Ⅹ モブの悪運

「――はぁ~あ……お先真っ暗だぜ……」


 蝋燭の仄かな橙色オレンジの灯りだけが深い闇に溶け出だした冷たい石造りの牢獄……小さな明かりとりの窓から覗く南洋の星空を眺めながら、壁にもたれかかったヒューゴーが力なく嘆く……。


 その翌日の夜半、仮面の怨霊のせいで捕らえられたダックファミリーの三人は、総督府に隣接する衛兵駐屯地の牢屋に拘留されていた。


 彼らは総督府へ盗みに入った大罪人……即刻、監獄へ送られた後に縛り首に処されるものと思われたのだが、鉱山で死ぬまで強制労働の方が建設的だという意見も出て、一応、裁判にかけて処分を決める次第となったのである。


 ま、どっちにしろ待つのは地獄であるが……。


 他方、彼らが捕まる直接の要因となった〝黄金の仮面〟の方にしても、そのせいでけっきょくまた〝不開あかずの蔵〟に戻され、いわば牢獄暮らしを再開する羽目になったので、まあ、おあいこである。


 ちなみに戻すに当たっては、サント・ミゲル駐留艦隊付きの凄腕魔法修士(※魔導書を専門に研究する修道士)ブレンディーノ・クロンフェルタがそれに付き添い、召喚した悪魔の力を用いてより堅固に仮面を封じ込めたため、三人の時みたくあの王の怨霊に悩まされることもなかったようだ。


「お宝を奪って大金持ちだったはずなのに……俺達、なんでこんなことになっちまったんだろうなあ……」


「けっきょく、ピンチョス屋で稼いだ金も秘鍵団からの報酬もみんなパーだ……ま、こうなりゃもう金があっても意味ねえけどな」


「やっぱり秘鍵団なんかと関わったのがそもそもの間違いだったんだよ! チキショー! あいつら訴えてやる!」


 ビッグになるどころか、今や哀れな囚人と化した彼ら三人は、報われぬ自分達の身の上を思い各々に再び嘆く。


「ハァ……世に俺達のビッグさを認めさせる前に、こんな所で人生終えるのかあ……せめて針金かヤスリの一本でもありゃあ、こんな牢屋脱獄してやるのによう……」


 ヒューゴーは大きな溜息を再び吐くと、肩を竦めて自らの姿を仲間達に見せつけるようにして言う。


「あいつら、ナイフはおろか、小銭もなにもかも取り上げやがって……残ってるっていやあ、このいつも首から下げてる御守ぐれえのもんだぜ……」


 だが、なんとも情けない顔をして、シュミーズ(※シャツ)の中に下げていた円盤上のペンダントを取り出してみせたその時。


「……ん? お、おい! それ、御守じゃねえぞ! そいつはペンタクル・・・・・だ!」


 テリー・キャットがそれを見て、突然、真顔で大きな声をあげた。


「ああそうだ! なくさねえよう、御守と交換して下げてたんじゃねえか!」


 その声にリューフェスも、それを思い出して見開いた目を輝かせる。


 そうなのだ……すっかり忘れ去ってしまっていたが、それは彼がいつも身につけている二束三文のペンダント型御守ではなく、うっかりなくさないよう御守と付け替えた、あの、いかなる鍵でも開けることのできる〝水星第五のペンタクル〟だったのである!


 牢に入れられる折、脱獄に使えそうなものはすべて没収された彼らであったが、限られた者しか見たことのない調レアな代物であるし、担当した衛兵達は魔術に詳しくなかったのか? ただの御守だと思って見逃してくれたらしい……。


