渡り鳥

サクラクロニクル

渡り鳥

 月を眺めていると、紙束が風に乗って飛んできた。それは鳥のように窓辺に降り立った。取り上げてみる。表紙と思わしき紙には、タイトルと作者名、加えて、赤いサインペンで『落選』と書かれている。綺麗な字だった。これも何かの縁か。私はそれを回収すると、なんとなしに一枚めくった。落選作だからきっと大したことはない。そんな風に思うと同時に、あんなに美しい『落選』の字を書く人がいる。そのことばかり気にした。気がつくと全部読んでいた。なんとなく、感動的なラストだった。でも、どんな話だったかよく思い出せない。最後のページの裏面に『火葬予定』と、またしても美しい文字が整列していた。それで分かった。この子は燃やされるところだったのだ。それで、こんなところまで羽ばたいて逃げてきた。

「怖かったね」

 そう言って、その作品をデスクにしまった。

 

 九月に入って学校が始まり、誰かが小説を書いている話を耳にした。私は耳をそばだてる。そうすると、同年代の女子たちの声が聞こえてくる。あの時の紙、どこに行ったんだろうね。本当だよ、紙ごみとしてちゃんと燃やされてるといいんだけど。もしかしたら誰かに拾われてかくまわれているかもしれないよ。そんなバカな、落選作なんだからゴミとして処理されているよ、人間ってそういうものだと思うけどな。そうだね。とにかく、どこかで見かけたら、確実に燃やしてしまわないと、約束したし、もしどこかで生きていると思うと。別に絶対に燃やさなきゃいけないわけじゃないよ。いいや、気持ちの問題、確かに大事な作品だけど、けじめをつけないとわたしが前に進めない。

「あの」と私は思い切ってその子たちに話しかけた。「その紙、もしかしたらうちに飛んできたやつかもしれません。燃えるゴミの日に捨てちゃいました」

「そっか」と、ぼさぼさ髪の子は伏し目がちにこちらを覗いてきた。「もしかして、読んだり、した?」

「ごめんなさい。読まずに捨てちゃった。落選とか、火葬予定って書いてあったから。滞りなくやらなくちゃって思って」

「ううん。ありがとう。なんだ。すっきりしたよ。いつまでも生霊みたいにどこかにあると思ったら、なんとなく後ろ髪を引かれてしまうからさ」

 彼女たちはテンポ正しくお辞儀をしてから去っていった。


「やっぱり、逃げてきたんだね。あの子がプロ作家になったら、ちょっとしたお宝になるかもしれないよ。そしたらどうする、キミ」

 その子はいまでも私のデスクの中にいる。誰にも話すつもりはない。あの女子が何者になっても。何者にもなれなくても。ずっとここにいさせるつもりだ。それに、この子に命があるのなら、またいつか私の手元から羽ばたいていくことだろう。その時は笑って見送ってあげよう、と、私は『落選』の文字を撫でた。

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