第34話 禍々しい儀式

「玉髄、玉髄!」

 何とか彼を部屋に運んだ二人は、休む間もなく気を失ったままの彼を揺さぶり起こそうとする。だが「うぅ……」と玉髄は唸るだけで、意識がはっきりしないようだ。

「あら、大変ね。怪我してるじゃない」

「きゃ!」

 そこに、思いがけずに中の子を連れた二号一が姿を見せた。そのあまりの突然さに翠玉と艾葉は、驚いたように小さく声を上げた。二号一の前には艾葉の創った童の精霊がおり、彼女がその存在に気が付くと、はらりと紙に姿を変えてその紙も消えた。


「艾葉の精霊のおかげで、迷うことなくこの宿屋に来れた。しかし、この村で何が起こっているんだ? 突然慌ただしくなったし、それに琥珀の姿も見えないようだが……」

 中の子は翠玉と艾葉に視線を向けてから、寝台に横たわっている玉髄に視線を落とした。額の怪我を見て、人形のように綺麗な中の子は僅かに整った眉を険し気に寄せる。

「村の中も沢山の人が何かの用意をしているように忙しそうだし、アタシ達が入ってきても宿屋の主人は姿を見せなかったわ。儀式がどうのって、洞窟に人が沢山来てたし……」

 二号一は回復の術を唱えてから、手を上げると玉髄の頬を強めに叩いた。パシン、と乾いた音が部屋に響いた。

「玉髄!」

 不意の事に、艾葉が驚いたようにビクリと身を竦める。暴力的な事が、無意識的にまだ怖いのだろう――幼少期に自分が受けていた暴力を、思い出してしまうのかもしれない。

「いて!」

 その衝撃に、玉髄は声を上げて思わず上半身を起こした。叩かれた頬が赤いのが、痛々しい。二号一の手加減のなさに、翠玉は少し驚いた。


「あ、二号一……中の子様……、っ、琥珀! しまった!!」


 意識が戻った玉髄は、二号一と中の子の顔を眺めてから何かを思い出したらしい。頭を抱えて琥珀の名を呼ぶと唇を噛んでいる。

「アタシたちと別れてから、何があったの? 琥珀の居場所に心当たりがあるの?」

 二号一が隣の寝台に腰を落とすと、彼の膝に中の子が乗る。艾葉と翠玉は、その隣に並んで座った。

「俺達がこの村に入って来た所から……話すな?」

 確認する様に翠玉と艾葉に視線を向けながら、玉髄は困った様な表情を浮かべて頭を掻いた。女二人は頷く。そうして玉髄は、この村に入ってきてから五苓に声をかけられて酒場に行って遭遇した出来事を、手短に話した。


「……五苓という名は、洞窟で聞いた気がするな……?」

 酒場の女の名を聞くと、中の子はふと首を傾げた。光の国風の響きの名前だ。

「洞窟よ。儀式をすると話していた男たちが、『五苓が連れて来る』とか話してたわ。多分その連れて来られるのが――琥珀ね」

「つまり、この村の人達は琥珀を使って何かの儀式をすると……?」

「この村には、闇の加護の人がいないんです。ね、艾葉」

 翠玉がそう艾葉を促すと、彼女は顔色が優れないまま小さく頷いた。まるで、嫌な想像をしているように。


 姿を見ない闇の加護の人間。儀式の後に残る血の跡。光の神と光の子を異常に妄信する村人。


「『久し振りに供物くもつが手に入った――あの坊主は、今夜の祭りの主人公だ』――確かに、そう言ったのね?」

 二号一がそう尋ねると、玉髄は「間違いない」と頷いた。

「そうね……乾いた血の跡が洞窟にあったから、ひょっとすると琥珀は危険な状態かもしれないわね。考えたくないけれど、この村の人間は『闇の加護の人間』を使って、光の女神、光の子を崇める儀式を何回も行っているのかもしれないわ」

「人間を使って儀式を行うのは、禁止されているだろう」

 二号一の言葉を聞き、中の子は冷静に返した。動物を使う儀式ですら禁止されているのだ。それに闇の男神以外生臭い供物を嫌う神々の中、更には人間を愛する光への儀式によりにもよってその愛する人間を使うなんて、一番考えられない事態だ。

「祭りは、この準備の速さからさっきの言葉通り今夜行われる筈だ――時間がない。琥珀を救いに行く作戦を立てる。花房!」

 中の子が名を呼ぶと、まだ幼獣の花の聖獣である狐の花房が姿を現した。

「花房、光の国の上級使い手に会って手紙を渡して来てくれ――二号一、紙と筆を」

 二号一は素早く和紙と筆を取り出すと、中の子に渡した。彼女はそれを受け取ると、簡単にこの村で禁止されている人間を使った儀式が行われている事を、その紙に綴った。そうして、手紙をくるくると撒くと合わせ目に唇を寄せる。中の子の唇が触れた所に、蓮の花が光り輝いて手紙に封がされた。

