曰く付き物件 後半

「泣かないで、大丈夫かな……てかこの話はもう虹雨にしたやろ、何度も言わせてすまんな」

『いえ、大丈夫です。聞いてもらえるのが嬉しくて』

 キミヤスはボロボロと泣く。止まらない。


「キミヤスは母親の辛さを見かねてSNSに書き込みをしたり、時折尋ねる介護士さんに話をしていたそうだがどこも同じ、と言われてまともに聞いてくれる大人がおらんかったそうや。ちゃんとそこで大人が動いてたら……」

「そうや、キミヤスがこんなに泣くなんて余程のことや……お父さんもしっかり介護して理解してくれてたら」

「と、ここまではよかった」

 と虹雨が話を区切る。


「なんなん、ここまでは、て」

「そのあとキミヤスのお母さんも浴室で首掻っ切って死ぬんやけどもそれでちゃんちゃんでなかった」

「そやな、それで終わったらもうとっくに除霊は終わっとったわ」

「やろ?」

「虹雨が解決して僕が巻き込まれることはなかった……」

「そや」

「……そや、やない。なんで僕がここにきてお母さんとおじいさんは除霊できたか」

「まぁ最後は俺が除霊したが」

「それはお前の仕事」


 そう、由貴には除霊の力はほとんどない。全くないわけではないが。


「……キミヤスは知らん、親たちの事情があったんや」

「何、事情って」

『……え』


 虹雨は立ち上がって話を始めた。


「お母さんは介護をお父さんから押し付けられた。上下関係がはっきりしとる、いわゆる亭主関白」

「そんなんやなくてぐうたら親不孝息子や」

 虹雨はキミヤスに目線をやってから由貴を見る。


 由貴はハッとした。

「キミヤスの父親のことやで、言葉慎め」

「すまんなぁ、キミヤス」

『いえ。僕にはとても優しくもあり厳しくもありましたしが好きでしたし、母は父を慕ってました……でも僕よりも母に当たりは強かったと思います。子供ながらに思ってました』


 キミヤスは高校生くらいであろう、子供の頃から父と母の関係をそう感じ取っていた。


「キミヤスがいないところではもっとあたりはきつかったんやろ。子供には見せんかんじで」

『はい、でもときたま母が失敗をしたりするとお母さんはダメだなぁとか目の前で叱ってました』

「そこや。そしておじいちゃん、つまり自分の父親に対しても……」


『……昔からあまり仲良さそうではなかったです。おじいちゃんも昔亭主関白みたいな感じで。過干渉されるのが嫌で逃げるように東京に引っ越してから一緒についてきた母と結婚したというのは聞いてました』

