後編 俺はもう、独りだとは思わない その1


 ――5機のXメカが地球を発ち、最高速度のマッハ5に達してから数時間。一瞬たりとも集中を乱すことなく暗黒の宇宙を飛び続けていた彼らの眼前に、ついにかの「小惑星」ビーストガーデンが現れる。


「あれが……ビーストガーデン、なのか……!?」

「あの時の巨大隕石より、さらにデカいやないか……!」

「……! 皆、あれを見て!」


 2年前に押し返したものより、さらに巨大な漆黒の隕石。その規模と迫力に翔矢と爆人が息を呑む中、小惑星を形成している漆黒の岩肌から、無数の「赤い光」が現れた。

 それを目にした真莉愛が声を上げた頃には、赤い光の数は瞬く間に膨れ上がり――やがて、小惑星全体にその輝きが灯される。


「な、なんだあれは……俺達の接近に関係している光なのか……?」

「しっかし気味が悪いなぁ……。とんでもねぇ数だし、まるで目ん玉みたいに並んでいやがるし……」


 小惑星の表面全てを埋め尽くすような、夥しい数の赤い光。Xメカの接近に応じて出現したその光を警戒する翔矢のヘッドアローと朔太郎のイエロースマッシャーが、一旦距離を取ろうと旋回した――その時だった。


「……ッ! 翔矢、削太郎、避けてッ!」


 まるで目ん玉みたい。

 削太郎が呟いたその一言に「引っ掛かり」を覚えていたジェニーが、赤い光の正体に気付き、爆乳を弾ませ声を上げる。


「ぐぁッ!? 攻撃ッ……!?」

「あの小惑星の光点からだッ、翔矢ッ!」

「くそッ! 各機、散開ッ!」


 小惑星表面にあるその赤い光点から飛び出して来た、赤い熱線がヘッドアローとイエロースマッシャーのボディを掠めたのはその直後だった。翔矢は咄嗟に全機に指示を出し、自身も操縦桿を倒して回避運動に突入する。


 すると、全ての赤い光から豪雨の如き熱線が飛び始めた。こちらを狙う凄まじい光線の弾幕に、5機のXメカは回避に徹することを余儀なくされてしまう。


「……! これは、まさか……!」


 縦横無尽に飛び回り、小惑星の表面から絶え間なく飛んで来る熱線をかわす中で――翔矢は「赤い光点」の正体に気付き、瞠目する。彼に続き、光点の実態を悟った他の仲間達も、その頬に冷や汗を伝わせていた。


 ――ビーストガーデンの黒い表面と、その全体に輝いている無数の赤い光点。これらは全て、小惑星本来の姿ではない。


 この小惑星で生まれ育った人造怪獣の「幼体」達が表面に張り付いているため、そのように見えていたのだ。

 翔矢達が表面の岩肌だと思っていた「漆黒」は全て、小惑星の外側を埋め尽くすほどの数に膨れ上がっていた、幼体のものだったのである。


「隕石の表面が黒いんやない……! ぎょうさんおる黒い怪獣共が、小惑星そのものを埋めてしもうとるんや……!」

「ははっ、ここまで来ると数える気も失せちまうぜぇ……!」


 全長15mほどの体長と黒い甲殻、そして赤い両眼を持つ醜悪な怪獣。その大群が翔矢達を迎え撃とうと、一斉に己の眼から熱線を放っていた。それが、この凄まじい弾幕の正体であった。

 怪獣という存在の脅威を知る並の人間ならば、その真実に辿り着いた瞬間に失神しかねないほどの絶望的な光景である。防衛軍の軍人たる翔矢達ですら、小惑星中に広がる幼体の群れを目にしてからは、操縦桿を握る手をわなわなと震わせていた。


 ――だが、その震えに恐れの色はない。


 敵の正体が読めた以上、様子見の必要はなくなった。ならばもはや、攻撃あるのみ。

 その境地に至った5人の若者達は、武者震い・・・・に突き動かされるままに操縦桿を倒し、一気に機体を旋回させて行く。回避から突撃へと移行した5機のXメカが、音速を超越した疾さで小惑星に急接近したのは、その直後であった。


「黒須真莉愛……突貫するッ!」


 熱線の豪雨を紙一重でかわしながら、小惑星の表面に着陸した真莉愛のアンブレイカーブルは、猛烈な勢いで小惑星の岩肌を疾走して行く。

 正面の頭部に備えられた巨大な2本角「ストライクラム」は、間合いに入り込まれた幼体を矢継ぎ早に撥ね飛ばしていた。


 彼女の機体を狙う幼体達は両眼からの熱線を放とうとするのだが――その前に、頭上からの熱線掃射に薙ぎ払われてしまっている。それは、爆人の愛機であるガーゴイルウイングの攻撃によるものであった。


「空の神さん怒るけど、悪魔の翼が羽ばたきまっせー! ガーゴイルウイング、真紅の魔物の参上やッ!」


 爆人の叫びと共に火を噴いている、機体先端部の熱線砲「ガークラッシャー」。両翼部の付け根に搭載されている2門のガトリング砲「ゴイルスマッシュ」。

 その全てを一斉に撃ち放つガーゴイルウイングは、小惑星の外面を「清掃」するかのように、幼体達を頭上から薙ぎ払っている。


「掘削なら……俺のドリルに任せなァッ!」


 ガーゴイルウイングの掃射を浴びて死に瀕した幼体達にとどめを刺すかのように。先端部のドリルを猛烈に回転させながら地表を疾走するイエロースマッシャーが、無数の怪獣を次々と抉り斬っていく。

