6
日曜日の午前十一時。セント・ジョンズのモーテルをチェックアウトしたトマジとアイリーン。彼らを乗せた古いフォードは、ビッグアップルへ向けて疾走していた。
時折車内に聞こえる怪しい機械音が、トマジを不安にさせる。
「ねぇ、この車大丈夫かな? ビッグアップルまで持つの?」
トマジの心を読み取ったかのような台詞を、助手席のアイリーンは口にする。
「まあ、無理だろうな。途中で修理屋を見つけるか、ガスステーションに寄ったときに調べるしかないな……」
彼は父親から譲り受けた古いフォードのハンドルを強く握りしめ、騙し騙しアクセルを踏み続けた。
——二時間後、二人は古びたガスステーションに到着した。
トマジは店の親父にフォードの修理を頼むと、トイレへ立ち寄ったあとアイリーンと近くの街へと出かけた。
街の入り口で、玉葱がたっぷり入ったホットドッグと、サイダーを買った二人は近くの公園のベンチに腰かける。
風邪が強く、ベンチの傍の大木を揺らしていた。しかし、トマジにはその風が妙に気持ちよかった。
「ガスステーションの親父、一時間程で直せるってさ」
まだ温かいホットドッグを頬張りながら、トマジは呑気な声で言う。
「大したことなくって良かったね。それに親父さん、このホットドッグ屋のことも教えてくれてとっても親切だったね」
アイリーンはニコリと微笑んだ。
日曜の午後、高くなった太陽は心地よい暖かさをベンチに座る二人に与えていた。時折吹く強い風も、優しく二人を包み込んでいるようだった。
理想の日曜日だと、トマジはひとり思った。
いつかアイリーンと二人で、こんな風に日常を過ごしたいと夢見ていたことに、彼はふと思い出す。そして、今まさにそれを体験している自分に気がついて苦笑した。
それは、俗にいう幸せの苦笑というやつだった。
太陽と愛する女性と大金の入ったバッグ……そして、新天地ビッグアップルでの新しい生活。
トマジは、パックマンの追手が迫っていることなど、すっかり忘れてしまいそうな気分だった。
ドッグの最後の一欠けらをサイダーで流し込むと、満腹感も手伝ってか、徐々に強い眠気に彼は襲われた。
「ねえ、トマジ? そう言えば覚えている……」
隣で話すアイリーンの言葉が、まるで子守歌のように聴こえていた。そしていつの間にか、トマジは眠りに就いてしまった。
——それに親父さん、このホットドッグ屋のことも教えてくれてとっても親切だったね。
無意識の中、トマジの頭の中に、最後に聞いたアイリーンの台詞が再生される。
「いつまで寝てるんだ?」
そのかすれた声にトマジは目を覚ますと、すぐに激しい光に目を顰めた。
暗闇の中、フラッシュライトの光が彼を照らしていた。
トマジは自分の置かれている状況を、瞬時に把握しようとする。
薄暗い明かりがコンクリートの部屋を灯している。冷たい鉄の椅子に座らされている彼の手は、後ろ手にきつく縛られている。そして、目の前には知らない男が立っていた。
男はトマジに近づくと、かすれた声で言った。
「さあ、話してもらおうか。 金は何処に隠した?」
先程再生されたアイリーンの台詞が、ゆっくりとトマジの脳内へ浸透していく。
「アイリーンは何処だ?」
「ふん、あの娘は今頃おまえの親友と宜しくやってるよ」
男は上唇をペロリと舐めると、いやらしく口元を歪めて笑った。
トマジはそんな男の表情を視界から消す様に目を閉じる。
「目を閉じてんじゃねぇよ! 金は何処なんだよぉ!! 吐くまで止めねぇぞぉ!!」
男は叫びながらトマジの顔面を思い切り殴りつけた。何度も、何度も。
薄暗いコンクリートの部屋に、興奮した男の叫び声と殴りつける乾いた音だけが響き渡った。
オレたちはもう戻らない Benedetto @Benedetto
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