第15/15話 エンディング
熨斗塚町に入ってから、二十分ほどが経過した。
炙平町を出て以来、火口や溶岩の類いには、まったく出くわしていなかった。それでも、燐華は、緊張を少しも緩めることなく、エクスプロを走らせ続けていた。
それから、さらに、十分ほどが経過したところで、道路の右手に、恢藤公園が見えてきた。その手前の道路上には、談正市と淡本市との境を示している、カラーコーンおよびコーンバーで構成された、バリケードが設置されていた。
しかし、それの中央あたりの部分は、途切れていた。ちょうど、車が一台、抜けられるくらいの幅だ。自衛隊の部隊が、燐華たちが通りやすいよう、取り除いてくれたに違いなかった。
しばらくして、エクスプロは、バリケードを抜けた。そして、数十秒後には、公園の駐車場に進入していた。
すぐに、自衛隊の部隊が集結しているのが見えた。装輪装甲車だの自走砲だのが、辺りに停まっている。近くにあるグラウンドには、戦闘ヘリまで、待機していた。
隊員たちは、いつでも出動できるようにするためか、駐車場の入り口付近に立っている三人を除いて、みな、それぞれの車に乗っていた。燐華は、三人のうちの一人に、見覚えがあった。淡本駐屯地に勤めている、炉木准陸尉だ。残る二人は、おそらく、彼の部下だろう。
燐華は、炉木たちの前にエクスプロを停めた。彼らは、だだだ、と、燐華たちの車に駆け寄ってきた。
「爛崎さん!」炉木は、助手席側のドアのウインドウ前に移動すると、燠姫に話しかけた。「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」燠姫は、こくり、と頷いた。「わたしも、燐華──燭田も、いっさい、負傷していません」
「そうですか……よかったです」口だけではないようで、炉木は、ほっ、としたような表情を見せた。
「では、さっそくですが、例の物を渡しますね。燮永会の基地から盗み出したデータの入ったメモリと、ノヴァニトロの入った容器」
燠姫は、そう言うと、助手席側のドアを、がちゃり、と開けた。まず、スカートのポケットの中から、メモリを出して、炉木に預ける。次に、降車して、ノヴァニトロの容器を、駐車場に置いた。
「ありがとうございます」
炉木は、そう言うと、装輪装甲車のうち一台へと駆けていった。部下の隊員たちも、ノヴァニトロの入った容器を、二人で持つと、同じ所へ向かった。
その後、炉木たちは、その車に乗っている隊員たちに、メモリとノヴァニトロの容器を預けた。それが終わると、炉木だけが、再度、エクスプロに駆け寄ってきた。
「では、今から、駐屯地に向かいます。あの」自走砲のうち一台を指して、六桁の番号を言った。「というナンバープレートの車に、ついてきてください。爛崎さんの車を取り囲むようにして、護衛しますので」
燠姫は、「わかりました」と返事をした。
「では、さっそく、行きましょう」
そう言うと、炉木は、装輪装甲車のうち一台に向かっていった。
九月十一日、日曜日。
燠姫が、「今、何時?」と訊いてきたので、燐華は、スマートフォンを使い、即座に時刻を確認した。燐華の格好は、いつもどおりで、銀髪をツインテールに纏め、メイド服を着ていた。
「午後七時五十分です」
「愁森花火大会が始まるまで、あと十分ね……」燠姫は、どことなく、そわそわしていた。「楽しみだわ」彼女の格好は、いつもどおりで、後ろ髪をポニーテールに纏め、横髪をストレートに垂らし、ワンピースを着ていた。
「そうですね」燐華は、にこっ、と笑った。
二人は、塋傑御殿の庭にいた。折り畳み式の、シンプルな見た目をした椅子を置き、それに腰かけている。
燠姫は、毎年、愁森花火大会を見物するのは、この地点から、と決めていた。この日だけは、鶯磐庭園も、営業時間を延長しており、客は、園内から、花火を見物できるようになっている。
どことなく気まずい沈黙が発生した。燐華は、話題を探して、「そう言えば」と言った。「今日の夕方、テレビのニュースで見たのですが……今朝、ついに、那覇市に潜伏していた、燮永会の最後の部隊が、警察により、拘束されたらしいです」
「あ、それ、わたしも見たわ」燠姫は、ふふふ、と笑った。「これにて、燮永会は、消滅ね」
「ですね。もう、燮永会の会員は、この日本の、どこにもいません。みな、警察に拘束されるか、あるいは、その前に自殺するかしてしまいました。毒を飲むなり、爆弾を炸裂させるなりして。煤山炊男も、そのうちの一人ですし……」
「もしかしたら、やつらから、逆怨みされて、襲われるんじゃないかしら、って、今まで不安に思ってたけど……今夜から、枕を高くして寝られるわ」
「さすがに、今日、すぐではありませんが、民間の会社による警備も、もう、解除してよさそうですね。これも、すべて、お嬢さまが燮永会の基地から盗み出したデータのおかげです」
燠姫は、微笑みを浮かべてから、「あなたのおかげでもあるのよ」と言った。「あなたが、あの日──わたしが基地に侵入した日、見事に、追っ手から逃げきってくれたおかげで、データとかノヴァニトロとかを、無事に、自衛隊だの警察だのに渡すことができたんだから」
