第14/15話 イベント:アーバンファイア3
やがて、エクスプロは、三階の窓をくぐり抜けた。建物の中に突入する。
そこは、何らかのオフィスとなっていた。チェアだの、デスクだの、パソコンだのが、燃え盛っている。壁にも天井にも、火が及んでいた。
エクスプロは、床に、どしいん、という音を立てて、着地した。そのまま、フロアの中を、走り始める。
数秒後、どしん、どしん、どがしゃあん、という音が、背後から聞こえてきた。燐華は、バックミラーに視線を遣った。
燮永会のセダンが、二台、エクスプロを追いかけて、フロアを走ってきていた。残りの一台は、飛び移るのに失敗して、ビルの外壁に衝突したようで、窓の外を落ちていくのが見えた。
燐華は、フロントウインドウに視線を戻した。デスクやチェアなどを撥ね飛ばしながら、進んでいく。
しばらく走ると、左斜め前あたりの天井が、崩落しかかっていることに気づいた。その箇所は、逆さまになった角錐のように膨らんでいて、頂点には割れ目が出来ていた。そこからは、何かしらのパイプだのケーブルだのが、はみ出ている。
「よし……あれを使うわ!」
燠姫は、そう言うと、助手席側のドアに対して、何らかの操作を行った。数秒後、それのウインドウのガラスが、ういいいん、という音を立てながら、開き始めた。
彼女は、さっ、と、スカートのポケットに右手を突っ込んだ。間髪入れずに、ばっ、と、何かを取り出す。
それは、スタンガンだった。燠姫が、燮永会の基地に忍び込んだ時に、携帯していた物だ。
彼女は、助手席側のドアのウインドウから、身を乗り出した。そして、「でりゃ!」と叫ぶと、スタンガンを、前方、斜め上へと投げた。
それは、宙を飛んでいった後、天井の、膨らんでいる部分に当たり、どか、という音を立てた。衝撃により、その部分は、がらがらがら、という音を辺りに響かせながら、崩落した。パイプやケーブルといった、各種の資材が、床の上に積み重なって、小さな山のようになった。
燐華たちは、その山の右横を通り過ぎた。しかし、燮永会のセダンのうち、エクスプロの左斜め後ろあたりにいる一台が、それに突っ込んだ。ぐしゃあっ、という音と、ばあん、という音が、轟いた。
何らかの資材が突き刺さったらしく、車の右フロントタイヤが、パンクしたのだ。運転席にいる、中年女性の兵士は、大した怪我を負っていないようだが、あれでは、もう、それ以上の追跡は不可能だろう。
「残り、一台です……!」
燐華は、視線をフロントウインドウに戻した。三階のフロアの端まで、あと、二十メートルほどだった。突き当たりの壁は、もともと、ガラス張りとなっていたらしい。今は、それは、ほとんどが割れ落ちていて、ただの穴と化していた。
次の瞬間、どこからか、ごきごきごき、ばきばきばき、めきめきめき、というような音が聞こえて始めた。そのボリュームは、どんどん、大きくなっていった。
それに比例して、ビルの傾斜角も増大していった。床の勾配は、五度を超え、十度を超え、二十度を超えた。
「不味い……! 倒れます……!」
燐華は、アクセルペダルを踏み込んで、エクスプロをさらに加速させた。その間も、床の勾配は、どんどん、きつくなっていった。
数秒後、ビルは、どおおおお、という音を轟かせて、横倒しになった。床は、もはや、垂直と化していた。
それとほぼ同時に、エクスプロは、三階のフロアの端から、ばひゅっ、と宙へ飛び出した。
「……!」
エクスプロが、進行方向を軸として、反時計回りに回り始めた。その角度は、百八十度となり、二百二十度となり、二百七十度となった。まるで、戦闘機の、バレルロールのようだった。
「このまま一回転してくれれば、上手く道路に着地できます……!」
いつの間にやら、溶岩流は飛び越えていた。やがて、エクスプロの回転角は、三百六十度に達した。しかし、当然ながら、そこで止まってくれるわけもなく、三百七十度、三百八十度と、さらに増大していった。
「く……!」
数秒後、どしいん、という音を立てて、エクスプロが、まっすぐに伸びている道路の中央あたりに、着地した。その頃には、回転角は、四百度を上回っていた。アスファルトに接しているのは、左タイヤだけで、右タイヤは、宙に浮いていた。
「むう……!」
燐華は、すぐさま、片輪走行を終わらせるために、右タイヤを落下させようとした。しかし、まだ、バレルロールの勢いが残っていたらしく、エクスプロは、どんどん、左へ傾いていった。
「このままでは、横転していまいます……!」
「任せなさい!」
そんな、燠姫の声が聞こえた。そちらに、視線を遣る。
彼女は、助手席のシートの上で、体勢を変えていた。頭を、運転席のほうに、足を、ウインドウのほうに、向けている。両膝を、ぐっ、と曲げていた。
「たあっ!」
燠姫は、そう叫ぶと、両脚を、ぐんっ、と一気に伸ばした。迫ってきているアスファルトを、どかっ、と蹴りつける。
エクスプロが、一気に、右へと傾き始めた。そのまま、右タイヤが落ち、どどしっ、という音を立てて、着地した。
「きゃ……!」
燠姫は、そんな声を上げた。エクスプロが右に傾いた時の勢いで、彼女は、ひっくり返っていた。前転を途中で止められたかのような体勢になっている。
「大丈夫ですか、お嬢さま?!」
「んしょ、んしょ……」
燠姫は、体勢を立て直し始めた。やがて、なんとか、助手席のシートに腰を据えると、「ふう……」と、短い安堵の息を吐いた。
「大丈夫よ、アスファルトを蹴りつけたのも、一瞬だけだったし。怪我は、負っていないわ」
「よかったです……」燐華も、ほう、と短い安堵の溜め息を吐いた。
その後、彼女は、バックミラーに視線を遣った。溶岩流の端から数メートル離れた所には、燮永会のセダンがいた。
しかし、その車は、もはや、エクスプロを追いかけてはきていなかった。ひっくり返って、真っ逆さまになっていたからだ。
中から、兵士が出てくることもなかった。おそらく、着地に失敗した時の衝撃で、気を失ってしまっているのだろう。
「これで、追っ手は全滅ね……」燠姫は、ふう、と安堵の息を吐いた。「もう、行く手にも、溶岩は、見当たらないわ。やっと、一息、吐くことができる……」
その後、しばらくすると、エクスプロは、炙平町を抜け、熨斗塚町に入った。
「後は、恢藤公園に向かうだけですね」
燐華は、そう言うと、サイドブレーキをかけながら、ハンドルを大きく回して、十字路を、ドリフトしつつ右折した。
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