「出身は」

『岐阜です』

「同郷や……」

 由貴は自分たちとキミヤスとの意外な共通点に驚いたのだ。


「そや、俺ら三人同郷なんやて。偶然やろ」

「そやな。てか東京に来ると方言言わんようになったけども虹雨と再会してからは戻ってしもうた」

「俺はずっとこの調子やったわ」

「だから視聴者にも胡散臭いって言われるんや」


 由貴はナァ? とキミヤスに同意を求めると苦笑いしながら頷いた。


「んで、そこがポイントや」

「ポイント?」

 虹雨がババーンと人差し指を突き出す。


「もともとキミヤスの親2人、じいちゃんは岐阜の人間……俺らもそう」

「で」

「多分この家の中でも普通に岐阜弁は使われとった。どや、キミヤス」

 キミヤスは首を傾げる。


「多分キミヤスにとっては普通と思ってたけどそれが岐阜弁であった可能性もある」

「なるほどなぁ……」


『でも友達には指摘された。なんかちゃうって。関西弁かとか言われたけども……恥ずかしくてあまりよう喋らなかった』


「出た、普通に岐阜弁使っとるわ。友達もいなくてこれまた家の中にいた母親とよく一緒にいたからな……キミヤスは」


 少し無礼な言い方でもあるが虹雨はキミヤスとは色々話をしていたらしい。


「虹雨は口も悪いやろ」

「口も、の、もは余計」

『優しい方です』

 ほらみ! と虹雨は笑う。


「まずもって虹雨はここを事故物件でありルームロンダリング目的で住んだ。キミヤス、そして浴室のお母さんとおじいさんの存在は知っていた……」

「そや」

「浴室は怖なかったんか」

「俺の時はあの2人は暴れなかったから塩を撒いておけば平気やったわ」


 キミヤスは2人の話になると顔が曇った、それを由貴は見逃さなかった。


「……なんでだ。僕と虹雨の時との違い」

『お父さんが由貴さんと体格が一緒なんです』

「僕と虹雨の違いは背丈の違い。……お父さんは187センチくらいか」


 キミヤスは頷いた。


「そう、背丈も同じで方言も同じ。東京に同じような男性でここに来られるのはいない。そこでお前が風呂場に入った……あの2人は……」


『日常的に暴力を受けていました』


 由貴は絶句する。他の2人の目立つところにもキミヤスの身体を見ようとするが日常的な暴力と思われるような痕はないことに気づく。


「……キミヤスくんもか、大丈夫か」


『毎日のように怒鳴られていました。おじいちゃんも粗相をするたびに……、母は特に……。東京に来てから父が変わったんです』


 キミヤスは泣き出した。


「目に見えない暴力や。三人は心を抉り取られたんや。だからお父さんと同じ体格のお前を見た瞬間におじいちゃんとお母さんたちは悲鳴を上げた。……また罵られる、怒られると」




 部屋の中はさらに雰囲気が暗くなるが由貴は立ち上がってキョロキョロしだす。


「お前も気づいたか」


 浴室とこの和室にはそれぞれ幽霊は残っていたが確かに父親と思われる男の幽霊だけ見当たらないのである。


「ああ、住んだ当初っからこの部屋にはお父さんはいなかった」

「……でもキミヤスくんはお母さんがお父さんも殺したと言ってたけどどこで殺されたんや」


 由貴はキミヤスに聞くが特に何も答えようとしない。


「……調べたところ、お父さんはそのベランダから落ちて転落死。あくまでもお父さんは転落死とされている」


 と虹雨が言うとベランダの窓がいきなり開いた。2人は何かしらの殺気に気付いて立ち上がる。


「さっきキミヤスくんはお母さんが殺した……と言ったがベランダから突き落としたと、そう言うわけやな……」


 由貴がキミヤスを見ると彼も立ち上がった。表情は変わらないがベランダから風が吹き荒れどよめいた霊気が渦巻いている。


「お母さんはいくら介護してたからと言って高さのあるベランダから僕くらいの大きなお父さんを落とすことができるか?」

「……できるわけないやろ、なぁ、キミヤス」


 声をかけた途端にキミヤスは目を大きく開けて叫び始めた。

『ああああああああああ』


 ベランダの外からは彼の父親のけたたましい怨念が四階まで上がってきた。


『僕がお父さんを落とした……人生狂ったのはあいつのせいなんだ』


 虹雨は手を組んだ。除霊の準備はできている。


『もうこれ以上僕を苦しめるなああああああああ』


 ベランダの外からは

『うああああああああああああ』

 低く唸るような声というか地響きと風。


「なんや、なんやっ! 外からも中からもっ……」

「由貴、お前が下に落ちて死んだお父さんの霊をここまで吸い上げたんやて」

「しまった、僕の能力忘れてた!!!」

「んなことあるかっ!! あああっ、俺の服が! 布団がっ!!!」


 部屋の中で二種類の霊気がグワングワンと入り乱れる。室内も荒れに荒れ、由貴は大切な機材と貴重品はとっさに浴室に移動させたが虹雨は間に合わなかった。


 親と子の憎悪と憎悪のぶつかり合い。

ベランダから落とされた恨みと人生を大人たちの都合で壊された恨み。

 そこにもう一つの恨みが生まれる。


「部屋の中荒らしやがってぇええええええっ!!!」

 現住人の虹雨だ。いくらルームロンダリングであれどここまで荒らされたら元もこうもない。


「親子喧嘩は他所でせえええええええええええ!!!」


 その虹雨の一喝で渦は外に出ていった。すると夜は一気に開け朝になっていたのだ。2人は力尽きて昼過ぎまで眠りにつくのであった……。


 由貴の夢の中。




 あの時だ、山で遭難して重傷を負った時のこと。霞みゆく意識の中、1人の大きな男がスタッと降りてきた。天気も悪く薄暗くなっていく中、その大きな男に担がれる。

 誰かわからないが助かった、と由貴は最後の力でしがみつく。


『本当になんでもするんだな、最後の確認だ』


 その声に由貴は


「はい」


 と答えたことを今になって後悔しているか、と言ったら嘘になる。


 命を助けてもらい能力も授かり幽霊がみえるようになった事でいろんなことが起きて大変であったし、大人になってからは君悪がられて仕事も何も続かず、この能力なんていらない、こうなるのならあの時に……だなんて思ったことは何十回もあった由貴ではあるが。


 だが一緒に助かった虹雨がこうして今も横にい……



「ってすぐそばで寝てるぅ!!!」


 目を覚ますとベッドの上、すぐ隣には虹雨が涎を垂らしていた。


 昨晩あんなに部屋の中が荒れていたのにも関わらず窓ガラスは割れてない、物も壊れていない、荒れていた部屋が嘘のように綺麗になっていた。そして由貴は自分が肌着とショーツだけであることに気づく。


