第3話

 あなたの髪が好き。あなたの匂いが好き。あなたの瞳が好き。あなたの優しさが好き。あなたの言葉遣いが好き。あなたの全てが好き。こんなに愛が止まないのは、なぜ?


「ねー、こっち向いて?」


「え?どしたの?」


 驚いた顔でこちらを見てくる。そのあどけない顔も好き。


「んー、そりゃあ有名俳優とかに比べたら劣ると思うけど」


「え、なんでdisられたの?」


「いや、違う違う。そうじゃなくて」


 さらに顔を近づけ、覗き込むように見つめる。


「私の好みとは違うはずなのに、なんでこんなに好きなんだろう」


「なにその疑問、てか好みと違うの?」


「そりゃあまあ。私は昔から渋いおじさんが好きだから」


「吉田◯太郎とか?」


「あー、違うんだなぁ〜」


 久しぶりの彼の家。一人暮らしの彼の家には家具や物がほとんどない。趣味で集めている服やスニーカーがきっちりと飾られているくらいで、そのほかはほぼ茶色に統一された家具ばかりだ。


「何もないよね、この部屋。エロ本とか探そうにもなさそうだし」


「探すな探すな。わざわざ買う人なんかもういないんじゃない?」


「そーなの?」


「いや、知らん。でもネットで調べたらそーゆー動画も出て来るし無いとは思うなぁ」


「なるほど、ネット派ですか。ちょっとパソコン借りてもいーい?」


「大学のレポート用で何も入ってないやつだからね?それ」


 それはつまらない。楽しくて面白そうな何かを期待してた身としてはとてもつまらない。


「よし、じゃあそろそろ行こうか」


 彼が立ち上がり鞄の中に財布とイヤホンをいれて上着を羽織る。いったいどこにいくのだろう。


「ん?行かないの?」


「え?どこに行くの?」


「お昼ご飯。外食しようよ、久しぶりに」


 そうと決まれば用意しなければ。鞄にポーチと財布を入れ、私も軽く上着を羽織り、すぐに出発した。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「車の維持って大変って聞くけどどうなの?」


「あー、確かに大変だと思うな。でも俺の車は親父が好意で貸してくれてるから」


「お父様……!私のために!」


「果たして君のためなのかな?」


「ちーがーうーのー?」


「残念ながら違うかなぁ〜」


 車の中で談笑しながらお昼に向かう。いったいどこまで行くのか私はまだ知らされてないのだけれども。


「ねーねー、どこまで行くの?」


「んー?どこでしょうかね〜?」


「まさか……!いやらしいお店に……!」


「お、正解」


「え?まじ?」


「嘘だよ、流石に」


 笑いながら茶化された。いやまあ、覚悟さえしていれば別に、うん。大丈夫。


「今から少し離れた場所に行きます。そこにあるイタリアンが美味しいらしい」


「イタリアンって言うとパスタってイメージしかないんだよ、私。おしゃれも苦手だし」


「まあ一般的なイタリアンって聞くとみんなサイゼとかが思い浮かぶよね。だからパスタってイメージはあながち間違いじゃないよね」


「そのお店行ったことないんだよね、私」


「高校生の頃とか行かなかった?」


「うん、私って昔からずーっとボッチだったんだよね」


「なんでだろうねえ」


「馬鹿にしたな!」


「してないよ、流石に馬鹿にしません」


 そうこうしているうちに到着したお店はお高そうでおしゃれなお店だった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ねぇ、それ美味しい?」


