11/22

「何をやってるの?」


 頼まれた買い物を終えて帰宅すれば、姉ちゃんが櫛を持って、翼の髪を梳く。


「そうそう、そんな感じ」


 そんな姉ちゃんを、冬希兄ちゃんが指示を出すという構図。正直、ワケが分からない。


「空君、お帰り~」

「空、冷蔵庫に入れておいて。ごめん、今、手を離せないから」


 姉。弟に対して扱いが雑過ぎないか。冬希兄ちゃんが、真の兄と言われても信じちゃうレベルで、姉がひどい。


「そ、空君、お帰り……」


 顔を真っ赤にした翼に、目を逸らされた。え? 俺、何かした?


「……なんなの、これ?」

 

 俺が聞くと、姉ちゃんがふふんと、笑む。


「私の持っている櫛と、今日の日付を考えたら、分かると思うよ?」

 

 ふふん、と笑う姉が腹立たしい。


「え……今日は11/22でしょ……」

 

 真剣に反応する自分が、悲しくなる。


「……良い夫婦の日?」

「やだ、冬君。良い夫婦だって」

「うん、嬉しいね。空君に認定されたの」


 まて、お前ら。良い夫婦の日が、イコールで二人のこととは、俺、一言も言っていない。


「あ・な・た」

「なに?」


「だぁい好き」

「うん、俺も大好きだよ」


 抱きついてくる姉ちゃんを、さも自然と受け止める兄ちゃん。うん、全てを無条件で受け入れてくれる冬希兄ちゃんは偉大だと思うが、限度ってものがあると思うんだ。最近、姉の知能指数がダダ下がりの気がしてならないけれど、兄ちゃんの見解や如何に。


「ということで、ハズレではないけれど、主催側が求める解答ではないため、ぶぶー。空選手、翼ちゃんのキス権獲得ならずでしたー」

「しないよ?!」


 いきなり、何を言い出すのかと思えば。油断も隙もあったもんじゃない。


「……してくれないの?」


 翼がちょっと、拗ねた目で俺を見る。


「な、な、な、何を言ってるの?!」

「な、な、な、別に他意はないよ?!」


 やけに挙動不審になる俺達だった。






■■■





 ――良いよ、と言うまで覗かないように。

 そう姉ちゃんに申し渡されて、俺は台所で待機。兄ちゃんが淹れてくれたカフェオレをちびちび飲んでいた。


(早くゲームしたいけど……理不尽すぎん?)


 でも、こうなった姉ちゃんは止められないし。

 ため息もう一つついた――その瞬間だった。




「空、良いよ~」


 脳天気な姉の声にやっとかっと、リビングに足を踏み入れ――固まった。





「空く、ん……どうかな?」


 照れくさそうに、翼が目を泳がせながら。最終的には、俺を見る。

 翼の綺麗な髪が、ツインテールに纏められて。


 正直、姉ちゃんの手技は、器用とは言いがたい。もともと、オシャレとは縁が遠い人だったから、それは仕方がないと思う。でも、それを抜きにして――。



「可愛い……」


 思わず、本音が漏れた。


「あ、ありがとう……でも、子どもっぽくない?」


 真っ赤に俯きながら、そんなことを言う。

 子どもっぽい?


 いや、そんなこと少しも思わなかった。色々な、翼を見たいって思っていたから。いつもと違う翼を見ることができた。それだけで役得で――。


「……いつもと違うから。その、新鮮っていうか。でも、子どもっぽいとは思わない」

「そっか」


 嬉しそうに、笑む。


「……でも姉ちゃんにしてもらうより、冬希兄ちゃんの方が良かったんじゃない?」

「ちょっと、空?! それひどくない?」


 姉ちゃんが、おかんむりだが、事実だ。重要なことなのでもう一回言う。曲げようがない、事実だ。


「でもさ、空君?」


 ニッと冬希兄ちゃんが笑む。


「……自分以外のヤツが、天音さんの髪に触れるのはオッケーなの?」

「へ?」


 予想もしていない言葉を、投げ放たれて。

 思わず、呆ける。


「ほらね。空君、やっぱりそんな顔するじゃん」


 冬希兄ちゃんが、笑む。そんな俺を見ながら、なぜか翼が、嬉しそうに微笑んでいた。


「な、なんだよ……」

「なんでもないよ。ただ、空君がどうして、そんな顔したのか、気になっただけ」

「元々、こんな顔だって」

「うん、私にしか見せない、そんな顔だね」


 さらに、翼が嬉しそうに笑むから。












 無造作に、翼の髪に触れて。






 ――今度、結び方を教えてあげるね。

 そんな冬希兄ちゃんの囁きを、今は無視スルーして。




 もう一回だけ、手で梳いて。

 髪の毛は、女の子にとって、パーソナルスペースらしい。気軽に触れて良い場所じゃないのは、自分でも分かる。

 そこに触れるコトに拒絶しないの、どうかと思いながら。





 翼が、嬉しそうに笑みを溢すから。

 自然と、手でその髪を、また梳いていた。






▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


11/22は良い夫婦の日、ツインテールの日、小雪の日、長野県りんごの日、大工の日でした!

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息を吸って吐くように口吻を(君がいるから呼吸ができる短編集) 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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