赤いきつね セカンド

「それで改めて聞かせて貰おうかな」


 オレはあの後、詳しい事情を聞くために連行された。カミーユの家へ。

 そこは高級住宅街の中でも一等地で、富裕層でも更に飛び抜けた者だけが住む場所である。

 家の中には住み込みの家政婦がおり、漫画に出てくるような執事もいた。

 カミーユの家は外から見てもオレとは天地ほどに格式の違う、いわゆるお嬢様――と言うよりは“姫”に近いかもしれない。


「だから、言ってるだろ! 付き合ってんの!」


 状況が飲み込めず、緊張しっぱなしのオレの隣で彼女は父親と正面から相対している。


「そうか。だが、それは夜中に部屋から抜け出す理由にはならん」

「昼間に外を自由に歩き回れないんだから、夜に出るのは当たり前だろ!」

「夜は危険だと教えただろう? この辺りならまだしも……」

「だから! ショーヤが居るから平気だって!」


 彼女の父親はオレに視線を移す。

 オレは緊張のあまり、えーっと……、と言う言葉しか出ない。


「……とりあえず、着替えて来なさい」

「やだ。着替えるならショーヤと一緒がいい!」

「うえ?!」


 変な声が出た。しかし、ここでカミーユに席を外されて彼女の父親と二人きりでは、ボロが出る自信しかない。


「……わかった。お前が戻るまで彼とは会話をしない」

「……本当?」

「ああ。パパは嘘はつかないだろう? だからお前も言うことを聞いてくれ」

「わかった。ショーヤ、パパが何言っても無視していいからな」


 必要な事を言い残し、カミーユは家政婦と部屋を出て行った。


「ショーヤ君。ここからは私の独り言だ。相槌も返事もしなくて良い」


 父親は今思っている事を口にする。


「娘の嘘に構ってくれてありがとう」


 普通にバレていたらしい。


「あの子の見た目は珍しいだろう? あれはアルビノ体質と言い娘は極めて稀な容姿をしている。故に多くの眼から称賛を受けて育った」


 カミーユの容姿は正に現代の奇跡と言っても良い。それは誰もが思う所だろう。


「だが普通とは違うと言うことは普通の事が出来ないと言うことだ。娘は、ほんの数時間日光に当たるだけで肌を火傷し、眼は光で見えなくなる」


 美しい姿とは裏腹に本人が抱える問題は他には理解できない程重いモノだった。


「過保護であることはわかっている。しかし、そうしなければあの子は永くは生きられない」


 父親として、娘の長生きを願うのは当然の事だ。


「長く見守った結果、好奇心だけが強く現れてしまった。しかし、私は今の形を変えるつもりはない」


 カミーユが死ぬまで彼女の生きていける環境を維持する。たとえ、鳥籠の様に窮屈な思いをさせるとしてもだ。


「娘に接するのは今夜限りにして貰いたい。君に刺激され、好奇心を強めてしまえば取り返しのつかない事に成りかねないのでね」

「……カミーユさんはコンビニまでの顛末を楽しそうに話してくれました」


 今夜限り。そう言われたオレは思っている事を全て言おうと思った。


「どこで“赤いきつね”の事を知ったのか。どうやってお金を調達したのか。その全部をまるで大冒険をしたように」

「……」


 何を思っているのか分からないが父親は黙っていた。


「カミーユさんはオレなんかとは違うのはわかりますし、特別な環境が必要なのもわかります。なら、一番楽しかった事を共有できる人を側に居させてあげてください」


 オレはよくいる凡人だが、楽しかった事を友達と共有したときの嬉しさは何よりも得難いと知っている。


「最速記録!」


 バァン! と扉を開けてカミーユが戻ってくる。外着から上品な室内着へ着替えた彼女は滅茶苦茶可愛かった。


「大丈夫か、ショーヤ。誘導尋問はされなかったか!?」

「と、特には……」


 カミーユの距離感には慣れそうもない。


「カミュ」

「なんだ?」


 もはや喧嘩腰のカミーユに父親は笑って答える。


「今後は昼間に外に出ても良い」

「……本当? 後で訂正は聞かないぞ!」

「ああ。パパは嘘をつかない。ただし、条件がある」


 すると、父親はオレを見た。


「外を歩くときはショーヤ君と一緒に居ることが条件だ」


 それは夏が終わり涼しくなり始めた時期。

 半日前には想像も出来なかった。たった一夜の出来事が平凡だった人生が大きく変わることになるなんて……


「これからよろしくな、ショーヤ!」


 そんな懸念を吹き飛ばす様にカミーユはオレの手を取って笑った。

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恋愛事情 古朗伍 @furukawa

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