扉にそうっと近寄ります。


扉にそうっと近寄ります。


まずかむりのずきんはきちんとかぶれているかな。

かごを落ち葉の上に置いて、手で触って確かめました。

大丈夫です。


次に声がちゃんと出るかな。

のどに手を当てて、発声練習しました。

大丈夫そうです。


それともうひとつ、手や足はきれいかな。

見たところ裏返してもきれいな小さなキコの手です。足も靴がきちんと履けています。

大丈夫そうです。


キコはコンコンコン、3つ扉を鳴らしました。


「はいはい」


奥からしわがれたおばあさんの声が聞こえて来ました。


「こんな森の深くに、どちらさまかな」


戸を開けて出て来たのは、やっぱり腰の曲がったおばあさんでした。

片方の手で杖を突いています。


キコはどきどきする胸をおさえながら言いました。


「こんにちは。おばあさんのお庭にナナカマドはありませんか」

「あるぞ」

「少し分けてもらえませんか」

「それはならん。ナナカマドはわしのじゃ」


キコはがっかりするのと同時に、お母さんのことばを思い出しました。

この森に住むのなら森の物はみんなで分け合わなくてはなりません。


「でも、お母さんが言ってました。独り占めはいけませんって」

「ふん、お前の母親がか」

「はい。森に住むみんなで森のものなんでも分け合ってみんなのものじゃあなくちゃいけないって」


それを聞いたおばあさんはなにがおかしかったのか、突然笑い出しました。


「森に住むみんなか。わしが見たところ、お前は村のこどものように見えるが」


キコはびっくりして、かむりをしっかりかぶれているか確かめました。


おばあさんはにやにやと笑っています。


「それとも森に住む人間がわし以外にいるというのかえ」


キコは困りました。


かむりのずきんを取ったらきっとおばあさんはキコを森のなかまだと認めてくれるでしょう。でもそれは出来ないのです。


ここはもう森の奥。

もしかしたら森のはしっこで今にも猟師が向こうからやって来るかもしれないのです。


でもおばあさんは人間です。

たとえキコが森のなかまだと分かってもナナカマドの実は分けてもらえないかもしれません。


「ほっほっほ、少しこわがらせすぎたかね」


キコが黙って下を向いていると、おばあさんはさっきとはうって変わって優しい声音で言いました。


「たまに悪いもんがここを訪ねて来るのでね、ちょっとおどしてみたのじゃよ。なあに、お前さんのような小さな子なら安心じゃろ。ナナカマドくらい少し分けてやろう。今ならいい頃合いじゃ」


そう言っておばあさんはキコを家の中へ招き入れてくれました。


キコはナナカマドを分けてもらえるとなって嬉しくなりました。おばあさんも実は良い人なのかもしれません。


これでお母さんの頼まれ物はぜんぶです。

初めてのおつかいは困ったこともありましたが、キコひとりですべて集められることが出来ました。


キコは玄関の板の間にすわっておばあさんを待ちました。


おばあさんははさみを持って裏の庭へ行きました。

きっと赤く光るような実をたくさんつけたナナカマドの枝を切ってくれるのでしょう。そしてそれをキコにくれるのでしょう。


かごにいっぱいの今日キコが集めたさまざまな木の実を見て、お母さんはなんと言ってくれるでしょうか。


キコは胸がとくとく跳ねるように動くのを感じながらにこにこして座っていました。


おばあさんの家はこぎれいに片付いていましたが、壁をうめつくすように棚に置かれている瓶詰がめいっぱいなのがキコの目を引きました。


その中にナナカマドのお酒もありました。キコのお母さんも作ってくれる、おんなじものです。それはこれからやってくる寒い寒い冬にはかかせないものでした。


だからおばあさんは一度はナナカマドを分け与えるのをしぶったのだ、とキコは分かりました。おばあさんだってナナカマドの実を独り占めしたいわけではなかったのです。自分の冬支度のためにしかたなかったのです。


瓶詰にはほかにキコの知らない植物の漬物や、濃い色をしたなにやらどろっとしたものが入っていたり、こわい顔をしたマムシがつけ込まれた琥珀色のお酒なんかもありました。

おばあさんはとてもいろんなことを知っていて、キコには想像もつかない山のひみつを知っているのではないかとさえ思いました。


向こうの部屋には麻で織った上着がかけてあり、衣替えが終わったようすでした。


裏の方ではおばあさんのはさみがぱちんぱちんと鳴っています。


そこでキコは見つけてしまいました。

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