「い、いえ」燐華は慌てたように首を左右に振った。「わたしの貢献なんて、微々たる物です」
「謙遜しないでちょうだいよ。……そうだ、少し前に、畑ヶ原さんから、連絡があったわ。バサルト・メソッドが、やっと完成したから、ぜひ、説明を聴きにきてくれませんか、って。もちろん、行くつもりだから、スケジュールに組み込んでおいてちょうだい。詳しいことは、花火大会が終わってから話すわ」
「承知しました。……バサルト・メソッド、ですか。たしか、燮永会が開発したガブロ・メソッドの、改良版でしたね」
「ええ。ガブロ・メソッドは、あくまで、地下に溜まっているマグマを、人為的に噴出させる技術だけれど……バサルト・メソッドを利用すれば、それだけでなく、噴出しようとするのを抑えたり、あるいは、じゅうぶん制御できる程度に、穏やかに噴出させたりすることができるの。
他にも、いろいろ、バサルト・メソッドのおかげで、やれることがあるんだけれど……専門的なことを言っても、わからないわよね。まあ、日本だけでなく、世界じゅうの火山活動について、上手く制御することが、ひいては、災害をかなり減らすことができる、とだけ、言っておくわ」
「それは、よかったです」燐華は、にこっ、と微笑んだ。
「……それにしても、もう、九月で、しかも、夜だというのに、まだ、暑いわねえ。喉も、ちょっと渇いちゃったし……燐華、ラヴァブロック、買ってきてちょうだい。あ、購入するのは、自販機で、じゃなくて、犖秀屋で、で、お願いね。自販機の商品には、キャンペーンシール、付いていないから……」
「承知しました」
燐華は、そう返事をすると、塋傑御殿を出た。しばらくして、犖秀屋に着いたので、入店する。各種のアイスクリームが収められているワゴンに向かって、歩きだした。
目当ての場所に到達したところで、ふと、休憩スペースが目に入った。そこでは、購入した飲食物を口にできるようになっていて、部屋の隅には、テレビが置かれていた。それのディスプレイには、バラエティ番組が映し出されていた。本日の昼に撮影されたという、営鞍県民にインタビューする映像が流されている。
思わず、画面を、じっ、と見つめた。リポーターから質問を受けている人物の後ろ、数メートル離れた所に、女性が映り込んでいた。おそらくは十代で、整った顔立ちをしている。バス停のベンチに座っていた。
燐華は、その女性の顔に、見覚えがあった。記憶を探り、どこで目にしたのか、思い出そうとする。なんとなく、この件について放置することが憚られるような気持ちを抱いていた。
「あっ!」
どこで見かけた顔なのか、を思い出し、燐華は、思わず、そんな声を上げた。テレビに映っている、その女性を、あらためて、じいーっ、と凝視する。間違いない。煤山炊男が所有していたスマートフォンの待ち受け画面に設定されていた画像に写っていた、彼の娘らしき人物と、瓜二つだった。
「どうして、煤山炊男の娘が、営鞍県に……? いったい、何の用でしょうか? ……まさか……」
煤山娘の用とは、燠姫に対して、危害を加えることではないだろうか。
煤山娘の父親である、煤山炊男は、自殺した。その原因を作ったのは、燠姫だ。彼女が、燮永会からデータを盗み出したために、組織は消滅に追い込まれ、結果として、炊男が爆死したのだ。
「煤山娘は、お嬢さまを逆怨みしているのではないでしょうか? それで、復讐のために、営鞍県にやってきたのでは……」
そんなことを、ぶつぶつ、と呟いている間に、テレビの映像は切り替わり、別の人物にインタビューしている場面へと移った。
「……いや、考えすぎでしょうか?」
煤山娘は、燮永会の会員である煤山炊男・灯子の子供だ。そんな人物、警察が、目をつけていないわけがない。
しかし、煤山娘は、さきほどの映像では、ただの一般人であるかのように、ベンチに腰かけていた。ということは、警察が、煤山娘を野放しにしている、ということであり、ひいては、現在、彼女は危険人物ではない、ということではないだろうか。
「しかし……これは、楽観的な考えな気もします……」
こう言ってはなんだが、警察も、絶対に失敗しないわけではない。人間である以上、何らかのミスを犯す。もしかして、煤山娘が、燠姫に対する復讐の意思を抱いているにもかかわらず、それに気づいていないのではないだろうか。もしくは、煤山娘の居場所そのものを、見失ってしまっているのではないだろうか。
あるいは、この件には、煩林家が関わっているのかもしれない。警察は、煤山娘が燠姫に危害を加えようとしている、ということには、すでに気づいているが、具体的な行動を起こすことができていないのかもしれない。そのような事態を歓迎する、煩林家からの圧力によって。
「とにかく、このことを、お嬢さまに報告しませんと……!」
燐華は、そう呟くと、くるり、と体を半回転させた。犖秀屋から、出ようとする。
直後、どーん、という音がした。
〈了〉
カーチェイス・ボルケーノ 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t
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