『封印』リフォーム、承ります。~明知探偵事務所のイクメン調査員は超イケメン<2>~

清見こうじ

序章

封印された歴史

 ……びゅう、と一陣の風が吹き去った。


「父上、こちらでしたか」


 背後から呼びかけてきた声に応じて、男は振り返る。


 風格ある佇まい、威厳に満ちた眼差し……だが、そこに息子の姿を認めて、僅かに頬がゆるんだ。


「やはり、ここに……?」


「うむ」


 男は短く答えて、再び景色に向き直った。


「流石は古豪の出城。地の利、人の利にかなっている……それ以上に……」


「未来永劫、潰えることなく血統が続く、という託宣でございますが……」


「信じぬか?」


「いえ……」


「一豪族に過ぎなかった我が一族が、この眺め、全ての地を治めることを、あの女は先見しておった」


「……ここに城をかまえるは、容易ではないと……」


「うむ。あやつらも指をくわえて見てはおらぬだろう。だが……」


「……?」


「『ののう』の託宣が全て当たるとは思っておらん。そもそも、託宣を聞いた限りでは解せぬことばかり。……京で、何やら異変が起きるようじゃ。『永楽銭が燃える』とな」


「!」


「何が起きるかは、分からぬ。確固たる足場を押さえねばならん」


「……御意に」


「笑うておるか? 迷信に惑わされておると」


「いえ。むしろ……」


「ん?」


「少し安心しております。父上も託宣を頼りにされることもあるのだと知って。今まで、何の迷いもなく決断されていたように見えましたので」


「託宣は託宣よ。選択肢のひとつに過ぎぬ。信じるかどうか決めるのは、己の心。神頼みにするかどうかも、決めるのは己じゃ。外れたとしても、神も『ののう』も恨むつもりはない」


「あ……」

 

「信じると決めたのなら、とことん信じて、あとは突き進むだけじゃ。それで失敗したのならば、ちぃと己の踏ん張りが足りなかったのよ。神さんらのせいではなくな」


「……はい」


「何でもかんでも叶えてもらえるなら、苦労もせんし、だいたいつまらん。神さんらのおかげで、わしじゃのうても出来たと言われたら、むしろ腹が立つわ。それとな、託宣で得した分、他に力を割けばよい、その程度に考えておけば、恨む気もせんわ」


「はい」


「うむ。よい返事じゃ」


 己の志を継ぐべく、力強くうなづいた息子と、いずれたもとわかつことになる運命を、男はまだ知るよしもなかった。




 *


 ……やがて、時は過ぎ。


 かつて戦国の世に智将として名を知らしめた武将の居城跡は、今は城址公園として市民の憩いの場となっている。


 春は桜が咲き誇り、秋は紅葉の名所となる。


 幾度も戦火にまみえながら、落ちたことのない『不落城』と呼ばれた城はすでになく、堀と石垣を残すのみではあったが。


 けれどその名声は今に残り。


 博物館、美術館といった文化的施設や、体育館、武道館や球場などの運動施設が並ぶ。


 今も市民や観光客の足が絶えることがない。


 400年の時を経てなお、その繁栄は揺らぐことがない……かのように見えていた。




 だが、綻びは、少しずつ、生じていた。


 誰にも気づかれることなく。


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