第4話
もし私がこの体じゃなければ、どんな人生があったのだろう、どんな人と出会えたのだろうか。そんなことを考えてしまう。
でもきっと、この体じゃないと私は今の私じゃないのだろう。
「おはよ。今日はどんな感じ?」
彼がドアを開ける。その他には小さい紙袋。
「おはよう。別になんの変わりもないよ」
私はベッドに横たわったまま彼にそう告げる。
昔から足が悪く、うまく歩けない私は昔からずっと入院していた。症状が悪化したのは高校の時、歩けなくなってしまい入院したのだ。それ以来学校には行けてない。
彼は高校のクラスメイト。あまり高校に行けない私の代わりにノートやプリント、果てまでは勉強を教えてくれたりする。
「今日普通に学校行こうと思ったらさ、なんか創立記念日らしくて。正門しまってたからよじ登って怒られたんだよね」
彼はケタケタと笑いながら紙袋の中を漁る。だから制服姿で朝から来るのか。
「創立記念日って知らなかったの?」
「まーったく!勉強できてもバカだからね」
彼はノートとプリント、教科書を私の机の前に広げてくれた。別に動けない訳ではないのだけれど。
「こないだの続きからやろっか。えっとー、生物だ。そうそう」
「今日もお願いします」
「なんか照れくさいなぁ」
ポリポリと頭をかきながら勉強会?授業?が始まった。
私はシャーペンを取り出すと彼の説明を聞いたら、プリントを映し出した。
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「ごめんねぇ、毎日来てもらっちゃって」
「あ、お母様。こんちゃ!お邪魔してます!」
勉強開始からある程度時間が経ち、母が来てくれた。時間は12:15、恐らく昼休憩だろう。
「俺がやりたくてしてるだけなんで全然問題ないっすよ〜」
彼は幼い笑顔をみせた。いくら勉強ができ、賢くても天然、それが彼なのだろう。
「そう、ありがとう。ごめんね、少し2人で話させて欲しいの。大丈夫かな?」
「いえいえ!じゃあ飯食ってまた来ます!」
彼はそういうとカバンの中から財布と携帯を取り出して外に出た。
「優しい子ね」
「うん、あんまりよくは知らないけど」
「ねぇ、手術の日が決まったって聞いた?」
「……うん、今日の朝に」
きっと昨日の夜にでも決まったのだろう。私には今朝方知らされたのだ。私はその辺には疎いし、良くなるのならなりたいと母に全ての判断を委ねている。そのため今朝なのだろう。
「お母さん、あなたが良くなってくれるのはすごく嬉しい。でも、もしあなたが怖いのなら、もう少し話てみるけど」
「お母さん」
下を向きそう言う母の言葉を遮るように私は母の手を強く握った。
「私、学校に行きたいの。元気になれなくても、走らなくても、みんなとおしゃべりがしたいの。だから頑張るよ。お母さんがそんな弱弱してたら私が不安になるから一緒に頑張って?」
似合わないなぁと思いつつそう言った。母が手で口元を押さえる。涙が見えた。
「ごめんね、お母さん、弱いから、すぐ……」
「大丈夫だよ、そんなに心配してくれてありがとう。大好きだよ」
ベッドから半身を乗り出し母を抱きしめる。細く、私のために父と一生懸命働いてくれている。私は本当に愛されているんだと改めて実感する。
「じゃあ、お母さんもうすぐ休憩終わっちゃうから、ひとまず勉強、頑張ってね」
母はグッとちっちゃくガッツポーズを向けると足早に部屋を出た。
1人になるとどうしても弱音が出そうになる。不安しかない手術、果たして良くなるのかもわからない。そんな不安が脳内を駆け巡る。
「怖いなぁ」
こぼした声は誰にも届かずに消えていった。
私は彼が来るまで問題を解き続けた。
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「じゃあ今日はこの辺で。お疲れ様〜」
夕方、彼が帰る支度を始める。
「お疲れ様。今日もありがとうございました」
深々とお礼をした。
「いえいえ、ところで足の調子はどう?」
「……今度手術するよ」
「そっか。それはまた大変だな」
しばしの無言。
「怖くない?」
「んー、怖いか怖くないかで言われたら怖いよね。流石に不安」
「昔さ、俺も手術したことあるんだよ。こけて骨折して。もうそれは綺麗にぽっきりいってボルトつけてたよ」
「ふ、鈍臭いなぁ」
思わず吹き出してしまった。
「まあまあ。それで俺も手術するとき、めっちゃ怖かったんだよ」
彼は笑いながら続ける。
「でも、その時の先生に言われたことがあってさ」
「ん?」
「医者を信じろ。そんで、自分を信じろ。って。なんかただそれだけの言葉がすっごく信用できてさ、だから、なんだろ」
「……」
「とりあえず!大丈夫だ!なんかうまいこと言えないな!」
彼は笑顔でそう言った。しかしそのうまく言えなかった言葉は私の中に確かに響いた。
「そっか、それはいいお話だ」
「不安になったら俺のこと思い出してみてよ。こんなに元気な奴他にいないと思うし」
「ふふ、それもそうだね」
「いろんなところに遊びに行こう、いろんなことをしよう。不安なんか俺が吹っ飛ばしてやるから」
