第11話 伝説の勇者と田舎5
「やはりここは良い所だ。風が気持ちが良い。空気も透き通っている。」
夜風にあたり気持ちよさそうに深呼吸をしながら歩く勇者。
いま柊弥たちがいる場所は庭の隣にある元々畑であった更地。今は何も手を付けていない為あたりに足首ほどまで伸びた雑草が生い茂っている。敷地内ではあるので入るのは問題ないが、明かりが何も無いので完全な暗闇だ。足を引っかけて転ばないかを気をつけながら進む柊弥だが、勇者はそんなことをお構いなしに次々進むので必死に追いかける形となる。
「なあ、どこまで行くんだ?この辺暗くて危ないからあんまり奥まで行きたくないよ。」
勢いで出てきたのでスマホも持ち合わせていない。つまり光を照らせる物が何もないので
柊弥はこの何かあっても暗くて対応できない状況が不安だった。
「…私は、柊弥の事が好きだ。」
暗闇も気にせず歩みを進めていた勇者は急に立ち止まると思いきや突然の告白。
唐突な展開に柊弥は驚く。
「!…い、いきなりなんだよ。」
「柊弥だけではない。柊弥のご両親も好きだ。この世界に来て親切にしてくれた者、皆好きだ。」
ああ、そういう意味か…。
人として好きだという意味を理解して、柊弥は安心したような、少し残念な様な気持ちになる。
「私はこの世界に来た事は何か果たさなければならない使命があるからだと思っている。
私は今まで人助けをして生きてきた。そして、この世界には魔物の気配はしないので戦う必要は無いが、違う形でも何か人を助ける事がその使命なのではないかと考えている」
「は、はあ…」
志は立派と思いつつも、崇高すぎていまいち飲み込めない柊弥。
「この世界には魔物がいないにも関わらず、幸せな顔をしている人が少ない。
以前街を案内してくれている時も生きた目をしている人間はわずかだった。
何か、深い悩みを抱えている様な、そんな人達ばかりだ。」
「この世界にも、色々あるんだよ…」
この現代はストレス社会。魔物もいなければ、RPGゲームの世界と比べると遥かに資源も豊か。
確かに勇者からすれば何故不自由ない暮らしをして幸せに慣れていないのかと不思議な感覚だろう。だが、人間とは欲の塊なのだ。一つ幸せになれば、また一つ幸せを増やそうとする。
その結果、今も世界のどこかでは戦争をしているし、戦争をしていない国でも自身の幸せの為に誰かを陥れる。平和になっても、人間という性質上、小さなところで争いは生まれてしまうのだ。まあこの目の前の勇者はそんな世界に嫌気がさして現実逃避をする為に作られたゲームのキャラクターなので、そんな考え持ってなくて当然だとは思うが。
崇高な志を持つ勇者に感心はするが、現実はそんな簡単じゃ無いよと冷めた考えをしてしまう柊弥。
「そのようだな。柊弥の目を見れば単純な問題では無い事は分かる。だが、だからと
言って諦めるつもりも無い。地道となるかもしれないが
、私は私の出来る事をやりたい。」
「そっか。まあ、頑張りなよ。」
勇者の熱い姿は、まるで何も知らない純粋な心を持った子供の様だ。まあ、見たところ確かに勇者は自分よりは若そうではある。だが、それでも成人手前くらいだろう。その年頃で、ここまで希望に満ちている人間がいったい今のこの世界にどれほどいるのだろうと変わらずどこか悟った感覚で見てしまう柊弥。
「ああ。だからまず私は、柊弥を助けたい。」
「え?俺?」
「そうだ。柊弥も他の人と同じように、暗い目をしているからな。まずは一番世話になっている柊弥を助けたい。」
今まで他人事として見ていた柊弥は突然当事者の立場に立たされ焦る。
確かに社畜で特に趣味も無く、将来の希望も無いので自分も死んだ目をしている一人という事は間違いないが。
「私は柊弥の笑顔を見る為なら何でもする。なんでも言ってくれ。」
なんでも…?
柊弥は勇者の言葉に先程の風呂場での光景を思い出してしまう。
魅力的な女性としての容姿を持ち合わせている勇者が、何でもしてくれる…?
もしかして、あんなことや、こんなこともしてくれる…?
