恋愛事情

古朗伍

赤いきつね

 深夜にコンビニに行くと“妖精”に会った。

 彼女とオレは学校も性別も違うどころか人種も違う。

 何処にでもいる日本人であるオレとは対照的に、目を引くような白髪に赤い瞳をした外国人の女子生徒だ。


 彼女は夏でも肌を隠す様に冬の制服と帽子を被って登校している。そんな事もあってか、その容姿と含めて歩いているだけで目に止まるのだ。

 それが近場の女子高校に通っていると言う噂は、うちの高校でも話題に上がるほどに街全体で注目を集めており、彼女はいつしか“妖精”と呼ばれる程に神秘的に見られていた。


 そんな“妖精”が赤と緑のカップ麺を両手に持ち、どちらにしようか悩んでいる様は人の少ない深夜のコンビニでは幽霊かと思ってしまった。


「捨てがたい……」


 そんな事を言いながら吟味している。

 店員も彼女に気付いているが、その容姿と圧倒的な別次元のオーラに声を掛けられずにいた。

 まぁ……オレも同じなので、色々と疑問はあるが見て見ぬフリして適当に夜食に軽食を見繕ってレジに向かう。


 すると、“妖精”はレジに移動していた。その手には“赤”の方を宝物のように大切に両手で持っている。


「なに? 足りないのか?」


 そこでちょっとしたトラブルが起こった。“妖精”の持ち合わせが足りなかったらしい。


「くっ……パパの眼を欺いてここまで来たと言うのに――」


 と、気落ちした様子で商品を戻しに行こうと商品を持ってレジを離れ――


「オレが足りない分を出します」


 オレの申し出に“妖精”はパァと明るくなった。






「いやー本当に助かったよ。出してくれた分は色を付けて返すからな」

「あ……いえ、別にいいです」


 オレは遠い存在だった“妖精”とコンビニの食事ブースで会話をしていた。

 帰ろうとしたのだが、まぁ待てよ、と呼び止められて現在に至る。


「それにしても、消費税というのは分かり辛いな。込みの値段を表記して欲しいものだ」


 お湯を入れて、出来上がるまでの間の暇つぶしのつもりなのだろう。


「私はカミーユ・ユヘンだ。よろしく」

「東郷翔也です」

「トーゴーショーヤだな。覚えた」


 ニッと歯を見せて笑う“妖精”――カミーユは話してみるとイメージとは大きく違っていた。


「私はアルビノ体質でな。陽の下は避ける様に言われてるんだ」


 カミーユは自らが産まれつき持ち合わせている体質について説明してくれた。


「そんでもって父親も過保護でな。食べ物なんかも健康食ばかりで嫌になった」


 基本的には送迎で曇りの日などは長袖などで登校しているらしい。その関係もあってあまり友達はいないとの事。


「スマホで動画を見ていると広告でコイツを知った。調べてみるとコンビニに売ってるそうじゃないか」


 目の前に置かれている“赤のカップ麺”をカミーユは見る。


「寝たフリして二階から抜け出して、前もって自販機の下で拾った150円を持って来たのだよ」


 事細かにここまでの経緯を語る。彼女からすれば大冒険のつもりなのだろう。誰かに話したくてしょうがない、と言った感じだ。

 すると、店員が善意で貸してくれたタイマーが鳴った。


「お、出来た♪」


 正面の窓を、コンコン、と叩く音が聞こえカミーユは音を鳴らした人物を見て硬直した。

 その人物は店の中に入ってくると、食事ブースの所に歩いてくる。


「まったく……捜したぞ、カミュ」

「残念ながらそんな人物はいませーん」


 カミーユはオレを盾に隠れる様に、肩から正面を覗き込む。

 現れたのは紳士を思わせる眼鏡をかけた男だった。カミーユと雰囲気が似ている所から、彼女の父親であると察した。


「お前の行動を予測できなかったパパの責任だ。帰るぞ」

「えー、せっかく買ったのに」


 カミーユはもう少しで手が届く“赤いカップ麺”を名残惜しそうに見る。


「……そんなモノを食べて病気になったらどうする? 麺が食べたいなら適したモノを作らせる」

「そんなのじゃなくて! こういうのが食べたいの!」

「お前は他とは違うんだ。あまり心配させないでくれ」


 慌てて捜し回った父親の気持ちは分かる。しかし、今は譲れないと言った様子でカミーユも退かない。


「それに! 心配する事なんて何もない! 私達は付き合ってるしな!」

「……は?」


 カミーユが発した言葉に、彼女の父親はもちろん、オレも理解が追い付かない。


 少しだけのびた“赤いきつね”だけが、当たり前のように湯気を立てていた。

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