3巻&コミカライズ1巻発売記念SS

完結後の時間軸です。

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 レイシーたちがエハラジャ国をあとにしてからも、レイシーの日々に大きな変化はなかった。屋敷にある畑の管理をして、魔道具を作り、プリューム村の人たちと関わる。そんないつものことだといってしまえるような、けれどもレイシーにとって愛しい日々は柔らかな風とともに、ゆっくりと通り過ぎていく。


 ざあ、と畑の緑が音を立てて風の道を作る。ふとレイシーは振り返り、黒い髪をなびかせて夕焼けの空を見上げる。


「キュイ?」


 レイシーどうしたの? とでも言うように、ティーがこちらを振り向いた。「……うん」と小さく頷いて、藍色に滲む空の中でぽつりと輝く、小さな星を見つめた。






 その日の夜のこと。レイシーはひっそりと机に向かった。

 ランプの炎がゆらりと揺れて、難しそうに眉間にしわを寄せているレイシーの横顔を照らしている。便箋にはまだ宛名しか書けていない。「ううん……」と唸っているうちに、ペンのインクがぽとんと落ちてしまいそうだ。


「ううーん!」


 何度目かの唸り声である。机から距離をあけるように背もたれに力をかけて目をつむる。誰もが寝ているような静かな夜に一人唸っている現状に、なんだか情けなくなってくる。


(……私、何してるんだろ)


「やっぱり、やめよう」


 いくら書こうとしても進まない手紙を見て、レイシーはしょぼくれたような顔をした。それから便箋は片付けてしまおうと、ゆっくりと立ち上がった。



 ***



 それと同じ頃のこと。ウェインも一人部屋の中にこもり、こっつんこっつんとペンの頭でテーブルを叩いていた。


「いざ改めて書くとなると、こう……」


 難しいな、と独りごちる。

 レイシーに手紙を書こう、と思い至ったことに対して特に深い理由があるわけではない。

 手紙くらいなら今まで何度か送ったことはある。今更気負いする必要もない……はずなのだが、すべて言い訳なのだとわかっている。ウェインの眉間のしわが、間違いなく彼の心情を表していた。


 レイシーに手紙を送ったことはあるといっても、それはいつも何か用事があってのことだ。たとえばそろそろそっちに行く、だとか。ほしいものがないかどうかの確認だとか。

 以前は心配して手紙を送ることもあったが、今のレイシーは昔と比べてしっかりしていて、ウェインが口うるさく言う必要なんてどこにもないのだ。


「……はあ」


 なのに、なんの用事もないのに手紙を送ろうとするだなんて。

 自分でもどうかしているなと考えて、ウェインは知らずにため息をついた。


 ――そもそも、自分はなんで手紙を送りたいと思ったのか。


 眉をひそめて、利き手とは反対の手でごしごしと口元をぬぐうように考える。相変わらず、右手はペンを握ったまま、とんとんと便箋を叩いている。が、ぴたりと動きを止めて今度はがしがしと頭をかいた。


 悩むくらいならやめてしまおう、とウェインが結論付けるまでそれほど大した時間はかからなかった。夜はもう、とっぷりと暮れている。涼やかな風が窓から通り抜け、ちいちい、じいじいと虫の音が聞こえる。


