「掲示板形式」と「オンラインゲームの仕立て屋」が噛み合った奇跡の怪作

「オンラインゲームのチャットルーム」は群像劇に最適のフォーマットなんだって、ご存知でした?

掲示板のコメント形式というフォーマットはWeb小説でのみよく見かけられる特異なものですが、ネット世代の読者層にとっては見慣れた形態。そして、大量のキャラクターが「一堂に会して」喋り続けることができるので、多方向の人間関係を描写しながら同時にキャラを立たせることができます。
多くのWeb小説では掲示板シーンを単なる「世論を示すおまけシーン」、「モブの会話」、果ては「モノトーンで主人公を褒めるだけ」のために使っています。しかし本作の場合、チャットルームの会話が作品の半分近くを占め、しかもそれが主人公を除く主要キャラクターたちの紹介の場であり、ゲームの情報提示の場であり、そしてキャラクター同士の関係性を見せる場になっています。何十人といる主要キャラクターたちがそれぞれの個性を発揮して、活き活きと罵り合い、情報交換し、陰謀を紡ぎ上げ、そしてそれぞれのサイドストーリーを進めていきます。
この構成が、「仕立て屋」というテーマとガッチリと噛み合っています。主人公のビビアは服飾職人。単に「強い装備を作るだけ」ではありません。掲示板でキャラを立たせたたくさんのキャラクターたち、さらにはNPCたちのために、それぞれの個性やニーズ、何より外見的特徴に合わせた衣装を仕立てていきます。デザインや手作業に何時間もかけて丁寧に作られた衣装には魂が宿り、キャラクターの個性を際立たせるような「スキル」が付きます。たとえばある人物は、本当はアイドルになりたかった。そんな彼女のためにデザインされた衣装の数々には、アイドルに似合った「スキル」が付きました。ゲーム的な描写にかこつけて、キャラクターの特徴を捉えた贈り物として機能しているのです。これを物語の中心に据えたのが本作。たくさんの個性豊かなキャラクターを出したからこそ、それぞれのキャラクターに服を仕立てていくということが物語として十分に面白くなる。勇者でも戦士でも魔法使いでも貴族でもなく、「仕立て屋」だからこそできるストーリー。

といっても、本作は基本的にギャグです。
面白い漫才やコメディというものははしばしば濃密な情報を叩きつけてきますが、本作も同様。チャットルームのシーンを非常に効率的に使って、過密なくらいに圧縮して情報を届けています。主人公はチャットルームに参加せず、マイペースに自分のやりたいことをやりながら衣装(国宝級のアイテム)を仕立てていきます。その主人公の行動がゲーム世界に大渦を巻き起こすので、ベテランプレイヤーたちが右往左往します。チャットルーム上での混乱と、それを気にもとめない気づきもしない主人公の温度差とギャップ。これを楽しめます。

本作はその性質上、序盤から大量のキャラクターが一気に登場して大量の情報を叩きつけてきますので、戸惑ったり混乱したりすることもあるかもしれません。が、とりあえず笑いながら読み進めてみてください。キャラクターがわかるようになってから後から読み返せば、だいたい全部わかるようになります。まずはとにかく、ご一読ください。