聖夜にどんぶり二つ
「ってのがね、あの…なんだ、あれだあれ…そうそう、耶蘇教ですよ。耶蘇教。そいでですよ、その耶蘇教の開祖を祝う祭りらしいんで。町中赤や緑のピカピカの灯りが灯ってまして、陽気な音楽があちらこちらから。」
「まあまあ颯太、食べるかしゃべるかどちらかにおしよ。あっちこっちに出汁が飛び散ってるじゃぁないか」
少年は、先ほどから白地に赤の線が入ったどんぶりを握ったり話したりしながら、身振り手振りで町で見てきたことを話している。少年化けて入るが、
「ふうん。なかなかに派手な祭りじゃないか。こんな場所だけど、やってみようかねぇ、どうだい禅さん」禅さんは、もうもうと上がる湯気の向こうから、へぇ、姐さんのご希望でしたら。と答えた。湯気と共にぷうんと滋味に満ちた香りが、せっしょう亭の中いっぱいに漂っている。それに色を添えるのは、カラカラと小君良い音を立てている胡麻が香る揚げ油だ。
「で、颯太。あの御方はどこまでいらしてるんだい」
颯太は、と出汁を吸って甘くなった油揚げを持ち上げた箸を止めた。
「おお、そうでしたそうでした。刑部様たちは上野国にお入りになられております。もう半月も前のことですから、おそらく師走の頭には下野国に。ここへは大晦日前には着けるだろう、とのことです」早口でそう告げると、じゅんわりとしたきつね色の揚げにかぶりついた。「んんんん。たまんねぇや!さすが『赤いきつね』だ。姐さん、禅さん!うめぇよ!刑部さま、ごめんなさいごめんなさい!うめぇぇぇ」その様子を調理場から見ていた禅さんは破顔した
「いいねぇ、若いてぇのは。いい食いっぷりだ。どんどん食いな。おかわりは、まだまだあるからよ」
玉藻はそんな颯太を見ながら、私も早くお相伴にあずかりたいもんだねぇ、と呟いた。あの御方の天ぷら蕎麦にさ。
あれ、何か聞こえませんでした?
颯太は二杯目の丼を禅さんから受け取りながら、耳をすました。
「そうかい。あたしにゃ…いや、確かに何か聞こえるね…」
禅さんも手を止めて耳を澄ます。
景気のいい太鼓の音と鐘を打ち鳴らす音がする。
「来たんだ!刑部様ですよ。玉藻の姐さん」
三人は、障子を開けて外に出る。
おや、まぁ…
静かに舞い降りる雪を受けて、赤と緑に塗られた朧車が、あちらこちらに化け提灯や青鷺を灯してゆっくりと車輪を軋ませてやってくる。「刑部さまぁ」颯太が駆け出した。「こりゃたまげた…朧のヤツ酔ってやがるな」確かに普段は青く厳つい朧車の顔がほんのりと朱をさして、明らかに笑っている。その周りには太鼓をや鐘を打ち鳴らす男や女たちがいる。ただし尻尾付きで。玉藻は思わず吹き出した。
その先頭には白地に緑の線の丼を盆に乗せ、軽快な足取り踊る刑部がいる。
「なんとか間に合った。久しいな、玉藻」
「遠路はるばるご苦労様です。しかし、この有様は、どうさったのです。いつもよりも賑々しいじゃありませんか、それにそのお髭」刑部は真っ白な髭を付けていて、それがまたなかなか様なっている。
おお、これか。刑部は後ろを振り向いた。
「今夜は、なんでも耶蘇教の開祖の生誕を祝う日らしい。でな、人間たちを真似て見たのよ。儂は、さんた・くろおすじゃ」
「なんです、そのけったいな名前は。それよりも」
「うむ、これじゃな隠神刑部直伝『緑のたぬき』だ。では、わしも頂こうかの」
へぇ、と横から禅さんが白地に赤い線の丼が差し出す。
おお、これじゃこれじゃ。揚げも分厚いのう。隠神刑部はクンクンとはなを鳴らした。
「玉藻前直伝、『赤いきつね』でございます。お召し上がりくださいませ。
付き合わされた二人の丼にも雪が舞う。
こんな荒野で不思議なお話に出会っちまったよ。
それにしても、たぬきときつねが化かしあいどころか、どんぶり並べてうどんと蕎麦手繰ってるとはねぇ。いやいやたまげた。
十二月二十四日、聖夜のお話の一席。おあとがよろしいようで
荒野に出汁が香りまする。 龍斗 @led777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます