第55話 第4鉱山へ

 準備ができたとテフィリンが呼びに来たのは、それからすぐだった。

出て行ってからきっと30分も立っていないだろう。

たったこれだけの時間で一体なにを準備したのかと不思議に思った。

「それじゃ、行きましょう」

リズがすっと立ち上がった。

「あなたも来てくれるの?」

メシアなんて凄い人をこんなことに同行させていいのだろうか、と思ったわたしはそう聞いた。

「リズも、というか、リズがいないと彼らとは交渉できないぞ」

答えたのはアブソレムだった。

彼はよっこらしょ、と効果音が出そうなほど怠惰そうに立ち上がった。

ここしばらくの忙しさで、疲れがまだ残っているのだろう。

「そうよ。リズがここの鉱山の支配人だから、彼らの望むものを渡せるのはリズだけよ」

部屋の隅で、テフィリンが靴を履き替えながら言った。

赤くて丸いかわいい椅子に腰掛けている。

足元には赤いラグか敷かれていた。ぐるりとつけられた金色のタッセルが可愛らしい。

そこだけ明らかに周りの家具とは趣味が違うので、もしかしたら彼女専用のスペースなのかもしれない。

長い裾で隠れていたが、すごく踵の高い靴を履いていたようだ。

さすがにあれで鉱山は歩けないだろう。履き替えは大正解だ。

履き替えた靴は、がっしりとした皮の編み上げブーツだった。

「ここは本当にリズの鉱山だったのね。すごいわ」

「いえいえ。魔石の採れる鉱山は、代々メシアが管理しないといけないというだけですよ」

リズはそう言って肩をすくめた。

未だに目は猛禽類のようで怖かったが、もしかしたら思っていたよりもずっと話しやすい人かもしれない。


 わたしたちは連れ立ってノッカー鉱山の本部を出て行き、目当ての鉱山へと歩いた。

一番本部に近い鉱山は第1鉱山で、入り口らしき大きな横穴にたくさんの人が入って行った。

検問のような場所が作られており、みんな首から下げた白い札を見せている。

あの札が入場許可証の役割をしているらしい。

第1・第2鉱山はすぐ隣り合わせに作られていて、見るからに大賑わいだった。

至るところに顔を黒くした鉱夫たちが座り込み、自ら採集したらしき石を笑顔で抱えている。

「すごいわね。あんなに採れるの?」

麻袋から溢れそうなほどの魔石を抱えて歩く鉱夫を避けて歩きながら、リズに尋ねた。

「いや、ほとんどはただの石です。魔石はほんの一握りでしょうね」

「えっ!そうなの!?」

「土の加護を持たない人は、ただの石と魔石の区別がつかないんです。だから採集した石は全て先ほどの本部に持ち込んで、窓口で鑑定しています」

なるほど。

確かにわたしも、加護の込められた魔石はすぐに分かるけど、何も入っていない魔石はただの石ころにしか見えなかったわ。


 第2鉱山の端まで来ると、なにやら開けた場所に出た。

雨よけの巨大なタープの下にテーブルと椅子がたくさん置かれていて、何かを食べている人がいる。

食堂のようになっているらしい。

こちらも大勢の人でごった返していて、活気がすごい。

すると、通路側の隅のベンチに、たくさんの人がずらりと並んで座っているのに気がついた。

ベンチは色分けされていて、青、赤、緑がある。

中には何かを交渉している人の姿も見えた。

あれはなんだろう?と思い、アブソレムの服の裾を引っ張る。

「あれか。あれは労働者達だ。それぞれの宗派の色でベンチが色分けされているだろう。鉱山には、光で照らす火の者、土を洗い流す水の者、採れた魔石を運ぶ風の者がそれぞれ必要だ。一定の仲間を持たない鉱夫たちは、ああやってその日限りの加護を借りる」

なるほど、よくできたシステムだと感心し、忘れないように反芻して頭にしっかり残した。

人が多すぎてノートをとりながら歩けそうにないので、あとできちんとまとめないといけない。

「すごいでしょ?全部リズがここに来てから、整備したのよ」

先頭を歩くテフィリンが振り返って得意そうに言った。

「前はそこら中で喧嘩が起こってたんだから。鉱夫たちはみんな血の気が多いから、仕方ないって私らも諦めていたんだけどねぇ」

「確かに、すっかりきれいに整えられたな。これなら問題も起きにくいだろう」

テフィリンとアブソレムに手放しで褒められて居心地が悪いのか、リズは異常に良い姿勢になり、無言でサッサと歩いていた。

意外なことだが、褒められ慣れていないのかもしれない。

わたしはこれもあとでノートに書いておこう、とニンマリ笑いながら考えた。


 食堂を抜けた先の第3鉱山は、打って変わって落ち着いた雰囲気だった。

人もまばらにしかいない。

鉱山の横穴も薄暗く、中の灯りの数も少なそうだった。

「ここは静かね?」

そう誰ともなく聞くと、リズが答えた。

「鉱山の数字が上がるほど、質のいい魔石が採れます。ですがその分危険も大きくなるので、第3鉱山は手練れの鉱夫たちしか許可を出していないのです」

そういうことか。

言われて見ると、ポツポツといる人たちはまるで職人のようだ。

使い込まれた道具を腰に下げ、ひとまとまりのチームで黙々と動いている。

第3でこんな雰囲気なら、第4はどんな感じなんだろう……。

そう不安に思った途端、一際暗く廃墟の様な横穴が見えた。

灯りは入り口にふたつだけつけられているが、その他には見当たらない。

中は暗すぎて何も見えなかった。

もちろん人はおらず、ただ冷たい風がこちらに向かって吹き込んでいるだけだ。

あまりに幽幽たる雰囲気に、つい立ち止まってしまう。

本当にあそこに入るの?これから?

……絶対に入りたくない。

「あそこが第4鉱山です」

リズがそう言って先を促したが、わたしはなかなか足を動かすことができなかった。


 リズたちに促され、渋々と第4鉱山の入り口へと近づいた。

今までの鉱山の入り口と比べてとても狭く、2人がギリギリ並んで通れるくらいの横幅しかない。

しかもレールの類は見当たらず、入ってすぐ地下に続く階段が作られていた。

煌々と燃えるアピの火のランプがふたつ入り口にかかっている他は、何の灯りも備えつけられていない。

階段の数段目から先は完全に闇に飲まれてしまって何も見えなかった。

「さあ、行きましょうか。道案内が必要なので、テフィリンが先を歩きましょう」

リズが何の気なしにそう言った。

アブソレムもまるでこれからサンテ・ポルタの庭へでも出るような、至って普通の顔をしてポケットをゴソゴソしている。

みんな、真っ暗な鉱山が怖くないのだろうか。

「暗い……。さっきの所へ戻って、トルニカ派の火の者に同行をお願いしようよ」

わたしが尻込みして言うと、テフィリンが「いらないわよ」と答えた。

いらないわけがない、と思わず魚の死んだ目をしてしまう。

「魔法使いがいる時は火も水もいらないんだよ。ほんと、身軽でいいよね。うちに常駐して欲しいくらいよ」

どういう意味かよくわからずアブソレムに目を向けると、彼はポケットから魔石を取り出していた。

大粒で、赤く透けている。トルニカの火の魔石だ。

それを胸の高さまで持ち上げると、ただ一言「火、そして灯りよ」と呟いた。


突然のことだった。

パシッと乾いた音が響いて魔石がヒビ割れたかと思うと、まるで生きている様に手のひらの上でピョンと数個に分かれた。

整列した魔石の欠けらはそのままピョンピョンと飛び跳ねて手のひらから降り、壁を伝っていく。

天井までついたところで魔石は一定の距離を置いて止まり、パアッと光を振りまき出した。

アピの火のライトよりもずっと明るく、辺りをはっきり照らし出している。

「わぁ、今のどうやったの!?」

わたしはアブソレムの腕にしがみつきながら興奮して尋ねる。

「見たままだ。この光景をきちんと想像できれば、君にも出来るだろう」

アブソレムが顔をしかめてわたしの腕を解きながらそう答えた。

そうか、想像したらわたしにもできるんだ。

忘れない様にじっと火を見つめ、先ほどの火の動きも反芻して記憶に留めておく。

それにしても随分かわいい動き方だったわ。仔ネズミみたいだったもの。

アブソレム、意外にかわいい想像するんだな。

「相変わらず便利ですね」

リズが目を細めて天井の火を見上げながら言った。

火に照らされて、やっと階段がよく見えるようになった。

木の板が等間隔に打ち付けられているだけの、所謂スケルトン階段だ。

板は厚さがあり丈夫そうだが、あまり安全とは言えなそうだった。

踏み外したら下まで真っ逆さまだろう。

テフィリンがさっさと降りてしまったので、アブソレム、わたし、リズの順で後を追うことになった。

落ちない様に壁を伝いながら、慎重に降りて行く。

板がギイギイと軋む箇所が何度もあり、その度に小さく悲鳴をあげた。


「ここにはあまり人は来ないの?」

他の鉱山と比べても明らかに整備されていない様子を不思議に思い、そう聞いてみた。

「よっぽどのことがないと人には許可が下りませんので、ほぼ部外者は入りませんね。私たちがたまに入るくらいでしょうか」

なるほど、それくらいしか来ないのであればこの造りも頷ける。

そんなことを考えている間に、やっと階段が終わった。

最後の段をひとつ飛ばしで下りると、膝に手を置いて大きく息を吐いた。

足が小さく震えている。

「ああ……、怖かった」

「アリスは怖がりだね?この先、大丈夫?」

「え、まだ階段があるの……?」

もちろんあるわよと、テフィリンが大笑いしている。

なんだか地上で見た彼女よりも、ずっと生き生きしているようだった。

「さて、進みますよ。この先は入り組んでいますので、はぐれないでくださいね」

リズの言葉に、テフィリンが頷いて先に進んだ。

階段を降りた先はドーム状に広く作られていて、いくつか道が枝分かれしていた。

それぞれの道にはきちんと行き先を記した金属のふるぼけた看板が掲げられている。

天井を見上げると、歩くスピードを合わせてアピの火もピョコピョコと移動していた。

数を数えると、ちょうど4つある。

1人ずつの動きに合わせているらしい。テフィリンの言葉通り、なんて便利なんだろう。


 テフィリンが、後ろを歩くアブソレムと雑談を始めた。

と言ってもアブソレムは彼女が苦手らしく、ものすごくそっけない対応をしている。

彼のそっけなさはいつもの事ながら、ハラハラしてしまうほどだ。

会話にこっそり聞き耳を立てていると、しんがりを歩くリズに話しかけられた。

「この横穴は怖くないですか?」

「えっ?」

突然話しかけられて驚いてしまった。

軽く咳払いをして返事をする。

「階段じゃないから、ここは怖くないかな。ハシバミ竜の巣もこんな感じだったから」

「凄いですね。ハシバミ竜に会えるなんて」

「うーん、わたしはこんな立派な鉱山をいくつも経営している方が、よっぽどすごいと思う」

それからリズは、知恵の日の冒険の話を聞きたがった。

わたしは足を踏み入れた時のヴォジャノーイの森の重苦しさや、ルサールカの歌声、ケルピーとの戦いのことを簡単にまとめて話した。

リズは大変良い聞き手で、どの話にも素晴らしく良いタイミングで相槌をうち、時には驚いて見せ、感心した声を漏らした。


「アリスは話が上手ですね」

ケルピーの話をし終わったところで、リズがそう言った。

「昨日のことだから、まだよく覚えていて話せるだけだよ。リズは何か冒険はしていないの?」

「私はこの鉱山からほとんど出られませんので……、羨ましいです」

リズの寂しそうな声に、わたしはなんて声をかけて良いのか分からなくなってしまった。

まさか鉱山からほとんど出られないとは思わなかったのだ。

冒険の話を嬉々としてしまうなんて、無神経だったかもしれない。

「でも、この鉱山でも少しは冒険できますよ。さぁ着きました」

そう言って立ち止まり、行く先を見る。

先は二股に分かれ、それぞれ階段が続いていた。

入り口よりも新しい、きれいな金属の看板がかけられている。

最近取り付けたものらしい。

「ここから先に、あなたの魔石を作ってくれる妖精がいるはずです」

ふたつの看板には「コボルト」、そして「レプラコーン」と書かれていた。

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垣根の上のアリスと願いの魔石 @aoir-iskw

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