エピローグ

 俺たちの戦いは、これからだ




 ――そうして。


 ようやくさとりちゃんを連れて帰宅できたのはよかったのだが、先の雷のせいか、マンション全体が停電しているようだった。


 ほとんど真っ暗の中、とりあえず貴緒たかおは二人にお風呂を促した。停電こそしているが、さっきシャワーでお湯を使ったばかりだ。たぶんなんとかなるだろう、ならなかったらごめん、という気持ちで送り出した。

 覗いたら殺すなど物騒テンプレなやりとりはあったが、浴室から悲鳴は聞こえてこなかったので、お湯はまだ出たのだろう。


 二人が浴室にいるあいだ、貴緒はスマホのライトを頼りに、さとりちゃんの着替えを用意した。この一週間、洗濯機を回していた身である。それで今さら何を思う貴緒ではない。ロリコンではないのだ。それはそれとして、よくドラマなんかで年頃の娘が父親を毛嫌いするように、さとりちゃんも嫌がったりしたらどうしよう、という心配は多少あった。


 お姉ちゃんの方の着替えはといえば――


「因果応報というか、自業自得というか――なんというか」


 着替えなども準備した上でキャンプしていたのだろうが、ここに移動する際には着の身着のままだったので何も用意はなかった。なので適当なシャツと、貴緒の鞄になぜか入っていた例の下着を与えることにした。


「それがあって助かったな」


「変態っ、やっぱり変態……!」


「ついでに返しといてください」


 そういえば、のどかはファミレスでは気付かなかったようだが、あとで今日のことを振り返ると、もしかするといろいろ察してしまうかもしれない。合わせる顔がないというか、なんというか。まあこちらに非はないのだが。


「というかね、君はそうやって人のことを変態呼ばわりするが――なんなん? 俺は君に何もしてないですよね?」


「はっ」


 と、鼻で笑う桐枝きりえゆかりである。これでふざけた答えが出ようものなら、前言撤回して外に放り出してやる。


「高校生男子はみんなロリコンだし、変態のケダモノなのよ! おばさんの描いてる漫画だってだいたいそんな感じだったわ!」


「……おばさんというのは、美聡みさとさんのことですかね」


 まあ、他意はないのだろう。それはそれとして、美聡の職業についてはやはり把握しているのか。


「もしかして、君は、あれか? ……もしかして、フィクションと現実の区別がついていないのかな? ……やっぱり教育上よろしくなかったようだなぁ……!」


 いつぞやの名上ながみの言葉が思い出される。女の子の方が精神的に成熟してる? どこがだ! 圧倒的、悪影響! ここに極まれり!


「それで俺がロリコンだと……? 高校生男子がみんなロリコンなんていうのはド偏見も甚だしいぞ、この野郎……!」


「こんな……ひとにこんな、裸ワイシャツとかさせといて、どの口が……!」


 ……言われてみれば、確かにそんな格好をさせている訳だが。


「電気消えてるので、セーフ」


 すると言ったそばから、明かりが戻った。


「…………」


「…………」


 目のやり場に困る光景が、そこにはあった。


「ほら! 変態! 今の反応はロリコンのそれ! よくえっちなラブコメで見るやつ!」


「お前の頭は重症だなぁ……! 目を背けるのは正常で健全で紳士的な対応だろうが……! それともなんですか? まじまじと見ればいいんですか? 俺はいっこうに構いませんけどね! ロリコンじゃないので! というか中学生女子なんて眼中にありませんので!」


「じゃあ狙いはおばさんの方なのね……!」


「高校生男子を年中頭まっピンクなケダモノだというその考えをまず改めなさい! むしろお前が火に油を注いでる感あるからな!」


「火のないところに煙は立たず、よ! やっぱり火があるんだわ……!」


「揚げ足ばっかりとりやがって……! 言葉の綾ですー! ……くそう、何なんだこの悪いオタクの見本みたいなヤツは……! こんなのがお姉ちゃん? さとりちゃんの教育に悪影響だわ!」


 孝広たかひろと美聡が結婚して、さとりちゃんが「和庭わばさとり」になっても、別にこれまで通り接したらいいじゃない。みのりちゃんたちのように、さとりちゃんの居場所の一つになってあげればいいじゃない。別に今生の別れじゃあるまいし――


 とかなんとか、いい感じの説得を考えていた訳だが。


(どうやら俺たちの戦いはこれから始まるようだな……! そうと決まれば武器は一つでも多いに限る……!)


 貴緒はスマホを取り出した。そのカメラはさながら銃口のようであった。


「このスマホで貴様の恥ずかしい写真を撮ってやろうか?」


「ダメだこのロリコン! 早くなんとか社会的に抹殺しないと……!」


 白熱していた。なんだか変なテンションだった。

 でもちょっと、楽しかった。


 幼馴染みはいたが、一人っ子だったから、こんな風に――きょうだいゲンカみたいなことを、したことがなかったから。


 ただ、そんな気分も一気に冷めた。


 スマホを手に中学生女子を脅す様子を、見ている視線に気づいたのだった。


「…………」


 そのいもうとの目は、しんでいた。


 でもちょっとだけ、笑っていた気もする。


 明らかに、呆れられていたけれど。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いもうとの目がしんでる 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