 強気な笑みを浮かべて操縦桿を倒す削太郎の後ろでは、ジェニーのブラストタンクがキャタピラを回転させ、猛進していた。


「ハァイ怪獣共、元気に待ってた? ジェニー・ライアンのお通りよッ!」


 耐Gスーツに収まらない白い爆乳をたわわに弾ませ、溌剌とした表情で口元を吊り上げるブロンドの美女は、操縦桿を倒しながらアクセルを踏み込んでいた。

 彼女が操る漆黒の戦車は2門の主砲を四方八方に連射し、自分達を包囲する幼体達を矢継ぎ早に消し飛ばしている。


「そこだッ! 超光波ビィイィムッ!」


 そんな彼女の頭上を滑るように翔ぶ、翔矢のヘッドアローも――両翼部の熱線兵器「超光波ビーム」を発射していた。燃えるように赤い閃光がブラストタンクを護るように飛び、ジェニーを襲う幼体達を焼き払っている。


 彼らが駆る5機のXメカは、ビーストガーデンに巣食う幼体達の迎撃を軽やかにかわしながら、各々の武装を以て未熟な怪獣の群れを圧倒していた。だが、何百という数の幼体を仕留めても、彼らの視界に映る大群は全く「減っている」気配がない。

 それもそのはず。このビーストガーデンで生まれ育った幼体は、広大な小惑星の外側を覆い尽くしてしまうほどの数なのだ。ここで全ての幼体を一掃するまで戦っていたら、先に力尽きるのは間違いなく翔矢達の方になるだろう。


「やっぱりとんでもねぇ数だな……! これだけ仕留めても、まるで減ってる気がしねェぞッ!」

「どうする翔矢、もう合体するか!? このまま手をこまねいていては、地球への被害を食い止められなくなるぞッ!」


 連戦に次ぐ連戦に声を荒げる削太郎を一瞥した真莉愛は、先頭を飛ぶ翔矢に「合体」を進言する。だが、乗機ヘッドアローのレーダーに映る「高熱源」の反応を見遣っていた翔矢は、首を横に振っていた。


「……いや、まだだ! まだ合体は出来ない! 小惑星の最深部にある『高熱源』、これを吹き飛ばすくらいの爆発でなければ奴らを全滅させることは出来ないッ!」


 2年前の隕石を止めた際は、小惑星の内部に積載されていた爆薬を撃ち抜くことで、内側から跡形もなく粉砕することが出来た。その時の爆薬よりも遥かに強い反応が、このビーストガーデンの最深部にも現れているのだ。

 自分達が力尽きる前に、ビーストガーデンとそこに棲む怪獣達を撃滅するためには、これを利用するしかない。そして合体後のノヴァルダーXには、エネルギーの消耗が一気に加速してしまうという弱点がある。


「そのためのエネルギーをここで使うわけには行かない、ってことね……!」

「こんな対空砲火の中じゃあ、合体体勢フォーメーションへの移行もままならんことやしなァッ!」


 故にジェニーと爆人の言う通り、ここで合体して「高熱源」を爆破するためのエネルギーをすり減らすわけには行かないのである。そんな中、翔矢の視界にあるものが飛び込んで来た。

 小惑星の最深部、即ち「内部」へと繋がっているものと思しき「大穴」が見えたのである。そこから溢れるように続々と這い出て来る幼体達を目にした瞬間、翔矢はジェニーのブラストタンクに向けて声を上げていた。


「……! あそこだ、ジェニーッ!」

「任せてッ!」


 その一言だけで翔矢の意図を察した爆乳美女は、白い果実を揺らして操縦桿のスイッチを押し込む。ブラストタンクの2門の主砲から放たれた砲弾は、大穴から這い出る幼体達を纏めて吹き飛ばしていた。

 彼女の砲撃によりさらに広がった大穴が、僅か一瞬だけ「手薄」になる。そこから先は、「切り込み隊長」の領分だ。


「真莉愛ッ!」

「言われるまでもないッ!」


 2本のストライクラムを突き出し、邪魔者全てを排除する勢いで大穴に飛び込んで行くアンブレイカーブルに続き、他のXメカも内部へと突入していく。

 彼女の愛機に群がる幼体達は全てその馬力に跳ね飛ばされ、その瞬間にガーゴイルウイングとヘッドアローの熱線に撃ち落とされていた。運良くその追い討ちから逃れた個体も、イエロースマッシャーのドリルに斬り裂かれ、ブラストタンクの砲撃で消し飛ばされている。


「ヒュウッ……なぁるほど、確かに昔とはちったぁ違うようやなァ」


 チームの先陣を切り、行手を阻む幼体達を真っ向から蹴散らして行くアンブレイカーブルの勇姿には、爆人も口笛を吹いて感嘆していた。一方、レーダーを見つめていた翔矢は2年前の時とは違う点に気付き、目を細めている。


(この『高熱源』……動いている・・・・・ッ! やはり、こいつの正体はッ……!)


 正体が爆薬だった2年前とは、規模も特徴も全く異なる「高熱源」。

 その実態に翔矢を含むチーム全員が気付いた時には――すでに、「高熱源」を発していた原因そのものが、彼らの前に現れていた。


 小惑星の最深部に存在する、広大な空洞。そこに辿り着いた5機のXメカを待ち受けていたのは、全長70mにも及ぶ超巨大な宇宙怪獣だったのである。


 禍々しい形相で侵入者達を睨み付けている、赤黒い甲殻を纏った「成体」。太い両脚と凶悪な鋭爪、そして巨大な尾を振るい翔矢達の前に現れた、ビーストガーデンのぬし


 それこそが今回の「高熱源」こと、「人造母獣じんぞうぼじゅうマザー・ゼキスシア」の実態だったのである。


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