赤い君

夏宮 蛍

第1話 5分間

 私、狐塚恭子きつねづかきょうこには気になる彼がいる。


 まだ寒さが残る中、スーパーの店先で手に息を吹きかけ、頬が赤くなるまで一生懸命に商品を積んでる姿を、あーすごく頑張ってるなぁと思わず見てしまう。


 彼に気づいたのは少し前。


 私の父は、学校の教え子たちに、行事とか節目に、カップ麺の赤いきつねと緑のたぬきを配るのが好きで、配るカップ麺を近くのスーパーで大量に注文していた。


 この前も、受験生たちに配ると張り切って、赤いきつねと緑のたぬきを各40個ほど頼んでいたが、先日、学校で派手に転んで足にひびを入れて帰ってきた。


 父は、足が動かなくなって、カップ麵を楽しみにしていた生徒にも申し訳ないし、いつも良くしてくれる店員さんにも迷惑をかけてしまうと嘆いていた。


 だが、父が落ち込んでいると母から聞いたスーパーの彼が機転を利かせ、父の代わりにカップ麺を生徒たちに届けてくれた。


 父も教え子も手を叩いて喜び、お世話になったお礼に、母と二人で、彼に赤いきつねとニットの手袋をプレゼントした。

 彼は顔を真っ赤にして、手袋の入った袋を握りしめ、何度も頭を下げて、ありがとうございます!!と言ってくれた。


 そんな彼の赤くはにかんだ顔が忘れられなくて、スーパーの前を通るたびに彼がいないか探してしまう。


 今日も期待してスーパーを覗くが、残念ながら、店先に彼はいなかった。


 中まで入って確認するのはなんだか恥ずかしいので、今日はこのままコンビニによって帰ってしまおう。


 近くのコンビニをふらつくと、カップ麵の棚に赤いきつねがぽつんと一つだけ残っているのが目に入る。


(君もお目当ての人に見つけてもらえないの?)


 一つ取り残された赤いきつねが、彼に会えなかった自分と被り、なんだかかわいそう。


(今日は見つけてもらえない同士の晩御飯にしよっと)


 自分を助けるつもりで赤いきつねに手を伸ばすと、横から出てきた自分とは違う手とぶつかって顔を上げた。


(あっ!)


 真横で同じ赤いきつねに手を伸ばしていたのはスーパーの彼だった。

 私と視線が合った彼も、同じことを思ったのか、目を見開いて驚いている。

 会えるなんて思わなくて、ドキッと胸がときめいてしまった。

 顔が赤くなってるかもしれない。思わず下を向き、手をひっこめる。


(やだ、どうしよう。料理できないとか、これが晩御飯なんですかぁ?とか聞かれちゃうかな?)


「あ、あのー」


(うそ?!話しかけてきちゃった!)


「は、はい」

「こ、この前、手袋くれた狐塚さんですよね?」


(え?!覚えててくれてるの?!)


 とっても嬉しかったけど、よくよく考えれば、スーパーの店員さんに個人的にプレゼントを贈ったから、覚えててもおかしくないかと思い直して、自分を落ち着かせた。


「は、はい。その節はありがとうございました。父も母もとっても喜んでました」

「いえ、こっちこそ、いつもお世話になってましたし、生徒さんが落ち込む姿見るのも嫌だなーって思って。そしたら、勝手に体が動いちゃってました」


 ほほを人差し指でかき、照れくさそうに笑う彼。


(やっぱり、笑う顔いいな)


 笑顔に見とれていると彼はポケットから何かを取り出してきた。

 彼に贈ったニットの手袋だ。


「もらった手袋、とってもあったかくて、めちゃくちゃ気に入ってます。ほんとにありがとうございます!」

「いえいえ、喜んでくれて私も嬉しいです」


 正直、好みがわからなくて、ニットの手袋なんかでいいのかな?と思っていたけど、大正解だったみたいで良かった。


「あ、狐塚さんも赤いきつね買うところだったんですよね?」

「あ、はい。でも、あなたも買おうとしてたんですよね?だったら私、違うものにするんでどうぞ」

「いいんですか?やった!じゃー代わりに、俺からコレ、もらってくれませんか?」

「え?」


 そう言って、彼はズボンのポケットから紙切れを二枚取り出して私に見せた。


「これ……映画のチケット?」


 しかも、今話題の超大作で、私が見たかった映画だ。


「実は、ずっと手袋のお返ししたくて悩んでたんです。そしたら、ちょうど俺が店にいる時に狐塚さんのお母さんがいらっしゃったんで、何が良いか聞いてみたんですよ。娘が最近、休みがなかなか取れなくて、見たい映画が終わっちゃうーってぼやいてるから、誘ってみたら?ってアドバイスしてくれました」


(お母さん、グッジョブっ!)


