第二十二話 白ヤギさんからの手紙

 後日。


「おっ、どうしたモニカ。何かあったのか?」


 アルパカでの遠征も終了し、ニトラに戻って数週間が経っていた。


 俺、ホセ、シモンの三馬鹿トリオがいる所に後輩のモニカがやってくる。


「今日はまた随分とめかし込んでいるじゃないか。今からお出かけか?」


 簡素な作りではあるが、モニカがメイド服を髣髴とさせる服を着ていた。この世界にもこういうのがあるんだな。


 俺のからかいは無視して、モニカが手紙をシモンに渡す。


「……って、どうして俺の所に来るんだよ。ご褒美はシモンから貰え」


 そうかと思うと今度は俺の前にやって来て、眼で「褒美を寄越せ」と催促をしてきた。彼女が一座に来た当初からの餌付けを今も卒業しようとしてくれない。元々は仕事のやる気を出させるためだったのだが、どうしてこうなった。


「フゥー」


「……先輩くらいですよ。いつもモニカに食べさせるオヤツを持っているのは」


「いやいや、これは俺のオヤツだから。どうしてそれをモニカに……はい、ごめんなさい。仕事よく頑張ったな。偉いぞモニカ」


 最近は毎回断ろうとするが、その度モニカの眼力に負けてあっさりと陥落するのがお約束である。


 俺も他の奴等のように、食い物を持ち歩かなければモニカもこんな事はしないと思うのだが、悲しいかな村時代の超貧乏暮らしが抜け切らず、いつ腹が減っても良いように常にビスケット等のオヤツを懐に忍ばせていた。


 いつものように神速の動きでモニカがそれをもぎ取り口へと運ぶ。さっきまでの怒り顔が一転、随分と幸せそうだ。これもいつも通り、頭をなでると物凄く微妙な顔をされるがこの際気にしないでおこう。


「……で、誰からの手紙だシモン?」


「アイダからみたいです」


 気になったのか、ホセが誰からの手紙かシモンに確認していたが……ほぉ。ついにシモンも文字が読めるようになったか。


「モニカ、手紙ありがとうな」


 食べ終わると満足したのか、用はこれで終わりとばかりにあっさりと去っていった。


「シモン、手紙読めるか?」


「名前くらいなら読めますが、中身は無理そうです。先輩が読んでくれますか?」


「しかし、アイダは凄いな。計算もできるし、文字の読み書きもできる。才女だな。シモンも頑張れよ」


「……はい」


 俺と同じ怪我組であるシモンは、空いた時間を使って文字の読み書きの勉強を始めていた。これまでこういう事に全く興味を示さなかったコイツも変わるものだ。世の中何が起こるか分からない。とは言え、まだまだ先は長そうだな。


「それでデリック、何て書いてあるんだ」


「ちょっと待ってくれ。フムフム……って、何だこれ。アイダはお前の母ちゃんか?」


 預かった手紙の中身を確認していくが、大きく分かり易い文字で書いてくれているのは嬉しいのだが……晴れて恋人となった相手に送る手紙としてこれはどうなんだ。


「だから何を書いてあったんだよ」


「いやまあ……書いてある事は大体、『きちんと御飯を食べているか?』とか、『病気になっていないか?』とか、『夜眠れているか?』とかばかりだぞ。後、『生水を飲まないようにしなさい』もあるな。惚気の一つもない」


「ア、アイダは昔からそうですよ。ずっと俺の事、子ども扱いして……」


 俺とホセは手紙の内容を知って乾いた笑いしか出なかったが、シモンは恥ずかしさからか俺達と目を合わせないようにそっぽを向いている。強面のシモンがこういう顔をするのは珍しい。ある意味貴重な姿である。確か年齢的にはシモンが上だと聞いていたが、アイダにとっては今も近所の男の子か手の掛かる弟的な存在なのだろう。


「まあ、そう言うな。愛されているじゃないか。そうそう、『次アルパカの町に来る時はきちんと連絡するように』とも書いてあるぞ」


 もしかしたら実はまだ怒っているのかしれない。俺が無理に連れて行かなければ再会もなかったからだ。シモンに任せていたら何もしなさそうなので事前に釘を刺したと見て間違いないだろう。


 そういう事なら、


「良し。丁度良い機会だ。勉強も兼ねて返事を書いてやれ。難しい事はいらない。簡単な近況報告で良いさ。俺も手伝ってやる」


「えっ、マジですか……」


 提案した途端に物凄く嫌そうな顔をするが、こういうのは最初だけだ。散々心配させた分、これくらいは頑張らないとな。「一流の剣闘士に成れば契約書が読めないと試合を組んでもらえないぞ」と脅せば大丈夫だろう。とても良い事をした気分だ。


「手紙はそれで終わりか? デリック」


「ん? もう一枚あるな。こっちの方は……」


 ホセに促されて手紙を確認するともう一枚ある事に気付く。読み進めると書いてあったのは俺達がいなくなってからのアルパカの町の近況であった。シモンがアイダと再会してから三日後に俺達は町から離れたのだが──