「あたしには象徴する花がないから、花の父上が決めてくれたんだ」

 不思議そうにそれを見ていた玉髄たちに、中の子は説明してやる。そうして、それを花房の体に括りつけた。

「頼んだ」

 花房は中の子の頬を舐め、姿を消した。

「風の国にも報告するのですか?」

「いや――これは、光の国の問題だ。風の国に話して、光の国の立場が悪くなるのは得策ではない。魔獣の卵との関係も分からないうちは、無暗に話すべきではないだろうな。魔獣の卵の件も大事だが、生贄にされるかもしれない琥珀を救う方に緊急性が高い」

 玉髄にそう返事をして、中の子は筆を二号一に渡した。彼はそれを受け取ると、収納の術で直した。

「今は準備をしているようだから、儀式を始めるなら明日の夜が最も可能性が高い。それまでに、琥珀を隠している場所を見つけないと……」

「儀式のやり方が、昔風とは思わない?」

 中の子の言葉を遮ったのは、二号一だ。彼は、自分の膝の上にいる中の子にそう話しかけた。途端、中の子が黙り込む。


「あの……昔、こんな儀式があったんですか……?」

 艾葉が、黙り込んでしまった中の子の代わりに二号一にそう聞いた。二号一は、苦いものを噛んだような顔になった。

「ええ、人間が産まれて――九つの国が出来る前よ。動物を生贄にして、人々は神を呼んだの。その頃アタシ達使い手が、神と人間の間を取り持っていなかったから。でも、光の女神はそれを毛嫌けぎらいしてたわ。喜んでいたのは、闇の男神だけ――それに、『光の加護を持つ人間』を生贄にすれば、褒美を与えて喜んだそうよ。光の女神が怒っても闇の男神は話も聞かない。そんな時、『血生臭いのは嫌』って水の女神が言ったから、『血』や『心臓』を使う儀式は自然と禁止になったわ」

 その言葉に、玉葉と艾葉、――特に翠玉の顔が真っ青になった。

「まさか――闇の子が……輝華のこの村の者に、それを教えた……んでしょうか?」

 光の女神と光の子を侮辱する行為だ。光の女神が嫌がった儀式を、知らないとは言え自分の国の者が『闇の加護の生贄を使っていた』となれば、まさに光を冒涜するに等しい行為に違いない。

「――信じたくないのだ」

 小さく、中の子は呟いた。


「姉神が、――同じ兄弟神がいがみ合うのを……信じたくない」

 それは、優しい中の子の心からの声だろう。

「今は首謀者がどうのよりも、琥珀を探すことが優先よ。しっかりしなさい、アナタが導くんでしょ?」

 二号一の言葉に、中の子はハッとなり頷いた。琥珀と、約束したのだ――そんな彼を無駄死にさせたくはない。

「探すわ――絶対に」

 二号一はそう言って笑うと、中の子を膝から降ろして玉髄の膝に乗せると両掌を自分の瞼に触れさせた。

「全てを監視する大いなる瞳よ 北から南に走り東と西を凍った光で照らし我に共有させよ―――空間探査」

 二号一の閉じられた瞼の向こうで、この村の景色が走り抜けていく。儀式に備えるだろう食料や花を運ぶ村人達。洞窟に向かう人たち。忙しなく動く村人が家の中や外にいる――しかし、この村の家屋と呼ばれる建物の中に琥珀らしい人影は見えず、地下や天井裏などにも何もない。


 確実に、この村にはいない。


「――この村にはいないわ。そうなると、洞窟しか考えられないわね」

「入り口は、村人が護衛している。薙ぎ払って儀式の間らしい所に行っても、その間に琥珀が殺されるかもしれん」

 玉髄の膝の上で、中の子が先ほど見た光景を思い出してそう返す。


「洞窟に、そんな場所があったんですか!? 早く――早く、琥珀を助けないと……!」


 翠玉が、大きな瞳を潤ませて唇を噛んだ。自分がやみくもに探しに行っても、邪魔になるのが分かっている。琥珀の命がかかっていると自分に言い聞かせて、飛び出しそうになるのを翠玉は我慢した。


「今は、無駄だわ。入り口も中も訓練を受けている村人がいるだろうし、中の子の力じゃこの村の人を全て殺してしまうかもしれない。かと言ってアナタ達だけじゃ、多勢に無勢よ。それに、儀式は必ず夜に行うはず――昔の儀式通りなら、ね。火の国に回って、あっちにある炎燐山えんりんざんの入り口を探しましょ。そこから中に入る方が早いわ」

 二号一は冷静にそう提案した。皆異論はないようで、強張った顔のまま頷いた。

「じゃあ、荷物を直してすぐに向かいましょう。アタシは位置を正確に知らないから転移の術で直接飛べないわ。一度火の国の関所に行って、位置を聞いてから行くわよ」

 その言葉を聞き、三人は直ぐに立ち上がり用意を始める。玉髄は、「失礼します」と中の子を立たせてからだ。


 ――待ってて、琥珀。僕が絶対に助けるから!

 翠玉は自分の弓を握り締めて、もう大事な幼馴染を亡くさないと心に誓った。

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神々の愛した華【琥珀編】 七海美桜 @miou_nanami

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