きょうを読む人/季節の彩り

秋色

きょうを読む人/季節の彩り

 秋の深まった事を最初に知ったのは、今年もこの遊歩道でした。昨日、桜の葉の赤みがきらめいていたからです。次は楓でしょう。

 春夏秋冬、この公園横の遊歩道は日々、新しい季節の彩りを教えてくれるのです。この道に飽きる事はありません。毎日、何かしら新しい発見があります。まるでその日の新聞をめくるように。新しい本の表紙を開くように。

それは子どもの時からでした。




 幼稚園で友達の少なかった私ですが、ある春の日、二軒先に越してきた家族がいました。その家の男の子は物知りで、おさないのに眼鏡をかけていました。それからずっとのちに大人気になったファンタジー映画の魔法使いの主人公のような眼鏡です。


「この眼鏡は魔法の眼鏡なんだよ。これを通すとどんな物でもキレイに見えるんだ!」

その子はそう言いました。

 そしてツツジを見て、「魔法でパフェを作ろう」と言いました。その子は公園の手入れをしている管理人のおじさんに頼んでオペラピンクと薄桃色のツツジの花を四つ、摘みとってもらいました。それを家に持って帰ると、ガラスの丸みのあるコップを用意しました。コップにコポコポと水を入れ、その中にツツジを入れると、本当にパフェのようになりました。まるで魔法がかかったようです。

 そしてその魔法はずっと解けず、楽しい日々が続いたのです。中学時代、高校時代は、私達二人はこの遊歩道を自転車で駆け抜け、通学しました。

 紅葉の季節が始まると、帰り道、遊歩道の途中にあるベンチに腰掛け、しばらく休み、色々な話をしました。



 あれから長い年月が経ち、それでもこうして同じようにベンチに座り、色付いた葉を見ていると、色々な思い出がよみがえります。年をとるという事は思い出が増えるという事でもあるので、まんざら悪い事でもないと感じながら。



*************



「紅葉が見事ですね」

 ある日、声をかけられました。犬を散歩させている若い女性です。

「ええ本当に。かわいいヨークシャーテリアのお連れがいるのね」

「ありがとうございます。時々、お見かけしますね」

「散歩が朝の日課なんです」

「以前は確かご夫婦で歩かれていましたよね」

「主人は今、入院中なんです」

「まあ、そうだったんですか」

「でも、こうして私が毎日歩き、この道の季節の移り変わりを報告していますの。私達は小さな頃からこの道を通ってどこへでも行っていたんですよ」

「え、幼なじみと結婚されたんですか? じゃあ、ここがデートコースだったんですね?」

「まあ……そうなるかしら」

「それでいつも同じコースなんですね。たまには違う道を通ろうと思わないのですか?」

「思わないわ。同じ道でもその日によって違うから、今日は今日の新しい発見があるんです。それを見つけるのがまた楽しみなんです。もう六十年以上にもなるのに。可笑しいでしょ?」

「いいえ、全然! すごいな。今日は素敵なお話を聞けてよかった。旦那さま、早く退院できるといいですね」



*************



 それはついこの間までの事。それまではその日ごとの季節の美しさを見つけられたこの道。でも今日は違うのです。美しさが見つけられないのです。木にも。花にも。風にも。

それは昨日、この言葉を聞いてから……。



「では火葬の前にご遺体の眼鏡をはずさせていただきます」




Fin

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きょうを読む人/季節の彩り 秋色 @autumn-hue

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