曰く付き物件 前半

 由貴はひさしぶりに部屋になることができたのか心がホッとしている。


 先程ラーメン屋での由貴にまとわりついていた足だけの女と、ラーメン屋の元バイトの亡霊を同時に除霊し、ついでに撮影もしたところでへとへとでもある。


「由貴、まずお前シャワー浴びてこい」

「なんで」

「金木犀かなんだかしらんがそんな匂いのやつ入れられん。早入れ」

「金木犀の匂いダメなん?」

「金木犀はぜんぜんええで、でもお前の体臭と混じったその匂いはやっぱ無理。あとさっきのラーメン屋でのニンニン増し増し背脂こってこてのラーメン食ったから息が臭い」

 すると由貴は虹雨の口元を鼻に近づける。虹雨は身を逸らす。

「なんや、めっちゃ近い」

「虹雨も臭いから一緒やん、先入れ」

「2人ともおなじ匂いやからってへいきやないし、先入れって……ここは俺んち!」

 虹雨は地団駄を踏む。が、その地団駄で履いていた安物のローファーの靴の底が抜けた。


「あー、やってもーたー」

「ご愁傷様です」

「……使い方間違ってるわ、くそ。また買わなかん」

「虹雨、そのスーツもいまさらいうのアレだけどサイズ合ってないしほつれて皺々」

「わかっとる! 撮影の時だけやっ……また金入ったら買うわ!」

 何故かずっと怒りっぱなしの虹雨。さっきの除霊が相当手こずったようだ。彼の除霊は説教タイプで二体もやったわけでその怒りのまま家に帰ってきてしまったからである。


「じゃあ先に風呂入らせてもらいますー」

「あーわかった、ボタンピッと押せば歯を磨いて着替えてる間にお湯入っとるで」

「虹雨もまぁええとこすんどるのやなぁ」

 由貴は独り言を言いながら浴室前の更衣室で着替える。


 マンション自体は古くて四階建てだが虹雨の部屋は全体的にとても新しめでフローリングや浴室、更衣室もリフォームしたくらい綺麗である。

「……でもそれなりの理由あるな、虹雨」

 由貴は上半身を脱いでこれまた真新しい大きなドレッサーの鏡を見る。


「こんにちは」

 由貴の横には女の人が立っている。何も声を発しない。


「……できれば部屋から出てってもらいます? 今から着替えるのであなたがいると着替えるのも……」

 女の人は全く動かない。


「なにもしなさそうやな……」

 由貴はそうだと気づき全裸になって風呂場に入った。本当に女の人は動かなかった。


 が、由貴が浴室に足を入れた瞬間。

「うわ、やば」

 そして足を床につけた……一瞬にして浴室が一気に真っ赤になったのだ。



「うわああああああああああっ」



「虹雨ーっ!!!」

 浴室のドアは案の定鍵がかかったように全く開かない、が原因は一目瞭然。ドアのすりガラス越しにさっきの女の一つが立っていたのだ。

「何もしないと思ったけどなぁ……すごい力だ……」

 すりガラス越しで表情ははっきり見えないがなんとなく影で口元が笑っているように見える。虹雨は見慣れているせいか女の人に関しては怖くないが、真っ赤になった浴室はさすがに無理である。


「あいつ、これを知って僕を浴室に入れたなっ」

 真っ裸な由貴の前に1人の男の人が立ち尽くしていた。彼も真っ裸だが全身赤い……血だらけで上半身しかみえない。背丈は180もないくらい、由貴とおなじくらいであろう。ちなみに後ろの女の人は160もないと推測した。