「アッハッハッハハハハハ…………」


「デリック、一体何が書いてあったんだ?」


「……まさかこんな事になっているとはな。ホセ、笑うぞ。レッドキャップが病気療養中だってよ。しかも二ヶ月近く前から」


 一ヶ月近く俺達の団体はアルパカの町に滞在していたのだが、どうやらその途中でレッドキャップは酷い病気に掛かっていたという事であった。


「何言ってるか意味が分からん。あれか。病気だからデリックに負けたという事か?」


 普通に考えればホセと同じ疑問になる。けれども、それだと「二ヶ月近く前から」という期間を無視している形だ。つまり、何が言いたいかというと……


「それならまだ良かったんだがな。どうやら俺とレッドキャップの戦いは開催されてないらしいぞ。記録上は」


 こういう事だ。俺はレッドキャップと試合をしていないらしい。こんな大怪我を負っているのに。


 手紙にはフィルが偶然見つけたと書いてあった。フィルもフィルで俺達がアルパカを去ってから文字を覚えるべく勉強中であるという。嬉しい事にアイダとフィルの姉妹はレッドキャップ戦で俺の勝ちに賭けていてくれたので生活に余裕もでき、勉強ができるようになっていた。


 剣闘好きのフィルらしいと言えばそうだが、彼女は文字を覚える教材にアルパカでの剣闘士の会報を選んだらしく、そこにこの情報が掲載されていたらしい。剣闘士事業に力を入れているだけあってこういう事もするんだと感心する一方、俺もその会報にはとても興味があるので一度読んでみたい。


「やっぱり意味が分からん。……あっ、ちょっと待て。それじゃあデリックがレッドキャップに勝った事はどうなっているんだ?」


「そりゃ試合自体をしていない事になっているんだから、当然俺は勝ってもいないし、レッドキャップは負けてもいない。考えたものだな。試合結果自体に嘘はつけないけど、記録を消すのはできる」


 結局の所、「レッドキャップが負けた」という事実を隠蔽するために無い知恵を絞ってこんな手の込んだ事をしでかした。俺には分からないが、白いのからすれば余程悔しかったのだろう。


「何冷静に言ってんだ。頭にこないのか?」


「いや全然。俺達は貰う物貰って十分稼いだんだから、それで良いだろ。俺がレッドキャップに勝った事をそんなに認めたくないかねぇ。しかも、俺達がいなくなってから工作する所が更に笑う」


 確か、白いの的には色付きカラードは劣等種扱いの筈だ。俺の勝ちはその前提が崩れるとでも考えたのであろうか? 後になって困るくらいなら、白いのの強い剣闘士を連れて来てスター選手にしておけば良かっただけだと思う。こういうのを「策士策に溺れる」と言うのだろう。


「……いや、笑い事じゃないと思うぞ」


「笑い事で良いんだよ。幾ら面子を保ちたいからと言って、こんな事したらどうなるか分かるだろうに。その判断もできない」


「どうなるんだ?」


「そりゃ、まず俺なら運営に『金返せ』と言うな。試合をしてないんだからな。どう処理するかは知らないが」


「……あっ。確かにそりゃ笑い事だ」


 大きく周知させていればパニックになったと思うが、会報で知らせた辺り、被害はまだ小さく収められそうだ。それでも返金は手続きも含めると相当大変になるのが分かる。折角荒稼ぎをしたのに随分と意味ない事をしたものだ。


「で、しかもだ。記録を消すなんてしても、実際に試合を観た観客はいる訳だ。そうした奴らが酒のさかなにあの試合の話をするんだと。お陰で『二つ名』が付いたと書いてある」


 どちらかと言うと、便宜上何らかの名前が必要だったというのが大きい。俺がアルパカ出身なら話は変わっただろうが、別団体のしかも試合に割り込みした剣闘士だ。名前を覚えられなくて当然。知っているのはフィルやアイダといった一部だけである。


「『二つ名』? どうせこの流れじゃ碌でもないのだろう」


「ああ、そうだ。よく分かったな。俺、剣闘士なのに剣を使わないし、殴るわ蹴るわ投げるわだろ? お陰で付いたのが……」


「勿体ぶるな。早く言え!」


「何と『ニセ剣闘士』だ。なっ、傑作だろ?」


「ダッハッハハハハ。違ぇねえ。けど、デリックはそれで良いのか?」


「俺は良いさ。それよりも、あの最強チャンピオンのレッドキャップを倒したのが、ニセモノというのが馬鹿馬鹿しくてな」


「……あっー、俺ちょっと白いのに同情するわ」


 最初は俺と一緒になって笑っていたホセでさえ、白いのの踏んだり蹴ったりの状況に同情する始末。シモンに至っては俺達の会話を聞いて途中から固まっていた。


 「人の噂も七十五日」とは言うが、余計な事をせず白いのも我慢すれば良かっただけだ。面子を保とうとしたつもりが「恥の上塗り」ばかり。自分達のした事で自分達の首を締めている。自業自得とは言え、泣いているかもしれないな。


 この迷走っぷりを見せられれば、あの町にいる色付きの人達も少しは溜飲を下げられたんじゃないかと思いたい。


 彼らはきっと今頃こう言っている。酒場で、食卓で、そして闘技場で。「白いの? アイツ等はニセモノ以下だ」と。

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異世界で物理最強してますが底辺力も最強でした カバタ山 @kabatayama

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