第8話 大好きな君がいない一番最初の夜

「もう一度、更生プログラムを受けようと思ってるんだ」


いや、受けなくていい。

天使を刺激した俺が悪いんだ。


「受けなくていい。本当のキミは優しい。今回のことも全部俺が悪いんだし」


「ありがとう。でも、決めたことだから。今の私はキミからの愛を受け取る資格はないから」


俺は黙って腕組をしながら


ーーどうしても行くのかな? どうしたら、止めれるんだろう? もう会えないのかな?


と思った。


そして、しばらくして、天使がまたこう言った。


「大丈夫。また帰ってくるから。天から落ちて来る星の破片を集めて待っていて。絶対にまた逢いに来るから」


自分は


「いつくらいになる?」


と聞いた。

「うーん、日が出る……日が沈む。それからまた出るじゃん? そして、また沈む。赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに……待っていられる?」


俺は黙ってうなずいた。天使は静かな調子を一段張り上げて、

「百万年待っていて」と思い切った声で言った。

「百万年、私のことを思って待っていて。きっと逢いに来るから」


俺はただ「待ってる」とだけ答えた。


そして、彼女は何かの種を俺に手渡す。


すると、黒い瞳の中に鮮やかに見えた俺の姿が、ぼうっとゆっくり消えていった。


彼女の瞳の中に静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら天使の眼がぱちりと閉じた。


長いまつ毛の間から涙が頬へ滴り落ちていく。


彼女は、もういなくなっていた。


自分はそれから庭へ下りて、わけもわからず落ちていた真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑なめらかな縁ふちの鋭い貝。


夢の中で母さんと父さんと三人で行った海……


他にもいろんなことを思い出した。

天使といた2000年間……下界で生きていた23年間……それが星となり……砂となり……海となり……世界を埋めていく。



そして、土をすくうたびに貝の裏に月の光が差してキラキラしていた。


湿りめった土の匂いもした。

穴はしばらくして掘れた。




そうして、穴の中に優しく種を埋め、柔らかい土を上からそっと掛けた。

掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。

それから、砂と星の破片かけの落ちたのを拾って来て土の上へ乗せた。


星の破片は丸かった。


長い間大空を落ちている間まに、角が取れて滑なめらかになったんだろうと思った。


抱き上あげて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。俺はそばに置いてあったベンチの上に坐る。


これから百万年の間こうして待っているんだな。


あの子は今同じ星を見ているのかな?


とかを考えながら、足をブラブラさせながら星を眺めていた。


そのうちに、天使の言ってた通り日が東から出た。

大きな赤い日だった。


それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。


それを自分は数えていた。


しばらくすると、赤い朝日がのそりとやって来た。

そうして黙って沈んでしまった。

二つとまた勘定した。


自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。


勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。

それでも百万年はまだまだ来ない。


最後には、苔こけの生はえた丸い石を眺めて、


彼女は無に帰ったのではないかと思い始めていた。


だから、俺は神様に彼女は生きているのか聞いてみた。


「安心して下さい。生きてますよ。地獄に行き、真面目に更生プログラムを消化しています」


俺はほっとした。


「100万年間、孤独でしょう? 新しいメイドさん、派遣しましょうか?」


「いや、いい。明日はレオニダスさんの槍術ワークショップがあって、来週は外科医の研修があるから……やることがたくさんで100万年間なんて、きっとあっと言う間だよ。孤独なんて感じない。それに……」


「それに?」


「あの天使は一番大切な存在なんだ。代わりなんて誰もいない」


「……そうですか」


神様の声が一度途切れる。

そして、何気ない日々が始まる。


そんなある日、石の下から自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。


見る間に長くなって、ちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。


と思うと、すらりと茎の頂に細長い一輪の蕾が、ふっくらとはなびらを開いた。


白い百合が甘い匂いを振りまき恍惚の気分にさせていく。


そこへ遥はるかの上から、ぽたりと露が落ちたので花は自分の重みでふらふらと動いた。


自分は首を前へ出して冷たい露の滴したたる、白い花弁はなびらに口付けした。


自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬またたいていた。


「百万年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。


「ただいま! 元気だった!?」


彼女の元気な声が響き渡る。


俺は声のする方を振り返る……すると、甘い百合の香りと彼女の向日葵のような満面の笑顔が同化していった。

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5億年ボタン押すしかねぇ!o(`ω´ )o かまぼこの素 @sumig

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