第2話 形見

 一夜が開け、駅前で幽霊になった人間の殆どが怨霊になり、その全員を討伐した後、死神は残骸からあるものを収集する。体を失くした上着から取り出したのは、社員証。死神は自分が幽霊にしてしまった人が存在していた証を集めていた。この人達がいたことを自分だけが覚えていられるからという、せめてもの偽善だった。

 警官の菱賀田ひしかた信仁のぶひとさん、会社員の鈴木俊郎すずきとしろうさんと、その後輩の足利晃あしかがあきらさん。中学生の出口いでぐち君、満浜みちはま君、小野おのさん。夫婦の立花たちばなさんと、その娘さんの未来みらいちゃん。一つ一つ丁寧に、合わせて38人全ての『形見』を見つけ出した。


「自分を消した相手に埋葬されるなんて、人生最大の屈辱だろうな」


 消えてしまいそうな声で呟き、死神は形見を手に、その場を後にした。


     □ □ □


 駅前から誰にも声を掛けられることなく高校に戻ってくる。誰も憔悴しょうすい仕切った死神に、労いの1つも掛けない。見えていないから当たり前のことだが、今はそれが心の傷に塩を塗っていく。

 力なく校門をくぐり正面の階段を上る。2階の端、今は使われていない空き教室。そこは元々死神の通う教室のあった場所。

 この高校は死神達が通っていた中学校を廃校にしてその場所に新たにできたものであり、形こそ違えど死神にとって大切な場所だった。

 その教室にはボロボロの机が積まれており、その奥には小さな箱が置いてある。そこに死神は先程収集した38個の形見をそっと置いた。幽霊になった人が身につけていたものは一緒に幽霊化し死神でも触れるようになる。同時に、それは普通の人には見えないことにもなる。死神は今まで集めた形見―――全261個に新たに加える。


「これで299個……はは、もうすぐ300人殺したことになるのか」


 口から乾いた笑いが零れ落ちる。小学生の時、死神なんて変な名字だと思っていたが、今はまさにそのとおりだった。

 1人佇む空き教室に、ガラガラと扉が開かれる音が響く。だが、死神は自分は見えないのだしと殆ど気にしていなかった。だから、その言葉は不意打ちだった。


「お前、そんなとこで何してんだ?」


あまりにも驚いた死神は近くに積まれていた机をすり抜け倒れた。それを見ていた男子は頭を抱える死神を指差した。


「お前、もしかして……幽霊?」


 死神は照れた感じで「えへへ」っと笑った。死神は起き上がると、ひさしぶりに会話が出来ることに興奮していた。


「どうも、君の言う通り、幽霊だよ。はじめまして。私の名前は死神」

「ああ、そうか。俺は、まあ海月くらげとでも呼んでくれ」


 あからさまな偽名を名乗る海月に死神はニヤァと笑みを浮かべる。


「偽名を使うなんて、もしかして幽霊怖い子くん?(笑)」

「(笑)を付けんじゃねえ。ただ、本名言うのが嫌なだけだ」

「ふ〜ん、そうなんだ〜」

「……何だよ」

「いや〜別に〜」


 死神は誰の目で見ても分かるほど、嬉しかった。こうして誰かと言葉を交わすことなど、実に数ヶ月ぶりのことだったから。

 ウザそうに視線を向けてくる死神に、海月はダルそうにため息を吐く。


「はあ、めんどくさいから教室抜けてきたってのにその先で幽霊なんてもんと出会うなんて。ついたんだかついてないんだか……」

「ついてるに決まってるでしょう。こんな可愛い美少女をお目にかかれたんだから。授業受けるよりも何倍もいいでしょう?」


 自分で美少女なんて言って後から恥ずかしくなったが、得意げに胸を逸らす。だが、海月はほんなものに一切視線を送らず、頭を掻いた。


「授業なんてやってねえよ。今日は卒業式だからな。あのしみったれた空気が嫌いなんだよ、担任との感動の別れーみたいなの」


 ダルそうに言う海月の胸元を見ると、卒業生が付けているような白い花をかたどったブローチがつけられていた。


「あ、そうか。もうそんな季節か」

「幽霊になると時間感覚がバカになるんだな」


 死神は上を向く。私はもし今生きていたなら16歳の高校1年生。中学2年生の時に幽霊になってから2年が経ったことになる。

(たった2年の間に随分と人の存在をにじったな)

 チラリと後ろにある箱に視線を送る。それから何かを感じ取ったのか、海月が突然妙なことを言った。


「『月が綺麗ですね』」

「?なにそれ」

夏目漱石なつめそうせきが『I love you』を詩的に訳した言葉らしい」


 『I love you』という文がどう言う意味か理解した瞬間、死神はお湯でも沸かせそうなほどに顔が赤くなった。


「ちょ、そ、そんなぷ、ぷ、ぷ、プロポーズなんて……っ!」

「別にプロポーズじゃねえよ。ただ、お前が寂しそうだったから」

「寂しそうだったからって、じゃあ海月は一緒にいてくれるの?」

「いや?俺は今日でこの高校を卒業すんだよ。一緒なんて、いれねぇよ」


 適当なその返答に死神は帯びていたシリアスな空気が霧散するのを感じる。


「じゃあどうすんのよ。寂しそうだなぁはい終わり?」

「まさか、こうすんだよ」


 海月は死神に頭を下げろと言われ、大人しく従う。幽霊だから触れられるはずもないので何をするのか考えていると、不意に髪を撫でられる感触を感じた。

 優しく、温もり全てで包み込むかのように優しく撫でられる。


「お前はよく頑張ってるよ。本当によくやってるよ。俺達は感謝してんだ。お前は自分がやってしまったことの落とし前を自分1人でつけようとしてるけど、全部責任だって抱え込む必要なんてない。俺達はこの姿になれて感謝してんだ」


 海月が何を言っているのか、全然分からなかった。でもその言葉は少しずつ脳が理解していき、心に染み込んでいった。


「俺は、このままあいつらと不仲のまま終わっていくと思ってた。だけど、お前が俺達をこの体にしてくれたお陰でいくらでも腹割って話せた。ありがとう。俺はもう逝くけど、これだけは忘れないでくれ」


 海月は死神の三つ編みされた髪を後ろに回すと、何かで留めた。


「俺はお前のことを心の底から感謝していて、心の底から大好きだってことを」


 そっと、海月の手が離れる。


「じゃあな、死神。今夜は月が綺麗らしいぞ」


 顔を上げると、そこには誰もいなかった。ただ埃が微かに舞う空き教室の光景が広がっていた。

 頭の後ろを触ると、そこには花のブローチが留めてあった。

 海月が誰なのか、死神は知らない。きっと何時の日かの満月の下で会ったんだろう。

 今まで死神は消えた人達が存在していたことを示すものを形見と呼んでいた。だが、このブローチだけは別の呼び方をすることにした。


「『愛』をありがとう、海月」


 自然と溢れてきた涙はただただ流れてくだけで、悲しさなんてカケラも感じない。死神の心に積もっていた絶望と後悔と贖罪しょくざいが少しだけ軽くなって、それによって生まれた隙間には『愛』が積まった。


「卒業おめでとう、海月」

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死神少女の生者殺しHer point of view by死神 スモアmore @ooonotkm

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