第13/15話 イベント:アーバンファイア2
しかし、安堵してはいられなかった。右方から、セダンが、どんどん迫ってきていたからだ。再び、エクスプロに体当たりを食らわせ、今度こそ溶岩に突っ込ませるつもりに違いなかった。
「なら……!」
燐華は、ブレーキペダルを底まで踏み込んだ。車のスピードを、一気に落とす。体が、慣性の法則に従って、前へと吹っ飛びそうになり、シートベルトによって押さえつけられた。
一秒後、セダンは、エクスプロの数メートル前方に現れた。慌てたように、進行方向を、まっすぐに修正しようとしている。
燐華は、ブレーキペダルから足を離すと、アクセルペダルを、ぐん、と限界まで踏み込んだ。「食らいやがれ、です!」と叫んで、相手の車のリアバンパーに、ごつん、と衝突する。
セダンは、彼女から見て左へ、ふらり、と大きくよろめいた。そして、一秒後には、溶岩に突っ込み、ばちゃあん、という音を立てた。
その後、エクスプロは、セダンの右横を通り過ぎた。バックミラーに、視線を遣る。その車は、ボディを構成している金属が溶解し始めているのか、じょじょに、溶岩に没していっていた。
数秒後、セダンは、どかあん、という音を立てて、爆発した。溶岩が、ガソリンタンクに達したに違いなかった。
燐華は、フロントウインドウに視線を戻した。直後、「あ……」という声を上げた。道路が、数百メートル先で、行き止まりになっていたのだ。
正確には、現在、車道の左隣を流れている溶岩が、その地点で、ほぼ直角に右へと折れており、道路を横断していた。溶岩流の幅は、数メートルはある。
右側にある歩道の、さらに右側には、塀が立っているせいで、そちらへ行くことはできない。また、逃げ込めそうな脇道も、見つからなかった。後ろからは、燮永会のセダンたちが追いかけてきているため、来た道を引き返すわけにもいかない。
「くう……」燐華は、打開策を求めて、きょろきょろ、と辺りに視線を遣った。
そこで、車道の右端の路肩に停められている10tトラックが、溶岩に飲み込まれていることに気づいた。それは、いわゆる平ボディで、荷台の後端は、溶岩の手前の端から、数十センチしか離れていなかった。
荷台には、巨大な土管が一本、積まれていた。断面は、円形をしており、直径は、三メートル弱、長さは、十三メートルほど。キャビンの屋根に立てかけるようにして、斜め向きで積まれていた。
荷台の後半部分は、溶岩に侵されているためか、また、重たい土管を積んでいるためか、潰れて、低くなっていた。それにより、土管の後端は、溶岩の手前の端を越えており、路面に接していた。荷台の前半部分、および、キャビンは、荷台の後半部分と比べると、大して潰れておらず、ほとんど本来の高さを維持していた。
「よし、あれで……!」
燐華は、ぐるぐる、とハンドルを右に回した。路肩を、トラックめがけて、走り始める。しばらくして、目的地に到着した。
彼女は、そのまま、エクスプロを、土管に入らせた。そして、数秒後には、それの先端から、ばひゅっ、と宙に飛び出していた。
溶岩の上空を、突き進んでいく。車は、しばらく上昇した後、放物線の頂点に達してから、下降し始めた。
やがて、エクスプロは、どしん、という音を立てて、溶岩の向こう側の道路に、着地した。
「やりました……!」
そう呟きながら、燐華は、バックミラーに視線を遣った。燮永会のセダンたちは、さすがに、度胸がないのか、彼女と同じようにして、車をジャンプさせ、溶岩を飛び越えてはこなかった。
「このまま、逃げきってやりますよ……!」そう言って、燐華は、フロントウインドウに視線を戻した。
それからも、彼女は、エクスプロを走らせ続けた。いつの間にやら、溶岩は、道路の左右、歩道から数十メートル離れたあたりを、流れていた。
その後、北に向かってまっすぐ走っていると、行き止まりに出くわした。溶岩が、西から東へ流れており、数十メートル先の道路を横断しているのだ。それの幅は十数メートルもあり、近くには、ジャンプ台として使えそうな物もなかった。
「ぐう……」
燐華は、脇道を探して、ばっ、ばっ、と左右に視線を遣った。目当ての物は、いくつか、見つけることができた。しかし、いずれも、行く手が、南から北へ流れている溶岩に飲み込まれていた。
だが、そんな中、彼女は、向こう側の道路に移動する方法を思いついた。「よし……あのルートを使えば……!」と呟いて、アクセルペダルを、ぐん、と踏み込み、車を加速させた。
やがて、行き止まりに流れている溶岩の、数メートル手前にある十字路で、エクスプロを、ドリフトさせながら左折させた。そのまま、その溶岩流に対して平行に、西に向かって進んでいく。