 だが、それはただの御守ではなく、その筋では有名な超絶魔術道具なのである。これを使えば、牢獄を逃げ出すことなど造作もないことだ。


「ハハ…ハハハ! 俺達ゃあやっぱビッグだぜ!」


「ああ。お先真っ暗かと思ったが、恐ろしくついてるじゃねえか!」


「きっと日頃の行いがいいから神さまが守ってくれてんだな!」


 思ってもみなかったその幸運に、三人は狭い牢屋内で狂気乱舞する。まあ、もっと前に気づけよ…という話なのではあるが……。


「おい! 静かにしろ! ここをどこだと思ってるんだ! あんまり舐めた態度とると拷問にかけるぞ!」


 すると、あまりの騒ぎに見張りの衛兵がやって来て、彼らを大声で叱責する。


「ああ、いや、すいやせん。静かにしやーす……」


 怒鳴られた三人は慌てて口を噤み、ヒューゴーが苦笑いを浮かべながら小声で詫びを入れる。


「よし。衛兵どもが寝静まるのを待って、こんなとことっととズラかるぞ……」


 続けて、三人顔を寄せ合うと声をひそめ、早々に脱獄の計画を申し合わせた――。




 そして、草木も眠る丑三つ時……。


「――ヒャッホーイ! 俺達ゃあ自由だぁーっ!」


「衛兵どもめ、ざまあみろーい!」


「どうだ! ダックファミリーの底力を思い知ったかコラ~っ!」


 警備の薄くなる深夜を待ち、〝水星第五のペンタクル〟を使って牢屋の鍵を開けたヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、夜番の衛兵の目も盗んで駐屯地をなんとか逃げ出すと、闇に包まれたサント・ミゲルの街を港へ向けてひた走っていた。


「このペンタクルさえありゃあ、俺達は無敵だ! 今度こそ大泥棒として世界に名を馳せてやる!」


「俺達ダックファミリーの伝説が、今度こそ、今ここから始まるぜ!」


「ああ。俺達のビッグなサクセスストーリーを世間のやつらに見せつけてやらあ!」


 誰もいない、深夜の目抜き通りを駆け抜けながら、三人は興奮気味にそれぞれ声をあげる。


「だが、その前にトリニティーガーへ帰って、久々に蒸し焼肉で前祝いの大宴会といこうじゃねえか!」


「じゃ、まずは港で船を手に入れねえといけねえな。もちろん、ビッグな大盗賊団らしく強奪だ!」


「おお、いいねえ! 俺達の新たな門出にぴったりだぜ!」


 ちょうど港の方へ向かってることもあり、リーダー・ヒューゴーの提案に、他の二人も賛同してそんなとりあえずの方針が決められる。


「けど、大きな船は警備が厳しいし、荒くれ者の船乗りがいっぱい乗ってるかもしれねえぜ?」


 だが、そこはやはり小者のチンピラ、ビッグとは程遠い心配をリューフェスが口にする。


「そうだな。じゃ、小舟にしよう。小さなボートなら見張りを付けずにそこらに転がってんだろ?」


「ああ、それがいい。それなら安全に盗めるぜ」


 それには同じく小者らしく、テリー・キャット、ヒューゴーも異論なく賛同し、なんとも小悪党然りとしたセコイ作戦を立てる。


「よーし、話ぁ決まった! んじゃあ行くぜ! 俺達ダックファミリーの新たなビッグな冒険の旅へ!」


「おぉぉぉーっ!」×2


 そして、このなんともスケールの小さなチンピラトリオは口だけは大きなことをほざきつつ、近所迷惑な雄叫びとともに南洋の夜の街を疾走した――。




 ちなみにこの後、トリニティーガー島へ帰った三人は馴染みの飲み屋〝BARバルバッコア〟で派手に飲みまくり、酔っぱらった彼らは取り替えていたこともすっかり忘れて、払えないツケの代わりにあろうことか〝水星第五のペンタクル〟を酒代として渡してしまう。


 すると、二束三文のガラクタだと思った店主もそれを質屋に売っ払ってしまい、さらに質屋からも質流れして行方不明になってしまうのだった。


 けっきょく、大盗賊にもビッグにもなれず、やっぱり彼らにはモブとして生き様がこの先も待っているのであるが……それはまた、別のお話……。


                 (Tres Mobs 〜三匹のモブ〜 了)

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Tres Mobs ~三匹のモブ~ 平中なごん @HiranakaNagon

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