14話 ひなとカラオケ



 4月下旬。

 俺は嫁のひなとともに、外回りしてきた。


「終わりましたねー、せんぱいっ!」

「ああ、お疲れさん」


 今俺は編集者であり、営業には口を挟まない立場にある。


 が、今日は特別。


 人気ラノベ作家カミマツ先生の大人気作、デジマス。


 その新しい商品のための打ち合わせをしていたのだ。


「デジマスの人気ほんと衰えませんねー!」

「だな。もう8年近く経っても、まだ大人気だもんなぁ」


 カミマツ先生はデジマス以外の作品も発表している。


 どれもアニメになるほどの人気作だ。


 だがやはり彼と言えばデジマスなところがある。


 どこへ行ってもデジマスのコラボグッズが、まだそこかしこにあることから、その人気の高さがうかがえた。


「せんぱい、千冬ちふゆさんに電話しますね! 今終わったって!」


 ひながスマホを片手に通話をかける。


「はい……はい……え! いいんですかー! やったー! はいっ、それじゃ……!」


 ひなが電話を切ると、満面の笑みで俺にくっついてくる。


「せんぱいっ、今日はもう上がってもいいって!」


「お、そうか。じゃ俺は編集部に戻るから……」


 ガシッ……!


岡谷おかやさんも、このまま帰って良いって言ってたそうです!」


「そ、そう……あの、ひなさん?」


「はい!」


「気のせいかなぁ、目がギラギラしてません……?」


 獲物を見つけた肉食獣みたいな顔になってますけど!?


「はいっ! さっ、せんぱい行きましょー!」


 俺の腕をつかんでひなが歩いて行く。


 その間、ポケットのスマホが鳴りまくってる。


「ひ、ひな……なんか通知来てるんだけど……」


「多分アンナさんですね!」


「でないとまずいような……」


「大丈夫です!」


 だいじょばないんですが!?


 多分ひなと俺とが二人で帰るとしって、アンナが怒ってるんだろう……。


 これは、家に帰ったら大変そうだ……。


「さっ、到着しましたよ~」

「って、ここカラオケじゃんか」


「はい! え、どこだと思ったんです?」


 ラブホかレンタルルームかと……。


「いや、なんでもない」


 まあカラオケならね、そういう行為には及ばないでしょう。


     ★


「甘かった……!」


 バリバリやりました。

 くたぁ……と脱力したひなが、俺の膝上で抱きついてる。


「しぇんぱぁい……んっ♡」


 スーツを着崩したひなが、俺にちゅうちゅうと、吸い付いてくる。


「当店では、そういう行為は許されてないんですがね……」


「す、すみません! なんか……気分が盛り上がっちゃって……」


 ひなが俺から降りて、あせあせ、とボタンを治す。


「ほんとは、単にせんぱいとカラオケ行きたかったんです」


「そりゃどうして?」


「だって……他の子達、あんまりアニメに興味ないから……」


 そういえばひなは結構なオタクだった。


 し、俺の嫁の中でオタクなのはこの子だけだ。


 真琴も五和も、あまりこういう趣味はたしなんでない。


 アンナ、千冬も同様。仕事でやってる感じ。

「あ、なるほど……アニソン歌えないのか」

「はい。なので、せんぱいと一緒のカラオケ、すっごく楽しみで! でも……」


 先日の千冬懐妊の一件から、みんなが俺を取り合うようになった。


 ひなはこう見えて結構奥手だから、カラオケに誘えないのだろう。


「すみません……」


「いや、気にすんなよ。俺も楽しかったし」


 ぽんぽん、と俺はひなのあたまをなでる。


「遠慮しないでくれよ。カラオケつきあうからさ、いつでも」


「……いいのですか?」


「もち。てか、俺たち結婚してるんだから、そんな遠慮しないで、ガンガン好きなものは出してってくれよ」


「せんぱい……!」


 ひなが俺に抱きついてくる。

 そしてまた……ぐりぐりと胸をこすりつけてくる。


「せんぱい……あたし……また……」


「あー……うん。まあ……言った手前ね。わかった。あんま騒ぎにならないようにな」


「はいっ!」


 ……その後、店員に怒られたのは言うまでもない。

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年下幼なじみ♂が実は美少女だった件~婚約者に浮気され独り身の俺、昔弟のように可愛がっていた子と同棲する。今更女の子だったと気づいても遅い。世話焼きJKに知らぬ間にダメ人間にされてたので… 茨木野 @ibarakinokino

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