「だから、良かったら、映画、一緒に観に行きませんか?」


 気になる子に満面の笑みで映画に誘われたら、勝てるわけがない。

 気づいた時には、差し出されたチケットを握りしめていた。


「あなたがこんなおばさんと一緒に見てもいいなら、ぜひ」

「狐塚さん、きれいだから全然おばさんじゃないですよ。後、俺、あなたじゃなくて、小路しょうじっていいます」

「しょ、小路くん」

「はい、そうです。じゃ、いつが良いか連絡ください。アドレス交換してもいいですか?」

「あ、そうだね!交換しよ」


 連絡先を交換し、小路くんはラスト一個だった赤いきつねを持ち、連絡待ってますねと言ってレジの方に消えていった。

 私は胸がいっぱいで、晩御飯どころではなかったけど、元気に小路くんとデートに行く為にも何かは食べないと思い、サラダだけ買って家に帰ることにした。


 家に着くと、玄関のドアノブにスーパーの袋がかけられている。


 中を確認すると、母からの手紙と一緒に、赤いきつねと緑のたぬきが一個ずつ入っていた。


 手紙には、この前、自分に代わって小路くんにお礼を言いに行ってくれたから、お父さんが恭子にもあげて欲しいと、赤いきつねと緑のたぬき渡されたのを届けに来たが、留守だったので、ここに置いて帰りますと書いてあった。


(お母さん、ほんとにありがとうっ!)


 急いで家の中に入り、お湯を沸かす。

 小路くんが買っていったのと同じ、赤いきつねのふたを開け、かやくとお揚げを入れ、電気ポッドでお湯を注ぎ、蓋をして、タイマーを5分セットし待つ。


(小路くんは赤いきつね、もう食べたかな?)


 小路くんも5分間待ってる間、今日のこと思い出してくれてたら嬉しいななんて、考えていたらあっという間にタイマーが鳴った。


 蓋を開けると、湯気と共に、かつおだしのいい香りがして、お腹がすいてきた。

 熱々のうどんに息を吹きかけ、少し冷まして、口へ運ぶ。

 弾力のある、もちもちのうどんと、おだしがちょうどよく絡まって、口の中で踊っている。

 私は、お揚げは最後の楽しみに取って置く派で、おだしがたっぷりしみ込んだ、もちじゅわなお揚げが大好きだ。

 味変で七味唐辛子をふりかけ、ちょっとピリ辛なうどんを堪能してから、最後におだしに浸かったお揚げをほおばる。

 一口かむと、もちもちの甘いお揚げとかつお節のいい香りが一気に広がって、口が幸せでいっぱいだ。


(あーほんと、しゃぁわせー)


 幸せに浸っていると、ケータイが鳴った。

 小路くんからだ。


「えっと、今日は赤いきつね譲ってくれてありがとうございました。めちゃくちゃおいしかったです。映画、楽しみにしてますね。だって」


 メッセージと一緒に、赤いきつねをおいしそうに食べている自撮り写真も送られてきた。

 笑顔もいいが、うどんをほおばる顔も可愛い。


「いえいえ、こちらこそ、映画のチケットありがとう。楽しみにしてますっと」


 メッセージを返して、もう一度自撮り写真を見て、顔が緩んでしまう。


 まさか、ひとりぼっちの赤いきつねのおかげで、小路くんと映画に行けるなんて思ってもみなかった。


 赤いきつねが恋のキューピッドになってくれた?


 いや、そもそも父が怪我をして、愚痴をこぼしたおかげかも知れない。

 父にも感謝しなくては。

 今度実家に帰る時は、カップ麵をお土産にしようかな。

 赤いきつねは小路くんとの思い出に取って置きたいので、緑のたぬきを贈ろう。


 その時は、小路くんのいるスーパーに買いに行こう。

 そうやって、もっと仲良くなっていけたらいいな。


 私は、カップに残ったおだしを飲み干し、ほっと息を吐く。

 体が温まりると共に心が満たされていく。

 映画には何を着ていこう?

 まだ予定も決まってないのに一人ウキウキしてしまう。


 ふと、外を見ると、ちらほら雪が降っていた。


 外は寒いけれど、今年はあったかく過ごせそう。

 ケータイを握りしめ、外の雪を見ながらそう思った。

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赤い君 夏宮 蛍 @natumihotaru

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