彼は私の頭を撫でた。大きくてあったかい、ゴツゴツしているその手に私は安心感をもらったような気がした。
「ありがとう、頑張れそうだ」
「それなら良かった!いつ手術かまた教えてな。絶対見舞いに行く」
彼はそう言い残し部屋を出た。
茜色刺す部屋の中、私は顔の熱を逃すように窓を開ける。肌寒い秋風が部屋の中を駆け巡る。彼の撫でてくれた頭に残る暖かさを私は忘れはしなかった。
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運命の人はこのことを言うんだろう。心臓の鼓動が速くなる。怖い、逃げ出したい。
「あの、大丈夫ですよね?私、怖くて」
震える声で尋ねる。先生も笑顔で「大丈夫だよ」と返すが震える指先が止まらない。
「あぁ、そういえば君にとある人が訪ねてきてね。いつも来てる男の子」
私は彼に手術の日を言ってなかったはずなのに、今日も来てくれたんだ。
「彼からの伝言。『怖くても、寂しくても、絶対大丈夫。俺がついてるから大丈夫だ』って。いい彼氏さんだね」
先生は軽く笑う。
「か、彼氏じゃないです!ただの、クラスメート、友達、です」
赤くなる顔を隠すように手で口元を隠す。恥ずかしすぎて気がつけばその一瞬で緊張なんか消えてた。
「まあ、形はどうあれ、君のために、お母さんお父さんのために、そして彼のために、一緒に頑張ろう」
「はい。お願いします」
ベッドの上で、私は意識を手放した。
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「今までお世話になりました」
深々と両親とともにお辞儀をして病院を後にする。
手術は成功、しかし後遺症が多少残るらしく少し普通の人に比べたら歩きにくいそうだ。たしかに心なしから昔より歩きやすさはない。
「良かったね」
お母さんが私を抱きしめる。お父さんも私の頭を撫でた。
「……お父さん、お母さん、私行きたいところがあるんだけど」
そう、私は行かないといけないところがあった。
「うん、送ってあげる。どこまで?」
「その前に一回家に帰って、制服に着替えなきゃ」
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まだ見慣れない廊下、授業中のため誰もいない。
先生に付き添ってもらって私は教室へと向かう。おぼつかない足だが、今は昔よりはっきりとちゃんと歩ける。
「……ふぅー、緊張する」
軽く息を吐く。そして扉を開ける。
「……えっと、遅くなりました。すみません」
教室を開けるとそこには授業を受けるみんながいた。いつぶりだろう、みんなと会うのは。
そんな中、私と目があった彼がいた。二冊のノートを広げ、黒板の文字を必死に写していた、あれはきっと私の分だろう。
「みんな、お久しぶりです。ご迷惑おかけしました」
深々と頭を下げて教室に入っていく。そして自分の席に着こうとした時のことだった。
「退院、おめでとう……!」
彼が急に走ってきて、私のことを抱きしめた。彼の目には大粒の涙が溜まっていた。
「うん、ありがとう……ありがとう……」
人の目なんか気にしてられなかった。私も強く抱きしめ返した。
ずっと会いたかった。面会できない期間も彼は毎日来てくれて、ずっと私のことを思ってくれていたんだろう。
堪らなく込み上げてくる感謝が私の頬を伝った。
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「じゃあまたね〜」
「うん、また明日」
あれから早いことで1ヶ月。クラスのみんなも優しく接してくれて、足もそれなりに動くようになってきた。
「じゃあ私たちも帰ろっか」
「んー、ん?終わった?」
彼は寝ていたようだ。寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がりカバンを掴んだ。
「じゃあ帰ろっか」
彼は私の歩幅に合わせて歩き出した。私もその横を歩く。
「ねぇ、言わなきゃいけないことがあるの」
私は彼の袖を摘んだ。彼は不思議そうな顔でこちらをみた。
「あの、わたし、あなたの」
「ストップ!待って!一旦待って!」
彼は両手で私の発言を遮った。
「いや、そう言う、なんて言うんだろう。うまく例えられないけど、そう言うのは俺から言わせてほしい」
彼は真っ赤な顔でこちらをみた。
あの優しい目で、大きな手をこちらに差し出した。
「俺と付き合ってください!」
しばしの無言。
言葉を遮られ逆に告白された。私は差し出された手を引っ張ると彼の懐にすっぱりとおさまった。
「私も大好きです。これからも一緒にいてください」
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同じ歩幅で、同じ速度で。私と一緒に彼はこの先の人生も歩いてくれるんだろう。
うまくは走れない、ただ心の中のこの感情だけは全力で、一直線に走り出していたようだ。
この体だからこそ、彼と歩んでいける。そんな気がした放課後だった。
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