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 次の日の早朝、トマジとアイリーンはモーテルの近くにある比較的新しいダイナーで朝食を取っていた。

 トマジはトースト、ソーセージ、スクランブルエッグとコーヒー。

 アイリーンはパンケーキと、オレンジジュースを注文した。

 七時三十一分。店内は既に何人かの客がいた。

 トマジは薄目で周囲を観察しながら、ソーセージを慎重に口へと運ぶ。肉汁が口の中に広がっていく。口元が自然と緩むのを感じる。

 

「オレンジジュース、一口飲む?」


 アイリーンは、グラス一杯に注がれたオレンジジュースを無邪気に勧める。トマジは何も言わず右手を軽く振って、それを拒否した。


「あれ? 右手の拳、怪我してる? どうしたの?」


「ああ、昨夜ちょっとな……」

 

 そう言ってトマジはアイリーンのオレンジジュースを奪い取ると、ごくごくと飲み始めた。


「ちょ、ちょっと全部飲まないでよ! それに今いらないって言ったじゃない!」


 慌てるアイリーンを無視して、トマジは皮が剥けて少し赤くなっている右手をぼんやりと眺める。そして、昨夜の1010号室でのことを思い出していた。

 ふと顔を上げると、数メートル先のカウンターでベーコンを焼いている店主と目が合った。

 小太りで口髭を生やした店主は、数秒程興味あり気にトマジたちの方を見ていたが、すぐに鉄板のベーコンに視線を戻した。


「アイリーン、行こう……」


 彼は素早く残りの朝食を平らげると席を立った。


「え? ちょっと待ってよ……」


 モーテルに戻ると、トマジはアイリーンに荷物をフォードに積んでおくように頼むと、ひとりレセプションへと向かった。

 そこには、先客がいた。


「おい、ジョージ! 誰なんだよ! 知ってるんだろ?」


 レセプションの老人に言い寄っていたのは、昨夜1010号室にいた中年の男だった。

 トマジがガラス扉を開けて入ると、カウベルが鳴って男が振り向いた。


「て、てめぇ! 昨日のぉ!」


 男は突然トマジに向かって腕を振り上げた。掴みかかってくる男の腕を器用に躱すと、トマジは腰を屈めてボディブローを一発撃ち込んだ。男は短く呻いて膝からゆっくりと崩れ落ちる。


「爺さん、面倒起こしてすまねえね。これで勘弁してくれ。オレたちは、もうここには戻らないから……」


 トマジはポケットから封筒を取り出すと、レセプションの老人に手渡した。老人は特に気にする様子もなく、封筒を受け取る。

 その場を去ろうとしたとき、老人が呟いた。


「おまえさん、パックマンに追われとるんじゃろ?」


 トマジの表情が一瞬凍りつく。

 老人は封筒の中身を確認すると、札を数枚だけ抜き取って残りを返した。


「早く行け。パックマンはここら辺りでもちょっとした顔役だ。当然、至る所に『目』を持っている」


「ちっ、でも、何でそれをオレに教える? 何でパックマンに連絡しなかった? あんただってその『目』なんだろうに」


 睨みつけるトマジを全く気にすることなく、老人は淡々と続ける。


「儂の孫娘が世話になったんでな。あの子はいつもつまらない男に引っ掛かる……儂がもう少し若ければな……」


 老人は床に倒れている男を面倒くさそうに睨みつけた。男はまだ腹を抑えて苦しそうに顔を顰めている。


「そうか……すまねえな」


 トマジは急ぎ足でレセプションを出た。まだ運は自分たちにあると信じて。

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