後編 俺はもう、独りだとは思わない その2


「なるほどな……これが今回の『高熱源』の正体ってことかよ……!」


 怪獣としての気迫なのか、我が子達を守らんとする母としての執念なのか。そのあまりの威圧感と殺気に、不敵な笑みを浮かべる削太郎の頬を冷や汗が伝う瞬間。


「……! 皆、回避だッ!」


 マザー・ゼキスシアは翔矢達を纏めて焼き尽くさんと、その大顎をいきなり全開にしていた。そこから飛び出て来る攻撃を予感した若者達は、咄嗟に操縦桿を振り回避行動に徹する。


「あぶなッ……!? 奴さん、いきなりかましてくれたのうッ!」

「爆人、かわせッ! 次は尻尾が来るぞッ!」

「分かっとるわい、真莉愛ッ!」


 僅か一瞬のうちに。翔矢達が居た場所が、凄まじい猛炎によって焼き尽くされていた。母獣は火炎放射をかわした小賢しい侵入者達を叩き落とそうと、今度は勢いよく長い尾を振るう。

 いくら広々とした空洞であるとはいえ、70m級の宇宙怪獣を相手に全速力で飛び回るにはあまりにも狭い空間であり。翔矢達は戦闘開始早々、回避すらままならない窮地に立たされてしまう。


「へっ、向こうもやる気満々ってか! やってやろうじゃあねぇかッ!」

「思い知らせてあげるわッ!」


 だが彼らも、このまま防戦一方になるようなチームではない。

 イエロースマッシャーは空中で体勢を切り返し、母獣のこめかみにドリル回転を加えた体当たりを敢行する。ブラストタンクも車体後部のバーニアを噴かしながら、敵方の顔面に砲弾を叩き込んでいた。


 どちらの攻撃も、怪獣の急所を確実に捉えた一撃だった。にも拘らず、母獣は何事もなかったかのように両腕の爪を振るい、反撃に移っている。


「くそッ……ちょっとは効いてくれたっていいだろうがッ!」

「こいつ、怯みもしてないわッ!」

「何ちゅう硬さや、こいつの皮膚……! Xメカの攻撃がまるで通じてへんッ!」

「だったら、今度こそ合体するしかないッ! 翔矢ッ!」


 これまで倒して来た幼体達とは、何もかもが別格な成体。その威力を目の当たりにした仲間達の呼び掛けに、翔矢はすぐには答えを出せずにいた。


「……ッ」


 真莉愛の言う通り、合体のタイミングは今しかない。合体前のXメカでは勝ち目がない以上、ノヴァルダーXに合体せねば作戦の成功はあり得ない。それは当然、翔矢も理解していることであった。


 しかし、ここは空洞内。壁への衝突を恐れることなく自由に飛べる大空とは、全く条件が異なるのだ。


 マザー・ゼキスシアの攻撃に邪魔されることなくノヴァルダーXを完成させるには、最高速度のマッハ5で全機を一瞬のうちに合体させる必要がある。

 だがそれは、Xメカが飛び回るにはあまりにも狭すぎるこの空洞内での音速飛行という自殺行為に、仲間達全員を巻き込むことを意味しているのだ。


 一度でも失敗すればその瞬間、体勢を切り返す暇もなく空洞内の壁に激突して全滅することになる。マッハ5の疾さで内壁にぶつかれば、いかにXメカといえどもタダでは済まない。


 ノヴァルダーAやジャイガリンGのように、1人のパイロットで完結するマシンだったならば迷う余地などなかったのだろう。

 だが、自分の命を賭ける覚悟と、他人の命を賭ける覚悟というものは、全くの別物なのだ。


 それを土壇場で理解してしまったからこそ。翔矢は2年前、仲間達から失望されることを覚悟の上で、全ての罪を被ろうとしていたのである。


(俺らは皆、お前と一緒に命を懸けて戦った仲間だったはずやろうがッ! 2年前のあの日……お前は言うた! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来ると!)


「爆人、皆……」


 その仲間達の声を代表し、怒りとも悲しみともつかない拳を振るっていた爆人の言葉が、脳裏を過ぎる。


(翔矢さん、私がライブでミスした時に言ってたじゃないですか! ステージで起きたミスは、ステージで取り返せば良いんだって! だったら翔矢さんの過去も、そのノヴァルダーXで取り返すしかないじゃないですかっ!)