「この女の人とあなたはどういう関係ですか。それよしかなんでここにいるんですかっ! そっちが知りたい」

 冷静さを保てない由貴。いくら叫んでも虹雨はやってこない。


「うぉーーーーおーーーー」

 男の人は叫ぶ。浴室に反響する。

「うるさいっ!! 落ち着いてや、落ち着いてくれや!」


 すると背後から

「ひゃーーーーーーーっ!!!!」

 ドアを押さえている女の人だ。どこから出してるか分からないくらいの高音の叫び声。


「まじ、やめろやーーっ! 2人とも落ち着いてーーー」

 2人とも叫びは止まらない。


「虹雨ーっ!! もう無理やっ……無理矢理!!!」






 そのときだった。


「うるさいわボケっ!」

 浴室の外から虹雨の声が聞こえた。

「聞こえとったんかい!!!」

 由貴は外にいる虹雨にツッコミをする。外の女の人の影が消えたと同時に叫び声が止み、男の人はぐたんと倒れた。


「女は退治した。あとはそのおじいちゃんやな」

「おじいちゃん? てかお前僕をはめやがって」

「はめた? ちゃうやろ、お前が引き寄せたんやろ」

「おまえずっとこの家に住んどったら知っとるやろ……この幽霊!」

 と勢いよく由貴が浴室のドアを開けると目の前にスマホを構えた虹雨が立っている。ちなみに部屋着に着替えていた。

 慌てて由貴は大事なところを隠すが男の人は倒れて横たわっている。よく見ると「おじいちゃん」であったのだ。


「なんや、この浴室は……」

「任せとき、タオルで手を拭いて。はい、スマホ持ってくれや」

 と虹雨は由貴にタオルを渡してスマホを持たせた。

「大丈夫、後で編集できるやろ」

「だから答えろって」

「……早急にせなかん」

 虹雨は横たわった男の人の体に手をあてる。


「あああああっ」

 か細い声で何かを言いたそうである。虹雨はいきをすうぅと吸い込み……

「ええ加減に静かにせぇ!!」


 その声は浴室内に響き渡り、由貴は腰が抜けた。そして男の人は消えて一気に浴室は元通りになった。


 由貴は腰を抜かしてしまった。見慣れてはいる幽霊なのにやはり慣れないもので。

「お前、ナイスリアクション。ええの撮れたで」

「その映像撮りたいだけやったろ……ほんといい加減にしろよ。あれ知ってたくせに」

「……まぁ後で話すからシャワー浴びろ」

「もう大丈夫やろか」

 由貴は不安になるがこのままでは風邪をひいてしまう。虹雨は間を開けて

「たぶん」

 と言い、脱衣所に置いてあった牛乳パックくらいの大きさの箱を手に取り風呂場に向けて何かを振りかける。


 ザザっ!

「あぶな、何かけ……ソルト?! 塩?!」

「塩」

「体浄化しとけ」

「ありがとよ」


 2人は昔から塩はよく使っていた。子供の頃、地元の寺の僧侶から彼らの除霊活動を知っていたのだが自らの経験から塩で清めると良い、と言われて子供だった2人はそのまま鵜呑みにしてずっと塩は手放せないアイテムとなっているだけでもあるが。


 いろんな塩があるが当時子供だった2人が手に入れやすかったのが家の台所にある食用食塩であった。

 虹雨が今使っているのは大量に入ってて持ちやすいボックスタイプの食塩。

「海外製のこれよりももっと大容量の入浴剤のソルトも良かったんだがやっぱこれだな。実家の居酒屋でも使ってて便利だ」

「僕は小さいサイズの……今はないけど」

「あと……」 

「「スプレー式消臭剤」」

 2人は声を合わせたかのようにおなじことを言う。そして笑った。


「さっさと入れ、風邪ひくぞ」

「おう、悪いな。さっきまで血塗れだったのに……にしてもこの風呂場で爺さんはどうやって死んだんだ」

 由貴はジャポンと湯船に浸かる。風呂場の外、脱衣所から虹雨の声がする。


「ん? 外にいた女がその爺さんを風呂場で殺した」

「塩! 塩! もっといれろぉおおおお!」


 由貴は風呂から出て虹雨の置いた塩を浴槽の中にこれでもかと言うくらい入れたのであった。





 そして温まって出てきたが気持ちは冷え切っている由貴は脱衣所のカゴの中に服が入っているのに気付く。タグを見ると自分のサイズである。自分よりも小さい虹雨のものではない。下着も肌着もある。

「まさか……」

 慌てて着替えて濡れた髪の毛をタオルで巻いてリビングに行く。

「虹雨、この服……」

「その服を買いに近くのドラッグストアに行ってきた」

「そか、今時のドラッグストアは色々揃うな」

「そやな、地元もドラッグストアだらけやけど都会でも便利やな」

「……ってそれ口実に俺を浴室に1人にさせやがって……」

「口実にってなんや! せっかく買ってきてやったのにすぐ脱げ! 俺んちで寝るな、裸で外で凍えてろ!」

「なんや、鬼やな! 鬼畜や!」

 由貴は虹雨にさらに詰め寄る。

「さっさと話せ、この家のこと。そして……」

 リビング奥の和室を指さす。


「あそこに座ってる男の子のこともな!」

「……あー」

 畳の上に男の子が座っているのだ。


 その男の子は青白い顔して二人を見ている。

「あ、キミヤスくん。怖がらんでもええ。こいつは俺の幼馴染や」

 キミヤスと呼ばれた男の子は由貴に会釈をした。

「ども、由貴ですーっ……て。キミヤスくん?! お前、名前しっとんのか」

「この子は元々の住人やし、結構話したら仲ようなって」

「かと言ってまず紹介してくれや。奥におって気づかなかった」

「それはすまん」

 キミヤスはまたペコリと頭を下げた。なんかなぜかそれが申し訳なくなった由貴は虹雨とともに彼の前に行き座った。


「まず違和感はアパートの外観とこの部屋の中。外は古いのにこの中だけめっちゃ綺麗、リフォーム仕立て。こんな綺麗なとこそんなに収入なさそうな虹雨が住めるわけない。つまりリフォームしなきゃいけない事情とその事情で安くなった家賃で住めた、てことやな」

