秋と冬の狭間

あさひ

《story》冬眠

水を喉が欲している

飲んでしまえば潤うがそんなものどこに存在するのだろう。

暖房を効かせ、曲を作ることに

集中したまでは良い。

喉が渇いたことを想定し水を用意していない

そんなミスさえなければ今すぐに収録が出来た。

「ぐっ……! 今から買いに行くのか? それとも水道水?」

音はあれど声は最重要そのもの

音なんて今の時代は誰でも

ポチポチと楽に作ることが当たり前だろう。

オーケストラとかゲーム音楽ならわかるが

アーティストと言う形でこの世界に飛び込んだ。

それが生活が厳しいからという理由で

《水を飲めなかったためにこのクオリティとなりました》

なんて絶対ありえない。

「乾いた状況で良い声が出るか? ただでさえ人気が出ないのに……」

付けたくもないハンデを無理に背追う

鳴かず飛ばずのアーティスト

【オウタムウィンター】と自負するしか心が落ち着かなかった。

そんな俺が名前だけでもツッコまれるために

オータムをオウタムというギミックまで考えたが

コメントどころか高評価も低評価もつかない。

昔のことだがライブハウスに居た頃は

知り合いのガールズバンドから

【声がかっこいいね】

【本業みたいだね…… 昔にいそう……】

と褒められた。

その瞬間は歓喜が心に占めた

しかし家に帰り、ふと我に返り

自問自答する。

つまり《声》だけが

【唯一の取柄で扱える武器】

一見、侍のようなクールさが印象に残るが

それ以外に良いところを見つけられなかった。

ジレンマに囚われる

わざわざ牢屋に自分からダイブする最中も

無理に負っているとわかりながら

諦念で落ちている。

「ああっ! 悩んでも仕方ない!」

そそくさと後ろのベッドに置いてある

パーカーをしっかりと着込み

鍵を掴んで近くのコンビニに歩いていく。

気持ち早歩きだが

外が寒くて足がなかなか言うことを聞かない。

「これが帰還した人の簡易版ダメージか……」

テレビで宇宙飛行士は

【宇宙から戻った後に重力という枷を戻されるため歩きづらい】

というのを

歌詞に生かせないかとメモした。

時間を無駄にしないため

頭で新たな歌詞を模索しながら

コンビニに到着する。

だが目的よりも気になるものが映る

コンビニの前で泣きそうな顔をしながら

肉まんを頬張る少女が視界に飛び込んできたのだ。

そうとう腹が減っていたのではなく

昔の自分が目の前で泣いているという錯覚が

今を変えるのではないかと期待した。

「そういえば夕飯を食べてなかったな……」

頭に浮かんだのは

肉まんではなく

ホッとする一杯だった。

寒空の下で優しい贅沢を頬張る

心もお腹も満たされるような気がして

嫌なことも忘れることができた。

出汁の香りから来る安心感と

もちもちした麺がそれを纏うことで

余韻を残しながら喉を通っていく。

それが本当に背中を押してくれる気がしたし

俺はまだ頑張れると気持ちの切り替えにもなった。

その一杯の名は【赤いきつね】という

カップうどんである。

「一人で二つも食べるんですか?」

コンビニ店員が不思議そうな顔で

聞いてきたがこう答える。

「ちょっと励ましたい子がいましてね……」

気恥ずかしいセリフを日常で使う日が来るなんて

俺も時間だけだが大人になったのかなと感慨深い。

出汁を溢さないように慎重に外へと運び

肉まんを食べ終わった食べ盛りに声をかけた。

「そこちょっといいか?」

不機嫌そうにこっちを睨みながら

良い香りに少し綻んだへの字が面白い。

「あんたも食べるかい?」

最初はふんと対応しながらも

匂いをすんすんと反応する。

「いい匂いだろ? あんたを見てると壁にぶつかった昔を思い出しちゃってな」

「おじさんもわかんないの?」

わかんないというのは恐らく

どう進めば今を変えて未来を見たいと

思えるかだと直感でわかった。

「まあ、冷めないうちに食いな」

「どうしても言うなら食べるけど?」

言葉とは裏腹にお腹がオーダーを

取ってしまう。

「別に食いしん坊じゃないもん!」

「当たり前だろ? この出汁の香りは日本人なら抗えないっ! てな?」

キョトンとした少女に世代感を覚えて

少し面白かった。

「変なおじさん」

頭に白い顔の殿様が浮かんだが

それではない。

ゆっくりとやけどをしないように

両手で受け取った少女と寒空の贅沢を

頬張る。

夢中で食べきった少女には脱帽したが

俺もその頃には食べ終わっていた。

ふと顔を見やると

涙などはもうなく笑顔が咲いている。

「なんか元気になった気がする! ありがとっ!」

はしゃぎながら少女は自転車に乗り込み

シャカシャカと漕いでいく

その後ろ姿に笑顔で見送くる。

「さあ、俺もへこたれずに歌うかねぇ」

この出会いが人生を変えるなんて知らなかった。


自作の防音室で寝落ちをかましていた

パーカーを着たままの俺は

今度は冷蔵庫で鎮座する冷水を

水道水と割って一杯をグイっと飲み干す。

「どこまで録ったかな?」

曖昧で朧げな記憶を頼りに

収録した音源をパソコンで確認する。

ふと目に留まったメールの小さな数字に驚く

過去に音楽を投稿した分だけ表示されていた。

「なんだ幻か?」

目をこすったが画面の数字は変わらない

一応のために確認したが

全てがコメント通知の表示らしい。

「えっと……」