「ん?美味しいよ?はい、あーん」


「ん、んー!美味しい!」


 おしゃれなお店で私はカルボナーラ、彼はミートソースのパスタ、あとは2人で食べるマルゲリータピザ。落ち着いた雰囲気の空間にママ友と思われる人たちもちらほらいる。


「美味しいな、これはハマりそう」


「そう言うの珍しいね、そんなに好きだっけイタリアン」


「うん、パスタとか食べやすいし美味しいし好きだよ」


「私の作るものは?」


「和食メインだよね、和食も好きだよ?」


 そう言う不意打ちで好きとか言われると、流石に私も照れるわけですよ。


「よし、じゃあ次の場所に行こうか。ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした。奢り?」


「まあ、別にいいけど」


 奢ってくれた。やった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……んん」


「おはよ。よく寝れた?」


 気がつくと車で寝てたようだ。彼が上着を掛けてくれてたおかげで寒くなく、快適ぐっすり。


「ごめん、寝ちゃってた……」


 寝ぼけ眼を擦り、伸びをする。コキコキと肩あたりから骨が鳴る音がする。


「いいえ〜、気持ちよさそうだったから起こすのも勿体無し、寝顔だけ写真撮っちゃった」


「やだ!消して!」


 外の景色はもう夕暮れ。紫色の空に星々が幻想的に輝いている。


「ここは?どこ?」


「さぁ、どこだろーねー」


 彼は車のエンジンを止めると外に出た。彼も伸びをしてこちら側のドアを開けてくれる。なんとも紳士的。


「ありがとう……あれ?ここって」


 見覚えのある、中学から高校にかけてこの場所によく来ていた場所に私はいた。


 古びたベンチがポツンとあるだけの小さい山の上。そこからは街は見渡せない、景色がひらけて見えるだけ。誰も好んでこんなところに来ないが、私はこの場所が好きだ。


「え、なんで?なんでここに?」


 驚きや懐かしさ、いろんな感情に惑わされたように動揺する。


「今朝方の話覚えてる?今朝というか、昼前くらいかな」


「吉田◯太郎の話?」


「ははは、確かにその辺り」


 彼が思わず笑い出した。


「なんで俺のこと好きなんだろうって話」


「……うん、覚えてるよ?」


 ズキンと胸の奥が疼く。ひどいことを言ってしまったのではないか、彼を傷つけてしまったのではないか。と多くの不安が脳内を駆け巡る。


「俺も気になってさ。だからなんで好きになったか、ここなら思い出せると思って。


「なんでここなら……あぁ」


 思い出した。はっきりと鮮明に。


 中学3年生の頃、私は彼にここで告白したんだ。忘れてた、あんなに自分の中で頑張ったことさえも。


「ねぇ、なんで俺なの?」


 意地の悪そうな笑顔でこちらにそんな質問をしてきた。

 覚えてるよ、いや、思い出したよ。

 あの時の君もそんな意地悪な顔で、ポケットに手を入れて、飴を舐めながらそうやって私に聞いてきたよね。


「理由なんかない!好きなものは好き!ずーっと死ぬまで一緒に居るの!」


 私は彼の胸に飛び込んだ。そうだ、理由なんかないんだ。好きなものは好き。大好きなんだ。


「よくできました」


 彼は唇を私の唇に重ねた。甘い、ブドウ味。


「俺さ、君に初めて告白された時に、好きという感情だけで一生一緒にいるなんて無理だと思ったんだ」


 私を力強く、しかし適度な力で抱きしめる。


「でも今は違うんだ。君を見てたら、君のためなら頑張れる。でもそれもなんでだろうなって思ったんだよね」


「なんでか答えは見つかりましたか?」


 彼は渾身の笑顔をこちらに向けて、私の頭を撫でる。


「愛の力ってやつ」


「……照れる!」


「大好きだよ?」


「それはいつから?」


「始まりなんか気にしないさ」


「それ、あの時私が言ったことだからね?」


 くすくすと笑い合う。そう、そのセリフは私のものだ。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『いや、急に好きと言われましても、なんでなの?』


『理由なんかない!好きなものは好き!ずーっと死ぬまで一緒に居るの!』


『それは、まあ、嬉しいし。俺もそうなりたいと思ってたけど、じゃあもう一つ聞いていい?』


『えー、何ー?答えは?』


『いやいや、君の思いに応えるより先に、ね』


『なんだよぅ』


『俺にその気持ちを持ち出したのはいつ?なんで俺なの?』


『いつか、明確にはわからないかな〜。でも始まり方なんか気にしない。大好きだもん』


『そうか、それはまた長いかと思われてたのかもね』


『それで?答えは?』


『俺と付き合ってください』


『こちらこそ、死ぬまで愛しますよ』


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 彼の告白も思い返せばあっさりとしてたなと思い返しながら帰り道。そんなドライなかんじも、私が告白したのに告白で返されたことも、私が恋した人らしくて好きなんだけどもね。

 あの時と同じような時間で、あの時と同じように。

 恋の始まり方なんかない。明確な要因も、そんなもの後付けでもなんとかなる。


 人はきっと誰しもが、好きという気持ちにブレーキなんかないのかもしれないね。

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