 ……けれど、なんとなく。ふと、窓の外を見つめたとき。

 ちかりと小さな星が光った。まるで、それはレイシーのような。


「……そうだな」


 誰に伝えるわけではなく、知らぬうちに納得するようにウェインは呟いていた。

 意味があるから手紙を書くわけではない。ただ書きたくて、話したい。それだけなのだ。

 ウェインは自然と口元に笑みをのせて、ぐいと腕を伸ばした後に、「よし」と姿勢を正して便箋に向かった。





 オレンジ色のランプの光が、はらはらと散る。ゆっくりと、花のように消えて、ぱっと輝く。






 片付けようとした便箋に手を伸ばしたまま、レイシーはいつの間にか眉に力を入れて渋い顔をしている自分に気がついた。


「…………」


 すとん、と。いつの間にか体は勝手に椅子に座っていて、指先も伸びている。すでに書いていた宛名の文字の下を、人差し指でそうっとなぞる。

 そうしているうちに、自分でも知らないうちに手がペンを探していた。


「……別に、いいわよね。私が書きたいだけだもの」


 うん、とレイシーは力いっぱいに頷いてもう一度机に向き合うことにした。

 静かな夜の中で、かりかりと文字を書く音が響いていた。






 こうしてレイシーとウェインの二人は、互いが同じようなことをしているなんて、まったくもって知らなかった。



 やっとできあった手紙を竜のポスト便にお願いするため、レイシーは緊張の面持ちで手紙を抱きしめていた。思い返せば、とりとめのない話ばかりを書いてしまった。今日はこんなことがあって、みんなとこんな話をして、次に作りたい道具のことを書いて……。

 書いているときは楽しくてたまらなかったけれど、だんだん不安になってくる。


「や、やっぱり送るのはやめようかしら……!」


 ポスト便がまだこないことを理由にして、意味もなくおろおろと周囲を見回してしまう。が、小さな竜がやって来たのはそのすぐ後だ。肩に乗る程度の竜の尻尾には、『竜のポスト便』の腕章が巻かれている。


 レイシーの専属の仔竜に「ぴゅいぴゅい」と指示されるままに手紙を渡すと、竜はぱくんと口に加えて、さらに自身のバッグの中にあっという間に入れてしまう。

 もう手遅れだというのに、「ああ……」と意味もなく妙な声が出てしまった。レイシーはしょぼしょぼとくずおれそうになってしまった。


 が、次の瞬間、竜はレイシーの手紙を収納した鞄から、さらに一通の手紙をぽんっと出して差し出した。「わ、わ!」慌てて両手で受け止めると、差出人は何度も見たことのある名前の主だ。つい最近は、主に自分の手紙の中で。


 レイシーへ、と宛名に書かれた文字はとても綺麗に整っていて、彼らしく感じる。


「……ウェイン?」


 手紙を握りしめて見ていると、そわそわしてくる。

 どうしたんだろうと気が急いてしまい、家に帰るまですらも耐えきれなくて、封をあけて確認してしまった。読む。太陽に透かしてみる。もう一回読む。「へへ」レイシーの頬が、勝手に緩んで、体はその場でくるくる回ってしまう。


 ――手紙に書かれていた内容は、もちろん誰にも秘密だ。レイシーだけの手紙なのだから。


 そうしてくるくる回っていた後に、はたと気がついた。さっき手紙をもらったということは、今日出した自分の手紙は入れ違いのようになってしまった。あちらからすると、わけがわからないかもしれない。

 ウェインなら事情を汲んでくれそうだけれど、せっかくだしまた一通、追加で送ってみようかな、と手紙を書く理由を見つけて、なんだか嬉しくなってしまう。

「ふっふっふ」と手紙を持ち上げて笑う。


 ウェインとレイシーは、いつも会えるわけではない。互いに仕事も、住む場所だって違う。

 けれど、いつでも会えるわけではないけれど、いつもどこかで繋がっている。

 とんっ、と跳ねたスキップは、レイシーの喜びを表しているかのようで、ざあと黒髪が風の中でなびいた。


 気持ちがいい風が、吹いていた。


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お久しぶりです!

11月25日、暁の魔女レイシーは自由に生きたいの書籍3巻が発売します。

いつも応援いただきましてありがとうございます…!

WEBの3章を収録しています。3章は自分でも大好きなエピソードばかりなので、続刊本当に嬉しいです…!


さらに、コミカライズ1巻も同時発売です。

蔦 千鳥先生がレイシーに寄り添うような優しい物語を描いてくださいました。

胸がぎゅっとするような素敵なお話です。

こちらもぜひぜひよろしくお願い致します!


雨傘ヒョウゴ

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暁の魔女レイシーは自由に生きたい ~魔王討伐を終えたので、のんびりお店を開きます~ 雨傘ヒョウゴ @amagasa-hyogo

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