【声が好きだけど、抑揚があまりないかも?】

【息の使い方がズレてるよ】

なかなか言葉こそあれだが

参考になるコメントだ。

「せっかくのコメントだからな」

動画投稿サイトを開き、返信をしてみる

プロのようなコメントで助かったとか

少しずつ投稿を増やすからまたコメントをよろしくとか

端的に伝えたいことをポチポチと打つ。

「これでいいかな?」

サイトをホッと閉じようとマウスを動かしていると

不意に通知音が鳴った。

「ん? 違う誰かか?」

返信にしてはあまりに早いため

そう思ったがどうやら同じ人らしく。

「私も歌いたい? ライブハウスはどこ……?」

少し悩んだがたまにライブはするし

ファンを増やすのも良いかなと

場所の告知をしているソーシャルなんたらの

見方を教えた。

どうやら納得したのか通知音はその後にはなく

昨日と今日が励みなったのか収録した音源も

問題なく曲にすることができた。

「あとは自分が歌えるようにならないとな」

近くにある最寄りのカラオケ屋に

知り合いがいるのだが

休みの日だけの限定で

借りているコンテナへと向かう。

場所はライブハウスの脇にある

寂れたバーの庭だ。

問題なく着いたが

ライブハウスの前から困ったような男女の声が

聞こえてくる。

「ヒゲの剃り方が適当な癖に妙に整ってる渋い声のおじさんはっ!」

「その人は休みだから今はいないよっ」

特徴は完全に今の俺だが

そう考えているとライブハウスのお兄さんと

目があった。

細めた視線を送り、ハッと気が付いたのか

目の前にいる少女に後ろを向くように促す。

振り返った少女は

昨日のコンビニにいた泣きそうだった子だ。

「おじさんっ! あんなに上手いからライブかと思ってきちゃった!」

眩しいくらいに可愛らしい笑顔で

全力で気持ちをぶつけてくる少女に面食らったが

昨日の返信を思い返す。

「君がコメントの送り主か?」

「うんっ! えへへっ」

今の子はアクティブとは聞いたが

ここまで快活だとは

年の差はそこまでないものの

元気だなという印象だ。

話を聞くと歌手を目指しているが

どこが悪いかは言われずにただ、何かが足りないと

その繰り返しにいて

ライブハウスでの歌唱について聞きたかったそう。

「条件はあるだろうけどオーナーならチャンスぐらいはくれるはずだ」

「ほんと? じゃあ頑張るね!」

話は早い方がオーナーの都合的に

段取りがしやすいとスマホで連絡を取ろうと

番号を打った。

なぜか隣から着信音が鳴り響き

繋がると

スマホから少女の声が聞こえてくる。

「ああ、お父さんのスマホだった」

「お父さん?」

オーナーのスマホを所持しながら

ダメ出しを食らうこの子はどうやら

苦肉の策で

歌わせないようにしているという

オーナーの娘

東里歌姫とおりかき】という子だったと

判明する。

「なんだ条件は揃ったんだ……」

「ん?」

適当に誤魔化され

少女に引っ張られて先ほどのライブハウスに

入ると大急ぎでオーナーがやってきて

唐突に試験を行うと言い出した。

「やっと見つけたのか」

「うん! パパの言う通り私の相棒を連れてきた!」

相棒という言葉に疑問符がふと浮かんだが

ようやく理解が追いつく

つまりこの子を受からせれば良いらしい。

「いきなりだけど本気出してね?」

「え?」

見抜かれていた

諦念があるためか自分でも本気を抑えていたことを

昨日、出会った少女に

動画を見られただけで

その事実に久々の喉慣らしをする。

一応、オリジナルでなく既存の曲を

カバーというものだ。

「じゃあ、行くよ……」

ワンツーのリズムで

軽快ながらも高低に幅を利かせた楽曲を

演奏をしていく。

キレイな少女の声に被せるよう特有の渋い声で

邪魔にならない程度のコーラスを入れながら

これまで少しずつ磨いてきた

技術をありったけぶつけた。

息も切れ切れに演奏が終わると

多数の観客が拍手喝采を向けてきた

これまで一人ではありえないぐらいの快挙そのものを

少女のおかげで達成する。

「さすが見込んだだけあるね……」

「お前もなかなかのもんだな……」

部活でライバルと争ったような

雰囲気で意気投合するおっさんと少女に

オーナーは笑いながら近寄ってくる。

「ようやく独り立ちできそうだな」

上京かなと

感動していると次の言葉に驚いた。

「同い年だとやはり息が合いやすいのかね」

同い年という言葉に

おもわず少女と思しき女性を見る。

「大人だけど?」

「てっきり飛び出た少女が帰るきっかけを無くしてたのかと……」

衝撃の事実が音楽業界の激震となる前兆が終わり

それから何年かが経った

今、相棒と年越しそばを食べている

別にそういう関係ではないが

音楽のために同じ屋根のもと

人気アーティストとなった。

もちろん年越しそばは【緑のたぬき】

春には全国ツアーが控えており

ライブの歌い文句は【雪解けを優しい一杯で】

まさか一つのカップうどんがここまで化けるとは

思わなかったが昔の俺に言ってやれることは

心から諦めなかったから

夢は叶った。

おわり

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秋と冬の狭間 あさひ @osakabehime

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