「やあ、やっぱりお前は変身したキツネのこどもだったのだな」


「やあ、やっぱりお前は変身したキツネのこどもだったのだな」


おばあさんは愛好をくずしてキコを見つめていました。


「そんなところへいないでこちらへおいで、取って喰いやしないから」


さあ、と言っておばあさんは玄関に足を投げ出して板の間に座りました。


「ナナカマドはお前にあげるよ。こちらへ来てごらん」


おばあさんはキコを見て、ただ笑っています。キコが隣に座るのを待っているようでもあります。


キコはずきんの中の耳を垂らして、観念した気持ちでびくびくとおばあさんに従いました。


「うんうん、よしよし。いい子だ。このお山の子はみんなおらが家族じゃ」


おばあさんは隣に来たキコをうんとやさしく撫でて、黒い毛の小さな手にナナカマドを持たせました。


「わしはこの山を見守る山姥じゃ。このお山に住むみんなを見ておる。落し物もある、死すれば何もあちらへは持っていけん」


そう言っておばあさんは小さな黒い瞳を、あのイチョウ色の毛皮に向けました。


「あのキツネの毛皮はわしが吹雪の中で拾ったものじゃ。もうすでにかたく冷たくなっとった。わしはきれいな毛皮を彼の贈り物として受け取った」


キコにはその話がよく分かりませんでしたが、あたたかいお茶を胸に通したようにすとんと気持ちが楽になりました。


「お前さん急ぐのかい」

「あ、あの、……お母さんにたのまれて」

「そうかいそうかい、えらいの」


おばあさんは小屋の戸を自分で開けてキコを送り出しました。


「気をつけて帰るんだよ。そろそろ日が暮れる。フクロウも飛ぶ頃だ」


キコはまだどきどきとした胸で、一度おじぎをしました。


「ナナカマド、ありがとうございます」

「うんうん、しっかり冬を過ごすんだよ。春になったらまた顔を見せておくれ」

「はい、……きっと」


キコは来た道をちょうど戻るようにして、歩いていきました。


足元ではカサカサと音を立てて落ち葉がキコにくっついてきます。


しばらく往くと、ザワッと大きな冷たい風がキコに吹き付けました。それはあっという間におばあさんの家の方へ流れ去っていきました。

キコはその風を追うように後ろを振り返りました。けれども、もちろん風はもうにおいすらなくなって、そよそよと夕方の空気が漂っているだけでした。


それがなんとなく胸の内をちくちくと刺すのがキコにはいやでした。


走って走って、途中、ぽろぽろともらったナナカマドが道に落ちて転がっていきましたが、キコは振り返らずに駆けていきました。


息が切れて、キコがかごの中身を気にして立ち止まった頃、森は途切れて、お家への道が目の前に横たわっていました。


キコは熱い息をはあはあと繰り返します。


見慣れた森の入口ですが、なんだが今日の森はまるで夢の中のような心地がします。

でもきちんとキコの手の中にはかごがあって、かごの中にはお母さんのおつかいの木の実が入っていました。


キコはきらきら輝くかごを抱え直して、お家に帰ろうと黒い足でまた歩き始めました。


その時です。


「おう、キコ」


低くて大きな声がキコを森から呼び止めました。


そちらの方を向くと、鉛色をした鉄砲を抱えた猟師が二人連れで立っていました。


「親父、キコがびっくりしとる」

「ああ、人間じゃあないぞ。ホンモノじゃあないぞ」


キコが目を見張っている間に、ぽんとちいさな音を立てて二人の猟師には黄金のふさふさした尻尾が生えました。


「あ! お父さんとお兄!」

「おつかいに行っていたんだろ。一緒に帰ろう」


お兄さんがキコの手を取って歩き始めました。


「かごにいっぱいだな」

「うん」


キコは笑顔満面で頷きました。


「親父が心配で心配で、ずっと猟師の格好してキコについていたんだ」

「それを言うならお前もわしについてきたじゃあないか」


二人はわははと大きな声で笑い合っていました。キコはまったく気づかなかったな、と今日の道のりを思い出していました。


「キコはいいつけをよく守ってがんばったな」


お父さんにほめられて、キコはなおさら早く家に帰りたくなりました。お話したいことがいっぱいでした。


「お父さん、春はいつ来るの?」

「うん? 気が早いな」

「春になったらまたおいでって言われたの」

「誰に」

「山姥に」


お父さんはいったんきょとんとしましたが、ふふっと笑いました。


「そうだな、みんなで行こうか。また会えるといいな」

「うん」


三人の影が道に長く伸びていました。

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キコのおつかい 紅粉 藍 @lemondodo-s_island0510

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