道路の十数メートル先には、陸橋が設けられており、それの下には、南から北へ、線路が通っていた。それの行く手は、道路と同じで、西から東に流れている溶岩に飲み込まれている。
線路には、列車が停まっていた。いわゆる貨物列車のようで、コンテナ車が連なっている。
コンテナ車の列は、そのまま、溶岩に突入しており、それを越えた先にある、線路の、溶岩に飲み込まれていないエリアに続いていた。溶岩は、コンテナ車の底と地面の間を通り抜けているようで、それぞれの車両は、傾斜しても横転してもいなかった。また、車両は、全体が、融点の高い金属で出来ているようで、溶解してもいなかった。
やがて、エクスプロは、陸橋に進入した。それの真ん中あたり、道路の右端では、数メートルにわたって、何かしらの工事が行われていた。車道と歩道の境界、および、歩道の外側の端には、金属製の柵が設けられていたが、工事現場の部分においては、取り外されていた。
「あそこから……!」
そう呟くと、燐華は、工事現場の左横を走り始めた直後に、サイドブレーキをかけながら、ハンドルを、ぐるん、と大きく右に切った。エクスプロを、時計回りに、スピンさせ始める。
やがて、車は、道路に対して直交する方向を向いた状態で、停まった。彼女は、すかさず、アクセルペダルを踏み込んだ。金属製のバリケードを、がしゃあん、と撥ね飛ばして、進入する。
燐華は、そのまま、エクスプロを、陸橋の右端のうち、柵が設けられていない部分から、ばひゅっ、と飛び出させた。
車の真下には、貨物列車が位置していた。それのコンテナ車の上面に、どしん、と着地する。そのまま、車両の上を、走り始めた。
さいわいにも、鉄道架線に引っかかることはなかった。線路の、溶岩に飲み込まれているエリアに立っている電柱は、根元が溶解しているらしく、前後左右に傾いている。そのため、架線は、今や、コンテナ車の上面より低い位置を通っていたり、コンテナ車の上面に接していたり、引っ張られることに耐えられず千切れていたりしていた。
しばらくして、エクスプロは、溶岩を通り越した。燐華は、ハンドルを軽く左に回すと、コンテナ車の上面から飛び降りた。線路に、ずしゃ、と着地する。その後は、それの中を、走りだした。
そして、数十秒が経過したところで、踏切を見つけた。左折して、道路に戻る。
直後、燐華は、エクスプロを急停止させた。数百メートル前方から、燮永会のセダンたちが走ってきているのが見えたからだ。
彼女らが溶岩を飛び越えた地点から、どうにかして、ここまでやってきたのだろう。ただ、まったくの無損害、というわけにはいかなかったようで、今や、車は、三台しかいなかった。
「しぶといですね……!」
そう呟きながら、燐華は、エクスプロをUターンさせた。踏切を越え、燮永会のセダンたちから、逃げ始める。
その後も走っていると、またしても、行き止まりに出くわした。溶岩が、数百メートル先で、彼女から見て右から左に、流れているのだ。幅は、とても広く、これでは、たとえ、ジャンプしたところで、越えられないに違いない。
「う……」
燐華は、辺りに、きょろきょろ、と目を遣った。溶岩は、六階建てのオフィスビルを飲み込んでいた。それは、現在進行形で炎上していた。各種の建材が溶解しているらしく、彼女から見て左へ、やや傾いている。このまま倒れたならば、その建物、全体が、溶岩を浴びることになるだろう。
燐華は、ビルの手前で、視線を止めた。そこには、高架道路があった。
入り口は、数十メートル先に位置している。そこから、溶岩に向かって、道路が伸びていた。
どうやら、道路は、ビルの手前で、左へと、きつくカーブしていたらしい。今では、その、カーブ部分の土台が、溶岩に飲み込まれ、溶解したらしく、横倒しになっていた。道路は、それの手前で途切れている。その箇所より前の道路の土台は、溶岩に埋もれてはいなかった。
「あれです……!」
燐華は、そう呟くと、アクセルペダルを踏み込んで、エクスプロを加速させた。そのまま、数秒後には、高架道路に進入した。
どんどん、道路の、途切れている箇所が、迫ってくる。しかし、彼女は、スピードを落としはしなかった。むしろ、アクセルペダルを踏み込みっぱなしにして、トップスピードを維持した。
数秒後、エクスプロは、道路の、途切れている箇所の端から、ばひゅっ、と宙へ飛び出した。
ビルの外壁が、どんどん迫ってくる。各フロアの窓は、ガラスがほとんど割れていて、ぽっかりと開いた穴のようになっていた。
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