思春期全開の様な妄想を繰り広げる柊弥。思わず顔を真っ赤になっていく。
「どうした?顔が赤いぞ?身体が冷えたか?」
様子のおかしい柊弥を心配して勇者は柊弥をのぞき込む様にして見つめる。
ただでさえ妄想をしているところに、その対象者が間近にやってきて柊弥の心臓は更に高まる。
相変わらずの綺麗な目、潤いを含んだ唇、サラサラの髪からはシャンプーの良い匂いがする。
そして、身体は今は包帯とゆったりした服装でボディラインを隠しているが、これを脱いだら…。
「な、なんでもない!とりあえず今日はもう中に入ろう!」
妄想がさらに加速し、自制が効かなくなりつつあった柊弥はこの場にいるとマズイと察知し、
どこかぎこちない足取りで家の中へ向かって進んでいく。
(やばい、俺完全に意識しちまってる…)
これからも一緒に過ごすことになるかもしれないのに、こんな状態で果たしてやっていけるのかと一抹の不安を覚える柊弥。とにかく、何とか意識をしない様に無心に努めるしかないと自分の中で無理やり結論付け、足早に家に入っていった。
ただ、部屋の中に戻った際に、自分のベッドの横に敷かれている布団を見てその無心は早くも打ち砕かれる。同性だと思っていたので自分の部屋で勇者と一緒に寝る事になっていたのだった。
結局その日、何も知らず熟睡している勇者を横目に、柊弥は一睡もできなかった。
**********
翌日。
天気は良好で、雲一つない青空が広がる。緑に溢れた周辺の景色は日光によって明るく照らされている。
元々の目的であったゲームの調査は早々に未遂に終わってしまったため、
特にすることもなくなっていたのだが、勇者がこの地域を気に入ったという事もあったので、
柊弥たちは結局昼過ぎまで実家に滞在することにした。
この日も勇者は元気いっぱいで、早朝に起きたかと思えば外に出て身体のストレッチをした後にウォーミングアップ代わりに周辺のジョギング。帰ってきてからは母親の朝飯をいつもと同じように喜んで食べる後、世話になったお礼がしたいとの事で庭の草刈りと家の掃除。無駄に広いせいで昼まで時間がかかってしまったので、昼飯もそのまま嬉しそうに平らげる。
本当に、エネルギーの塊のような人間である。自分の部屋での待機は人並み以上に苦痛だったのではないだろうかと勇者の今朝からの行動を観察しながら悪い事をしたかなと思う柊弥。
柊弥も草刈りや掃除の手伝いをするつもりだったが、それではお礼の意味が無いという勇者の美学に甘え、リビングのソファで寝転がりながら勇者の生態観察に務める事にしたのだ。
ちょうど昨晩は寝れなくて体調も良くないので、ちょうどよかった。
そして一通りやる事も終え、昼飯も済ませたので2人は現在住んでいる部屋まで帰路についている。
「いやあ、世話になった礼をしたつもりが、昼食から夜食の手土産まで貰ってしまった。
結局また世話になってしまったな!」
笑顔で嬉しそうに今日の晩飯の料理が数々入っているタッパーを詰めた袋を持ち上げる勇者。
よほど母親の料理が気に入った様だ。
「そりゃ良かったよ。はあ…しかし、明日からまた仕事かあ。」
明日からまた社畜の日々が始まる事に憂鬱な表情を浮かべる柊弥。
休日というものは、本当にあっという間に終わる。
柊弥の憂いを帯びた目を見て、勇者は何も言わなかったが、何かを決意した様子だった。
**********
家につく頃には既に日は暮れつつあり、空は綺麗な夕焼けに包まれていた。
帰宅早々動いたので腹を空かせたと言う勇者だったので、手洗いをして、まずは夕食から
済ませる事にした。
「ご馳走様だ。相変わらず柊弥の母親の料理は美味い。天才なのではないろうか。」
いくらなんでも褒め過ぎだ。この場に母親がいたら喜びのあまり踊り出すんじゃないだろうか
とこの場にはいない母親の様子を思い浮かべる柊弥。
「よし、では食器を片付けて、その次は風呂だな。どちらも私がする。
柊弥はゆっくり休んでいてくれ。」
「え?大丈夫?」
「皿洗いや風呂掃除の仕方は今朝柊弥の母君から教わった。風呂の沸かし方は柊弥の手法を見て覚えているので問題ない。」
早くもこの世界に馴染んできているなあと感じる柊弥。勇者という立場だったにも関わらず、変なプライドも無く何事にも素直に順応しようとする姿勢はどんな育ち方をすればなれるんだろうと不思議に思う。
「よし、皿も洗ったし、風呂掃除も終わったぞ。今は湯を張っている最中だから、張り終えたら先に入ってくれ。」
「おー、早いね。ありがとう。」
スマホでニュースや情報サイトを巡っている内に、勇者の仕事が終わった様だ。
柊弥は寝転がっていた状態から頭だけ起こし、勇者に礼を言う。
「あと、1つお願いがあるんだが。」
「うん、何?」
勇者からの言葉にスマホを触りながら返事をする柊弥。
「この部屋にいる時は、胸は隠さなくても良いか?もう見られてしまったので、今更隠す事も無いと思ってな。実を言うと、ずっとこの包帯を巻いておくのは少し苦しいんだ。」
触っていたスマホを落とす。
(そうだった…。この問題をどうにかしなければならなかったんだった。)
確かに勇者の言う通り、既に正体は知ってしまっているので、自分の前では隠す必要が無い。
包帯を巻いて隠すのも確かに苦しいだろう。結構なボリュームだったし。
だが、それで自分は果たして耐えられるのだろうか。この狭いワンルームアパートに無防備な美女と一緒という一見夢のような環境ではあるが、同時に悪夢の様な環境でもある。
本音を言えば今のまま男っぽい恰好でいてほしいが、それをしてもらう理由が無い。
下心が出そうだからなんて言おうものなら流石の勇者もドン引きするかもしれない。
でも、ずっと女の子の姿でいてもらえるなら、それはそれで…。
「そ、そうだね。俺は知ってるからね。任せるよ」
「ありがとう!これで部屋の中は気兼ねなく過ごせるようになる。では、これからそうさせてもらう。」
そうだ、断る理由が無い。これは仕方ないんだ。
決してやましい事を考えているわけでは無い。
心の中で最大限自分を正当化しながら自分の下心を隠そうと必死な柊弥だった。
社畜と伝説の勇者の田舎暮らし とんがりんぐ @tongaring
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