「華鈴ッ……!」


 この期に及んでもなお、心の奥底では他人の命を預かり切れずにいた翔矢を突き動かしたのは、華鈴の声だった。


(メンバーは大事にしろって、翔兄がいつも言ってたことじゃんかっ! 翔兄だって大切な仲間達がいるんだから、そこから目を背けてちゃダメだよぉっ!)


「歌音……そうだ、俺は、俺達は……!」


 そして。普段はおちゃらけているようでも、心根では誰よりも強く仲間達を想い続けていた歌音の言葉が。翔矢の心を、合体への決断に導いて行く。


「……あぁ! 独りだとは思わない俺達になら、絶対に出来る! 行こう、皆ッ!」


 やがて、逡巡の果てに顔を上げた翔矢は。一切の迷いを捨てた1人の戦士として、他者の命を賭ける覚悟を固めるのだった。


「よッしきたァッ!」

「目にモノ見せてやろうじゃないッ!」

「その言葉……待っとったでぇ、翔矢ッ!」

「わたし達の命、お前に預けるッ!」


 その決断に強く頷いた削太郎とジェニーの愛機が、真っ先にヘッドアローの後方へと移動する。爆人のガーゴイルウイングと真莉愛のアンブレイカーブルも、2人に続き合体体勢へと移行した。


 マザー・ゼキスシアの火炎放射から逃れるように飛ぶ、5機のXメカ。その疾さは音速のさらに向こう側――マッハ5の領域へと突入して行く。もう、後戻りは出来ない。


 故に、迷うこともない。必ず合体を成功させ、この母獣を撃破する。チーム全員の頭には、すでにその予想図しかないのだから。


「――フォーメーション・アロォオッッ!」


 合図となる翔矢のコールに全員が頷き、最高速度に達した4機がヘッドアローを先頭に、各担当部位・・・・・の座標へと移動する。すでに空洞内の内壁は目前に迫っていたが、彼らの操作には一片の焦りもない。

 必ず成功する。その絶対の信念に命と未来を預けた若者達は、力強い眼差しで真っ直ぐに前だけを見据え――合体開始のスイッチを押し込むのだった。


「イグニッション・チェェンジッ! ノヴァルダァァアッ! クロォオォオオオオスッ!」


 チーム全員によるその絶叫が、音速の世界に驚いた瞬間。5機のXメカは刹那の時の中で、「変形」を開始していた。


 翼を機内に収納したヘッドアローは、金色の両眼を輝かせる「赤い頭部」を形成して行く。アンブレイカーブルは2本のストライクラムを「X」の字に展開しつつ、巨人の「黒い胴体」と化していた。


 そこに背面から取り付いたガーゴイルウイングは三重・・に束ねられていた両翼を展開させ、「左右6枚の赤い可変翼」を広げていく。その様相はさながら、血に染まる悪魔のマントのようであった。


 さらに、真っ二つに分離したイエロースマッシャーは「ドリルを備えた黄色い2本の腕」を形成し、ガーゴイルウイングに続いてアンブレイカーブルの両側面へと接続されて行く。


 ブラストタンクもそれと同様に二つに分かれると、「膝から主砲を伸ばした2本の黒い脚」へと変形し、アンブレイカーブルの下部に繋がれていた。


「……ぉおぉおおぉおッ!」


 そして、四肢を得た巨人の胴体に「赤い頭部ヘッドアロー」が接続された瞬間。


 金色の両眼に激しい光が灯り、目覚めた「巨人」が2年間の沈黙を破って動き始めて行く。


 合体が成功した瞬間、即座に身を捻って体勢を反転させた巨人は、激突寸前だった内壁を蹴り、頭からの衝突を回避する。

 その反動で軽やかに飛び、身を翻して無事に着地した人型兵器は、「待たせたな」と言わんばかりに母獣と相対していた。


 両膝から砲身が伸びている、黒い両脚。銀色のドリルを双方に備えている、黄色い両腕。胸に「X」の字を刻んだ、黒い胴体。悪魔を想起させる、6枚の赤い翼。

 そして、金色の両眼から眩い輝きを放つ赤い頭部。この全てを備えた60mの巨人――ノヴァルダーXクロスが、ついに顕現したのである。


 忌むべき「過去」の象徴とも言うべき巨人を甦らせた翔矢は、その記憶を乗り越えるべく、凛々しい眼を見開き操縦桿を握り締めた。


「……完成、ノヴァルダーXッ……!」


 合体完了を全員に告げる彼の呟きに、仲間達が不敵な笑みを零した瞬間。眼前の巨人を「絶対に仕留めねばならない宿敵」と判断した母獣が、凄まじい咆哮を上げる。


 ――最終ラウンドが、始まろうとしていた。


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