第3話 (上)

言葉は人間の心に対する最も効能のある魔法の1つであることを私は知っている。

それ故に私は言葉で確証を得ることにより、今よりは安泰だった日々をまた過ごしたいと思いたつ。


まだ父の発言が私という確証が無いという事実。

そんな、か細い希望を勇気へと変換し自室の扉を開く。


そして鮮明な光と歓喜の渦巻くリビングへ歩を進める。

2人の声が鮮明に聞こえるにつれ、先の勇気が萎縮し始める。


それでも私には進む他、道は残されていなかった。

勇気が乏しく自衛する力を持たない私は、心を欺瞞で満ちさせる。


そして今度は父の目の前に震える足を抑えながら立ち、鋭い眼光で刺す。

湿気た小枝のような勇気と肥大化する恐怖とでは到底、釣り合わず私は喉を詰まらせた。


2人は私を見ると少し怪訝そうな顔をした。


「ちょっとこの人と大事な話をしているんだ。部屋に戻っててくれないか?」

と父が言う。

それもおよそ親という存在が子供へ向ける顔とは到底思えないものだった。


私は私の父であるこの男に少なからず苛立ちを覚えた。

それはやがて人間の返報性の原理に辿り着き、精神の萎縮していた私はそれを直接彼らにぶつけた。


「私を養子に出すってどういうことなの?」

キツい震え声で言った。

それが私の最初で最後の反発だった。


父は眉をひそめ静かに


「お前には関係なくなるんだ」


そう言った。

確かにそういったんだ。


私はリビングを飛び出し、すぐさま家を後にする。


そして近くの公園まで無我夢中で走り、ベンチに座って荒くれた息を整える。

空を見上げながらハアハアと息を吐く。

私の目映している光景とは思えないほど、大きな暗い世界を背景に星々が輝く。

段々と息も落ち着きアドレナリンが引きはじめると、改めて先の出来事を振り返ってみる。


父は言ったんだ。

「関係なくなる」って。


まだこの言葉の意味が「私」を養子に出すということと結びついた確証はない。

またそうやって自分を慰める。


でも今回ばかりは面と向かって言われたショックが大きいのか、いくらポジティブなことを考えても、涙がそれらを見えなくさせる。


気づけば私は感情が溢れ出ていた。

私の下の地面だけが、雨に打たれていた。

もう建前などという建築物は崩壊して、ただ泣きじゃくったありのままの私がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泡沫 相田田相 @najiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