「なんでや、いつの間に着替えたん?」


 すると虹雨がぬくっと起きた。


「おう、起きたか……」

「起きたかって、何呑気なことを。昨晩のことは夢だったんか??」

「は? 夢ではない」


 由貴は部屋を見渡すとキミヤスがいた和室、父親が落とされたベランダには何も気配がなく、母親と祖父のいた浴室も同様に何も無くなっていた。


「面倒やで一気にまとめて空に送ったわ。疲れたー」


 虹雨も肌着とボクサーパンツ。メガネをかけて床に落ちていた部屋着を着る。


「あんなに部屋が荒れていたのに……きれいになったな」

「あー、それな……」

「ん?」


 ぐううううう……


 2人同時お腹が鳴った。目を合わせて


「食べよか、ブランチだけどなこの時間やと」

「そやな、食べたい……」

「そこに服置いてるからまた今日服を買いに行くで」


 だが既に台所からいい匂い。スープと目玉焼きとベーコンの匂いもだ。


「次は火事か?」

「あほ、火事やない……」

「ならなんや」

 匂いする方向、台所に行く。いい匂いが近づいてくる。

「……先に虹雨が作った? いや、ちゃうな……」

 由貴は匂いと同時に何かを察した。


『よっす! おはよう……て、誰あんた』

「あんたこそ誰」

 台所に立っていたのは1人の若い女性、少しギャルっぽい。

 そんな彼女が朝食を作っていた。


『……虹雨の彼女だけど、ふふふ』


「ハァ? 彼女?!」

 そんなわけないと由貴は昨晩あの家族以外生身の人間は2人きりだったのにと……。でもわかっていた。


「……虹雨、説明してもらおうか」

 虹雨は目を泳がす。


「彼女って言い方があかんやろ……勝手に好きになっただけやろ」


『ひどい、こーちゃんっ』


「こーちゃん?! 幽霊の彼女に……こーちゃんだなんて呼ばせてるのかよ」

「るっせぇ! ちゃうわ……勝手に朝食作る料理好きなギャルが付き纏ってるだけなんや」

「ふーん……」


 由貴は鼻で笑う。昔からこいつは女の子にはモテていたなと思い出す。


「もうええ、帰っていい……いつもありがとう」

『いつもって……てかお友達いるなら言ってよねー。こーちゃんの分しかないんだから』

「あとは俺がやる、もうこいつがいるからお前はもう成仏せえ」


 ボムっ


 とギャルがえっとした顔をして青い炎に包まれて消えた。


「うわー、簡単に女を捨てた……」

「また人聞き悪い。勝手についてきただけやし本当は成仏せなかんなにズルズル居座ってたからええんやて」

「うわー、一番タチ悪いやつや、昔からそうなん……女の子をその気にさせて。幽霊の女の子もそうするんやねー、こーちゃん」

「こーちゃんうるさい!! 今から朝ごはんお前の分まで作るからあっち行ってろ!」

「へいへーい」


 由貴はダイニングに行き料理の音を聞きながら待つ。


「ちなみに部屋の中をきれいにしてくれたのも、こーちゃん親衛隊かい?」

「だからその言い方っ……まぁそうだが……呼べば来る」

「すげぇな、お前上手く使ってんなぁ」

 虹雨は2人分の朝ごはんを器用に運ぶ。

「使わないと勿体無いやろ……あの時の様子だとうまく使えてなかったんか」

「……まぁな、てか普通に美味い」


 と由貴はペロリと目玉焼きを口に頬張る。


「実家の居酒屋賄い目玉焼きや、もっと味わって食べろ。でも相変わらず豪勢に食べるよな……ラーメン屋の時もあっという間に特盛からの替え玉おかわりだったしな」

「久しぶりのご飯だったし……てかその動画残してある?」

「残してるけど?」

「ならいい。また後で動画編集しなきゃな。あのコンビニもあるし」

「おう頼んだ。そうだ……あれも」


 虹雨は席を立ち浴室と和室の部屋にあったかと思うと2台カメラを持ってきた。


「昨晩のキミヤス一家退治もええリアクションやったでぇ!!」

「浴室の時は知ったったけど他にも隠しカメラあったんかー!」

「もちろん!」

「幽霊操れるならキミヤス一家も自分で除霊できたろ……ハメやがって!」


 由貴は怒りのあまり虹雨の分の朝ごはんも一気に平らげた。


「あっ、お前ー!!!!」

「女たらしの騙し屋こーちゃん!」

「うるせぇ!!!」


 そんなこんなで2人の再会は良かったのかどうかはまだいまの時点ではよくわかってない。


終わり

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最強な2人。(最悪で最高な再会) 麻木香豆 @hacchi3dayo

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