「……正解」

 虹雨はさっぱりと正直に認めた。つまりこの部屋は事故物件であるのだ。


「事故物件に住むのも訳あってな。事故物件を抱えて入居者がおらず他の部屋も借りられず大家が借金抱えてしまうという話聞いてな」

「……よく聞く話やな」

「映画でもあるやろ、ルームロンダリング」

 由貴は首を傾げた。そんな映画あったかと。

「事故や事件が起きた部屋に住んで何事もなく過ごして退去するってやつ。そうすればその次に住む人に一個前に事故物件でしたと言わなくてええやつ。まぁその映画の主人公も霊と対話ができるやつやったな」

「まさかそれで稼いでるのか」

「それも仕事の一つや。ここで何軒目やろ……ついでに除霊すれば報酬もらえるんやでぇ」

 虹雨はニヤッと笑った。


「うわー……そんなええ仕事どこでもらうんや」

「あ、由貴……興味持った? 紹介したろか。一応下請けやけど、俺らの地元の探偵事務所からの依頼でな……」

「なに?! 教えてくれ」

 と由貴が食いついたところでキミヤスがか細い声で


『あの、すいません……盛り上がってるところですが』

 割入り、二人は我に帰った。

「すまん、キミヤスくんのこと忘れとったわ」

「ごめんね」

『いいえ、2人の間割り入ってしまい……』

 キミヤスは肩身狭そうにして遠慮してた。さっきの二人の霊とは大違いである。


「ルームロンダリングはさておき、ここでどんな事件おきたん。キミヤスくんも巻き込まれたってことやろ」

 キミヤスは頷いた。


『母が半狂乱になって祖父と父と僕を殺しました』


『祖父をこの家で介護してたんです。僕と母で介護してたのですが祖父の息子である父は仕事が忙しいという理由で全部僕らに押し付けていました』

「それはいかんやつや! 自分の親の世話を嫁や子供にまかせっきりなやつ」

 事情は知ってる虹雨が合いの手を打つように話す。由貴はその辺はスルーした。


「んで?」

『……そう言われると僕もなんかアレですが、僕も世話して祖父がだんだん具合がひどくなると嫌気さしてきて手伝うのが嫌になってきました。子供の頃一年に一回会ってお年玉もらったり遊んでもらってたのに』

「でもなんかその気持ちわかるかもしれん」


『でも手伝ってはいましたが母に負担いってたのは確かです。下の世話や汚いものの処理は全部母任せで……風呂も母一人で入れさせてました。と言っても体を洗うだけで週に数回訪問介護の方が来てくれて一緒に入れてました』

「そうか、あそこにいたのは入浴させている時だったのか……」

「ちなみにキミヤスのお母さんはずっと主婦でお父さんはそれなりの給料もらってた。だから育児や家事以外は自由で読書買い物したりと気ままに過ごしてたらしいがいきなりの義父の介護に自分の生活を狂わされたらしい……」

 とまともに解説を入れる虹雨。

「その解説は助かる」

「なんなん、由貴。話の合間につっこむな、話聞いたれや」

 キミヤスがまた申し訳なさそうに二人を見ている。

「すまん。んで……?」


『ある日、母がいつものように一人で風呂場に祖父の体を洗いに行ってる時でした。変な音が聞こえて、僕はここで本を読んでました。おかしいと思っても行かずにここにいたら血まみれの母が出て来て刺されました』


「いきなり?! そのまま死んでしまったんか……」

『でも意識はあったんです。喉元を切られて血がたくさん出て部屋の壁や床に僕の血が……。で、倒れて。少し時間経って夜になってからいつものように父が帰ってきて倒れてる僕を見て異常に気づいた父は血まみれで座ってる母と揉み合いになって父は死にました』

 由貴は言葉が出なかった。


『きっと介護してきたから力がついたんでしょうね……介護士さんとか周りの人に迷惑かけたくないって自分一人で抱え込んで……』

 キミヤスはボロボロと涙を流した。

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