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「ジョニー、おまえがあのガキを見つけ出して金を取り返してきたら、幹部にしてやるって話を真剣に考えて下さるらしいぜ。パックマンさんはよ……」


 ジョニーがダイナーの裏口で休憩をしていると、突然グレイのスーツを着た男が近づいてきた。

 トマジとアイリーンがリトル・フェイスを出て行った、次の日のことだった。

 

「パックマンさんは、幼馴染にさえ容赦しないおまえの非情なところを、とても気に入っていらっしゃるんだぜ。その彼の期待、忘れるなよ」


 男はジョニーの肩を軽く叩くと、「また来る」と言って裏路地の方へ消えていった。


 ひとり残された彼は、新しい煙草を咥えて火を点けた。吐き出した煙はゆっくりと風に乗って上へ昇っていく。

 煙の向こうには、壁と壁の間からのぞく狭い空があった。

 それは、トマジとアイリーン、そしてジョニーが三人でいつも眺めていた空だった。


「……トマジ、狭い空だよな、ここから見える空は……」


 ジョニーはこの小さな街、リトル・フェイスには何もないことを知っていた。夢も、未来も……。だから、トマジがずっと昔から街を出たがっていたことには気が付いていた。それでも、アイリーンと二人であんな風に街を出て行くとは、流石の彼も想像すらしていなかった。

 いや、本当は心の何処かでされることを恐れていたのかもしれない。ただ、それを認めたくなくて、心の奥底に沈めて、忘れようとしていたのだ。

 

 いつも一緒だった三人。しかし、彼は今までトマジを一度たりとも親友だと思ったことはなかった。彼はいつだってアイリーンだけを見ていたのだ。ジョニーにとってトマジは、邪魔者以外何者でもなかった。その邪魔者を排除する正当な理由が、今彼に与えられた。


 休憩を終えたジョニーは、店主に早退を申し入れるとダイナーを出た。

 数ブロック先のアパートへ歩いて戻る途中、彼は再び煙草に火を点ける。


「ラッキーストライクは一日四回吸うと、ラッキーがストライクするんだぜ……」


 彼はいつも幸運を気にしていたトマジの台詞を思い出す。同じイタリア系移民の彼らには、時として運が必要なのさと。そんな彼の言葉をジョニーは信じていなかったし、寧ろ嫌悪感すら感じていた。


「ゴールドラッシュをストライクするのは、俺だよトマジ。おまえじゃないさ……」


 胸の辺りが少し熱くなるのを感じながら、ジョニーはアパートの一室へと入っていった。


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