あたたかいものは半分こ

作楽シン

あたたかいものは半分こ


 下校中、俺は田んぼ横の道で、思わず足を止めた。

 道端に小さな赤い鳥居があって、子供の背丈くらいの祠があって、その足元に狐の石像が座っている。

 毎日通る道、毎日見る光景なんたが。


 なんとなく、幼なじみの姿を思い出した。なぜかいつもいつも狸の置物の前で手をあわせて拝んでる変わり者。

 一体何をそんなに願かけしてるのか知らないが。

 俺はなんとなくしゃがみこんで、小さな狐の像を見つめた。

 赤い前掛けをしていて、口の端がつりあがって、耳がピンと立っている。鋭い目が俺を睨んでいた。

 俺は狐を睨み返して、考える。

 あいつはいつも何をそんなに願かけしてるんだろう?

 果たして、小料理屋の信楽焼の狸にご利益あるんだろうか? 神社の狐ならともかく。


「何やってるの?」

 びっくりしたような声が聞こえて、俺はあせってひっくり返りかけた。慌てて立ち上がって、声の主を見る。

 マフラーをグルグルに巻いた幼なじみが立っていた。サラサラの髪の毛がマフラーからこぼれている。

「なんでもねーよ」

「道端でしゃがみこんでる高校生、めちゃくちゃ怪しいんだけど」

「うるせーな。……願かけだよ」

 とっさに、リサの真似で「願かけ」と言ってしまった。

 え、とリサは一瞬つまった。それから、ふーん、と狐をのぞきこんだ。

「タカシでも願かけとかするんだ」

 別に、しないけど。何をお願いしたか、ちょっとは気にすればいい。

 リサは俺の横にしゃがみこむ。

「願かけならお供えしなきゃダメじゃない?」

「リサがうちの狸にお供えしてるの見たことねーけど」

「そのぶんお店に払ってるもん」

 そうだっけ?

 考えてる間に、リサはトートバッグから、丸いものを取り出した。


「きつねさんきつねさん」

 赤い前かけの小さな狐の像の前に、カップ麺の『赤いきつね』を置いて、両手をあわせてなむなむ言っている。

「あっちゃんあっちゃんお願いします」

 あまりにも用意が良すぎる。コイツここでもいつも願かけしてるのか?

 狐のお供えに、しみしみお揚げのカップ麺をもってくるあたり、律儀なんだか、お手軽なんだか。


「あちこちで願かけしすぎじゃね?」

「いいじゃん。ちゃんとお供えしてるもん」

 赤いきつねのカップ麺を指さした。

 ――何の願かけしたんだよ。

 聞きたいことが喉まできてるけど、出てこない。

 かわりに、どうでもいいことを聞いた。


「なんであっちゃんなんだよ」

「赤い前掛けしてるから」

 そんなことだろうと思った。『えにし』と書かれた腹当てしてるうちの狸の名前は『えっちゃん』だし。

「狐ってみんな赤い前かけしてないか」

「そうだけど。前かけかわいいよね。今度新しい前かけ作ってあげようかな」

 リサは『赤いきつね』のカップ麺を持ってぴょこんと立ち上がる。

「それどうするんだよ」

「お供え物はちゃんと持ち帰って、ありがたく食べなきゃ」

 偉そうに胸を張ってリサは言う。


 黒髪のストレートが揺れた。リサの動きにあわせて、肩に背中にサラサラ流れる髪の毛がいつも不思議で、触ってみたくなる。

 ウズウズと見ている俺を、リサはにこにこと見上げてくる。中学まではリサのほうが背が高かったのに、やっと俺が追い越した。


「ねえ、タカシ。お腹すかない?」

 なんだよ、と俺は目をそらす。

「お前いつも腹減ってんな」

「若さです」

 リサはすねた顔で言った。こじらせるとめんどくさいので、俺はリサの手のカップ麺を指さす。

「それくれんの?」

「なに図々しい。半分わけてあげようかって言ってるの」

 成長期の男子が、夕方に腹減ってないわけがないし。インスタントのカップ麺を半分ずつにして足りるわけもない。

 それでも、寒い中はんぶんこして食べるカップ麺の、暖かさを俺は知っている。


 しゃーないな、と俺はわざと毒づく。

「お湯くらいやるから、うちに寄ってけ」

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