43,ディパーテッド
departed:分かたれたもの、過ぎ去りしもの、別離、死者の魂
数週間後、バン爺の丘の上の家に滞在していたシアンは、予定されていた通り、ビオラ伯のもとへと出発することになった。
すでにバン爺の家の前にはビオラ伯の使いの者が馬車で到着していた。バン爺とシアンは、長旅とビオラ伯のもとで生活するための品をその馬車に運び込んでいた。
しかし、
「……どうしたね?」
バン爺がシアンに訊ねる。
「……あ、うん、何でもないよ」
そうは言うものの、シアンは丘の下を気にしていた。
「……思いを伝えようかどうか、迷うとるのか?」
「……え?」
驚いてシアンはバン爺を見る。
「……ほっほっ、ワシャなんでもお見通しじゃ」
「……。」
「恥ずかしいにしても、怖いにしても、どちらでお前さんが納得するかじゃろうて」
「納得?」
「そう、納得じゃ。後悔するかもしれんがな。後悔して納得するか、後悔はしないが納得もしないか。お前さんはどちらかのう」
「納得……。」
自分の気持ちへの向き合い方を少しづつ学んだ少年はすぐにどちらか判断がついた。
「まぁ、別に、ワシがマゼンタについて行かんかと聞けばいい気もするがな」
「だ……ダメだよ、それは……。」
「ほぅ……。」
「おまたせぇっ」
そこへ、マゼンタが帰ってきた。
「へへ、けっこうもらっちゃったよ」
マゼンタは
「おお……ザビさんに礼を言わんとな」
「それとぉ……。」
「なんじゃ?」
マゼンタはもう片方の手に抱えていた籠からソーセージを出した。
「じゃーん、シアンくんの大好きなソーセージーっ」
「もらい過ぎじゃないかね……?」
「食べ物は多くても困らないからねぇ」
マゼンタはシアンの荷物の中に食料をつみはじめる。
作業をしているマゼンタの背後に立つバン爺とシアン。バン爺がシアンを見る。シアンは小さくうなずいた。
「あ、あの……マゼンタさん」
「ん~、なぁに~?」
「これから、マゼンタさんはどうするの?」
荷物を包みながらマゼンタは空を見上げて考える。
「ん~、そうだね~、シーカーの仕事をこつこつ頑張ってこうかなぁ。今回はダメだったけど、何とかして
「……そうなんだ」
しどろもどろするシアン。地面に視線を落として心を整理する。再び視線を上げた時、目の前にマゼンタがいた。
「あ」
「……どうしたの?」
きょとんとした顔でマゼンタはシアンを見る。無垢な視線が、せっかく落ち着いた少年の心を乱した。
「えと、あの……マゼンタさん」
「うん」
「ぼく……これから……ビオラ伯のところにいくんだ……。」
「そうだね」
「あそこって、とっても遠いから……その……このまま行っちゃったら、マゼンタさんとめったに会えなくなっちゃうと思うんだ……。」
「だよね、さみしくなっちゃうよね」
「う、うん、そうだよね……だから……。」
「手紙とかちょうだいよ、待ってるから」
「え? あ……うん……。手紙……そうだね……。」
「もし何かあったらすぐに連絡ちょうだいね。あたし、飛んでいくから」
「あ、だったら……。」
マゼンタはシアンの両肩をがっしりと掴んだ。
「シアンくんは、あたしにとって、もう弟みたいなものなんだから。できることは何だってするよっ」
まっすぐに自分を見つめる瞳、その意味を知ってシアンはほほ笑んだ。
「……うん」
「……ローゼス卿そろそろ」
時間を気にしていた使いの者が言った。
「おお、そうか」
使いの者が荷物を馬車へ乗り込み、シアンも後に続いた。
動き出す馬車、客車の窓から身を乗り出してシアンが手をふる。
「じゃあねぇマゼンタさんっ。きっとまた会おうねっ」
マゼンタも手をふる。
「うーん! 約束だよぉシアンくん!」
バン爺は何も言わずにほほ笑んで手をふっていた。
そうして馬車が見えなくなった頃、マゼンタは大きなため息をついた。
バン爺はマゼンタを見る。
「あ~どうしよう。シアンくん、どんどんいい男になってくじゃん。ロングも良かったけど、髪切ったら男らしさまで出てきちゃって……。もう、あたし恋しちゃいそうだったよ」
「……。」
「バン爺、やっぱりさぁ、王都って綺麗な女の人がいっぱいいるんだよね? どうしよう、そのままシアンくん、都会の女の子とか、貴族のご令嬢とかと一緒になっちゃうのかな。そうだよね、女の子がほっとくわけがないもんね。あ~シアンくんから彼女が出来たとか無邪気な手紙きたら、あたしショックで寝込みそうだよぉ……。」
マゼンタはうめきながら頭を抱えてうずくまった。
「……マゼンタや」
マゼンタが顔を上げる。
「なに?」
「お前さん、ダメじゃあ……。」
バン爺はがっくりと肩を落とした。
「……え、なんで?」
その後、バン爺は村の住民に手伝ってもらい、自宅の補修を手掛けていた。家の中の整理しながら、バン爺は次々と木箱に不要なものをほおり投げる。
木箱が満杯になり、農夫のマッソが運び出そうとすると、処分する品の一番上に白い腕輪があるのに気づいた。マッソはそれを取り出し、背中を向けているバン爺に訊ねる。
「……バン爺さん、これっていいのかい?」
「ああ、ワシにはもう必要ない」
老人はふり返らずに言った。その背中はからりと笑っていた。
──了
ディパーテッド~最強魔術師は毒親育ち~ 鳥海勇嗣 @dorachyan
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