるかのように。華鈴と歌音は不敵な軽口を叩き合いながらも、一切の無駄なく各々の仕事に向き合っている。


「な、なんだかあの2人の雰囲気、いつもよりずっと『燃えてる』感じがしない……?」

「華鈴キャプテンは元々生真面目な人だったから、翔ちゃんのために必死になるのも分かるけど……歌音は随分、雰囲気変わったよね」

「そうよね……いつもみたいなおふざけが全然ないし、すっごく『本気』になってるって感じがする。……あんなの見せられたら、あたし達だって負けてられないわ! 翔矢のためにもねっ!」

「だね……!」


 付き合いの長いメンバー達でさえも目を丸くしてしまうほど、喧嘩ばかりしていたはずの彼女達は今、阿吽の呼吸で力を合わせているのだ。そんな2人に焚き付けられたメンバー達も、息を吹き返したように燃え上がっている。


(翔兄の居場所は、歌音達が……!)

(絶対に、守り抜いてみせる! 見ていてください、翔矢さんっ!)


 その勢いを肌で感じながら。2人の歌姫は、己の身と心を捧げたいと願った男のために。アイドルとして、1人の少女として。持てる限りの力を、尽くそうとしていた。


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