交流
リノとゲンとラヴォさん@水狗丸様
昼下がりの陽気が心地よい時間、本に夢中になるあまり昨晩は寝るのが遅くなったラヴォニアニナは園内を散策していた。彼の勤める国立植物園には蝶が住まう一角がある。自然に近い緑豊かな場所で、飛ぶ蝶をあおぎ見たり、休息する蝶を腰を落として見つめた。同僚に会えば、簡単に挨拶を交わす。園内の入り口近くで愛称を呼ばれ、ラヴォニアニナは振り返った。
「ラヴォ、あれ、何してるか知ってるか」
ひそめてはあるが、好奇に満ちた声だ。
あれ、と言われた方にラヴォも顔を向ける。
一人は茶髪の細身の女性。少女というにはしっかりとした、婦人というには幼いように見える。その人は腕にのせた動物に向かって、言い争いをしているようだ。ささやくような会話はこちらまで届かない。
ラヴォ達二人は好奇心を押さえきらずに、距離を縮めた。従来のラヴォであれば、礼儀をわきまえて立ち去る所だが、此度は少々強引な連れがいる。付き合いを無下にすることもできず、少しだけですよと軽く嗜めながら木陰に隠れる連れに続いた。正直、興味がないと言えば嘘になる。
「まぁ、よい。園内で落ち合おう」
茶色の動物からこぼれた言葉は少々、発音とイントネーションが怪しいがホルスロンド帝国の公用語だ。そこから、外国の者だと汲み取れる。
ラヴォの知る中でここまで流暢に話せる動物は雌熊精霊のアーサリンぐらいだ。人と交流すれば、精霊も話すことが得意になるのだろうか。故郷の精霊を思い出し、知り合ってから月日の浅いアーサリンを重ね、目の前の動物を分析する。
「え、それって! また勝手に入ろうとしてるでしょ!」
言い返した女性の言葉はさらに妙だった。外国語にホルスロンド帝国の公用語が重なって聞こえる。ラジオのかかる喫茶店で話す声を聞くようだ。
隣の同僚も顔の中心にしわを寄せている。
かくいうラヴォも戸惑っていた。よくよく観察すれば、茶色の動物はカワウソで、彼女の首元のチョーカーについた石が異様な輝きを持っている。
独特な話し方のカワウソ精霊と、魔具を使って言語を話す女性だと仮定した。
彼らは会話を続ける内に熱が入ってきたようで、声量が大きくなる。少し離れた場所でも十分に聞こえる声だ。
「水は誰にも塞き止められんからのぅ。ほっほっほ」
「年寄りじみた言い方でごまかさない!」
そこでラヴォはカワウソと目が合った。
互いに何もしない内から、カワウソが舌打ちをする。
慌てたのは女性の方だ。学校の備品を壊して慌てる様に似ている。やわからそうな髪が乱れるのも構わずに顔を振り、両手で無実をアピールした。
「違うんです、違うんですよ。不法侵入しようなんて、これっぽっちも考えていませんからね!」
「全部、話してるぞ」
カワウソは悪びれた様子もなく指摘した。
ラヴォと同僚は顔を見合せ、答えあぐねていると、後方から同僚の名前が呼ばれる。渡りに船といい笑顔で去っていった。
残されたのは女性とカワウソ、そしてラヴォだ。二人はまだ小競り合いをしているようで、女性の方はたまに申し訳なさそうに眉を八の字にして笑った。
「状況がわからないので、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」
二度目に笑いかけられた時、ラヴォは訊いてみた。何もなかったように立ち去る勇気はない。
女性はラヴォに体を向け、姿勢を正した。体の前で揃えた手を居心地悪そうに動かしている。
「えぇーと、あー、あの、ですね。園内はペットの持ち込みを禁止されているじゃないですか」
「わしはペットじゃないぞ!」
「ゲンさんは黙ってて、ややこしくなるから! あ、こっちの話です。失礼しました。えーと、そう、このカワウソ。あ、ゲン、という名前なので、私はゲンさんって呼んでいるんですけどね。ゲンさんは入ることができないと言われたんです。ほら、動物に見えるから」
「わしを動物のくくりにするでない!」
「ああ、もう、さっきからそればっかり! ホタテ上げるから大人しくして!!」
「ふむ、よかろう」
鷹揚に頷いたゲンを女性は道端に落ちたごみのように見つめた。
「お騒がせして、ごめんなさい! 私はリノ。旅をしています。また会えたら、その時はよくしてください」
ラヴォが答えるよりも先にリノは踵を返した。ゲンは彼女の腕から地面に飛び降りて、駆けていく。
取り残されたラヴォはすっかりと眠気が覚めていることに気が付いた。
水狗丸様のラヴォニアニナさん
https://kakuyomu.jp/works/16816700428567124859
お借りしました。
不備や文句等ありましたら、お気軽にお声がけくださると助かります。
島の精霊達の様子は控えましたが、どうでしょう。
リノとゲンさんが話すとのびるのびる。ラヴォさんを置いていって申し訳ないです。
#文字で繋がる世界 かこ @kac0
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