♡世の中モギッてモギッてなめ倒し♡

x頭金x

第1話

 衛藤みなみが鉄道会社に就職したのは今から2年前である。大分県で生まれ育ったみなみは大学を東京で過ごし、就職で地元の大分に帰ってきた。別段郷土愛が強い訳ではない。実家から帰ってこいと言われた訳でもない。引き篭もりの弟と、大病している祖母と、躾のされていない犬と、ハメを外し過ぎた九官鳥と、顔色の悪いポルシェと、緑がかった青空と、国分太一の今後が気になったからみなみは大分に帰り、鉄道会社に就職したのだ。


 大分には未だに切符にハサミを入れるモギリの仕事がある。東京でスマホでピッからあまりにも遠く離れたその所業は、帰省の度にみなみの心にもハサミを入れた。ジョキン、ジョキン。モギリのおじちゃんはいつも怠そうにハサミを入れる。こちらの顔を見ようともしない。毎日毎日毎日毎日、切符にハサミを入れ続ける日々、そんな日々も良いなと思い鉄道会社に就職したのだ。


 みなみは就職後、営業に回された。私はモギリをしたいのです、何も考えず、ただただ切符にハサミを入れたいのです、と言うとぶん殴られた。


「モギリなめんな!!」


「なめるのはアソコだけにしとけ!!」


「はい!わかりました!」


 私はなめた。なめてなめてなめ倒した。だから私は出世した。社長になった。


 そして念願のモギリになったのは70歳を過ぎた頃だった。その頃には大分も全駅スマホでピッはおろか、生体認証で素通りで改札を通る事も可能になっていた。切符を買うものなんて誰もいない。だから私に切符を渡すものもいない。鏡を見る。就職したての頃、毎晩見舞いに行った祖母の顔がそこにあった。


 なめ倒すことに必死だった私は結婚もせず、ひたすらなめ続けた。だからこそ今の地位がある。パートナーも子供もいないけれど、夢が叶った今は幸せで満ち足りている。日々何も考えずにここに立ち、誰とも目を合わせることなく、誰からも必要とされないこの時間の、何と幸福なことか。


「モギってよ」

 

 顔を上げるとそこには国分太一にそっくりな弟が、躾のされていない犬の躾のされていない孫犬を抱えて立っていた。ポルシェは相変わらず顔色が悪かったし、青空は緑がかっていた。九官鳥は今も元気にハメを外し過ぎている。


「モギってよ!モギってよ!」

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