カップ麺から始まる愛もある

nama

カップ麺から始まる愛もある

「またカップ麺とおにぎりか? たまには弁当でも買えばいいのに」

「いいんだよ。この組み合わせが好きなんだから」


 言われた男は、赤いきつねの包装を剥がしながら答えた。


「でも、たまにはたぬきうどんも食いたいなぁっていう気分にはなる」

「結局うどんじゃないか」


 何気ない同僚との会話。

 いつもする他愛もない話。

 だが、今日は違った。


「私もきつねそばを食べたいなぁって気分だから交換しない?」


 会話を聞いていた同僚の女が会話に入ってきたのだ。

 女は緑のたぬきを開けているところである。

 その申し出は、男にとって嬉しいものだった。


「じゃあ交換しよう」


 喜んで交換の申し出に応じる。

 男のカップには、たぬきうどんが。

 女のカップには、きつねそばが出来上がった。


「たぬきうどんって売ってないのか?」

「期間限定で売ってる時もあるけど、基本的にはないね」

「へー、ありそうなもんだけどなぁ」

「ありそうでないから、こうして交換する事に価値があるのさ」


 このやり取りも、いつもする他愛のない話で終わるはずだった。

 だが、この日からは少し変わっていった。


「黒い豚カレーも美味しいけど、カレー粉が溶け切らないで、ダマになって底に沈んでるのが気になるのよね」

「あれはカレー粉をお椀とかに入れて、お湯で溶いておけばいいんだ。その分、カップに入れるお湯は少し少なめにすればいい」

「それだと洗い物が増えちゃうじゃない。カップ麺の良さは『お手軽に食べられて、片付けも簡単』っていうところなんだからね」


 二人の会話が増えた。

 それも仕事に関するものではなく、私的なものがだ。

 お互いに一人暮らしという事もあり、カップ麵やレトルト食品などの話題になる事が多かった。


「ちょっと手間をかけるなら、マルちゃん焼そばを買うかなぁ。肉とか野菜を入れて、ちゃんとした焼きそばとして仕上げるもよし。冷蔵庫に残っていたソーセージだとか、ちくわを切って投入するもよし。適当に作っても美味しいし、手間をかければかけるほど美味しくもなるという、最強クラスの冷蔵庫の掃除屋イレイザーよ」


 力説する女に、男は笑った。


「俺のお袋も似たよう事をやってたよ。懐かしいなぁ。そういえば、スパゲティを茹でるのが面倒だからって、マルちゃん焼そばの塩味を使って、ペペロンチーノもどきも作ってたな。そういうのもやった事ある?」

「さすがに焼きそばを使ってのペペロンチーノはないかなぁ」


 女のほうは苦笑いである。

 日常生活で、できるだけ手間を省くのは必要な事ではある。

 熟練の主婦の思い切りのよさには、まだまだ到達していない。

 その域まで到達するには、まだまだ時間がかかりそうだった。


 だが男は、女の苦笑いを「美味しくなさそう」と思ったからだと考えた。

 手抜き料理とはいえ、懐かしの母の味である。

 その良さを知ってもらいたいと思った。


「一回試してみたらわかるさ。あれはあれで癖になるから」

「今度の日曜日に作ってみるから、作り方を教えてよ」

「じゃあ、うちにきなよ。どんなものか作って教えてやるからさ」

「えっ……」

「えっ……、あっ!」


(しまった! 友達感覚で言うべき事じゃなかった!)


 色々と厳しい時代である。

 いきなり自宅に誘うという行為は問題になるかもしれない。

 男は冷や汗をかく。


「いいよ。でも食事だけね」

「あぁ、もちろんだとも」


 どうやら女は誘われた事に驚いただけのようだった。

 その事を嫌がってはいないらしい。

 男は自分の中の気持ちに違和感を感じた。

 本来ならば、セクハラなどの問題にされなかった事を喜ぶ気持ちの方が強いはず。

 だが、今は招きを断られなかった事を喜ぶ気持ちの方が大きい。

 今まで気付かなかった自分の心に気付く。



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 半年後、二人は結婚していた。

 新居に引っ越し、二人でスーパー買い物に出かける。

 男はカートを押しながら、カップ麺のコーナーへ向かった。

 なにかあった時、簡単に食べられるものは重要だからだ。

 見慣れたラインナップの中に、以前住んでいたところにあるスーパーでは置いていなかった商品を見つける。


 ――紺のきつねそば。


 そう、たぬきうどんは限定商品だったが、きつねそばは普段から売られていたのだ。

 今までのスーパーでは、赤いきつねと緑のたぬきのような定番商品しか置かれていなかったが、このスーパーは違う。

 他の商品も揃っていた。

 思わず、紺のきつねそばを手に取って確かめる。


「あっ……」


 女も紺のきつねそばに気付いたようだ。

 男が視線を向けると、女は目を逸らす。


(そうか。俺が赤いきつねをよく買っていたから、きっかけ作りに緑のたぬきを買っていたって事か)


 男は「きつねそばがあるじゃないか」などという無粋な事は言わなかった

 黙って赤いきつねと緑のたぬきをカゴの中に入れる。

 男が何も聞かなかった事に、女は不思議そうな顔をしたあと、笑顔を見せた。


 当初は、男にとって具材の交換を目的とした付き合いでしかなかった。

 だが今では、きつねとたぬきの交換は、ただの具材の交換ではなくなっている。

 まるで指輪を交換するかのように、お互いの気持ちを通わせる大切な手段となっていた。

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