最強な2人。(最悪で最高な再会)

麻木香豆

本編

 とある地域の天狗山に日本の幽霊の治安を取り纏める天狗様が住んでいた。その山で遭難し負傷した小学生だった由貴ゆき虹雨こうにとある能力を授けた。それは霊視能力。


 そして彼らは天狗様の指示の元、街の幽霊達の治安を守ってきた。彼らはヒーローとして崇められてきた。しかし高校卒業後、運命の悪戯で離れ離れになってしまったのだ。






 あれから十年以上経つ。


 肌寒い冬。とても冷え込み夜はもう凍え死ぬほど寒い。

「もう僕はダメかもしれん」


 都会のとあるビルの屋上。由貴は仕事でここの清掃に来たことがあり、夜は屋上に行けることを知っていた。


 夜景が遠くに見える。このビルは市街地にある寂しげな場所に建っている。


 彼は大学卒業後、一度は家電販売店の正社員として働いたのだが、過大なノルマやパワハラで精神を病み一年で辞めてしまい、その後はアルバイトで食いつないできた。

 しかしここ数年の不景気と由貴の遅刻が重なりクビになってしまったのだ。


 実家に帰る金も無く、実家との折り合いも悪く連絡も取っておらず、かつ公共料金も家賃も払えずに今度住んでいた部屋から退去命令、そして借金だけ残り、頼る当てもなく露頭に迷って最後にこの屋上に来た。落ちこぼれになっていたのだ。


「こんなに真っ暗だなんて。僕の最後の死には相応しいなぁ」

 日中はここまで暗くはない。夜に来たのは初めてである。あまりの暗さに少し驚いている。


「ああ、それでええんや……一度はいい思いしたから、あの頃にな」

 柵を越え、そっと目を瞑る由貴。足はガクガク震える。


 その時だった。

「それでいいの?」

 と声がした。


「えっ」

 由貴の横に黒ずくめの長髪の女の子が立っていた。


 よく見てみると女の子の手にはかぼちゃの何か。それが仄かに光っている。

「カボチャのお化け?!」

 由貴は目を擦ってもう一度見る。

「ジャックオーランタン」

 女の子は差し出す。格好はそれに合わせてなのか猫みたいな格好だ。しかもミニスカート。そして谷間が見える。由貴はドキッとした。目線に困る。

 しばらく女性と話してはいないからだ。そしてあまり女性に免疫がない。ダメだと思いながらも何度かちらちらと見てしまう。


「いやいや、君……なんでそこおるんや」

「あなたこそなんでここにいるの?」

「それは……」

「ハロウィンのコスプレ撮影しにきてたんだけどさ、それは全部嘘で。カメラマンの男に暴行されて……そっから記憶がないんだ」

「うげっ……最悪やな」

「……誰か私を助けにきてくれないかな」

「このビルの中にいるってこと?」

 うん、と彼女は頷いた。

「まだここにいるってことは探せばええんやけど……俺は今から……」

 と地面を見た瞬間。


「バカ! 何やってるんや!」

「わぁっ!」

 男の声が聞こえて由貴は後ろから引っ張られて柵の中に倒れ込んだ。


「いててっ、このっ。何しやがるんや!……ん?」

「……由貴?!」

虹雨こう?!」


 何故この誰も知らないような場所に数年ぶりの幼なじみの再会があるとは。互いに驚いていた。昔との格好は違えど、暗い中だけどすぐわかった。


「由貴、こんな屋上から飛び降りようとして……」

「それはその……あっ!」

 由貴は振り返った。もう一人柵の向こうにいた女の子のことを思い出したのだ。


 だが柵の向こうには誰もいない。

「……もしかして女の子、飛び降りたんじゃ」

 由貴は慌てて階段を降りる。

「待て! 由貴。落ち着けや!!」

 虹雨も追いかける。


 下まで行くが誰もいないし何も落ちていない。

「なんやったん? あの子は……」

「……由貴もみえたんか、あの子」

「虹雨もみえたん?」

「まさか」

 虹雨はうなずいた。



 この二人は幼稚園の頃から幼馴染で、虹雨が投げた紙飛行機が由貴の頭にコツンと当たったことがきっかけだ。子供の頃というものはそういう些細なことでよく喧嘩があり、二人はしょっちゅう喧嘩した。

 神経質で頑固ですぐ泣いて気を引かせようとする虹雨に、鈍臭くて不器用な由貴がどんぐりをたくさん拾って渡して和解していた。


 そんな2人が再会したのだ。由貴は虹雨に抱きつく。

「な、なんや……由貴!」

「とにかく助けてくれてありがとう!」

「死のうとしてたんやな、満月の引き潮の時間……弱ってるお前を誰かが連れて逝こうとしたんや、あっちの世界に、っぐうううっ!」

 ぎゅうううっと由貴はさらに抱きつく。由貴の方が背が高いため虹雨は苦しむ。


「苦しい! 昔よりお前大きくなっとるし、なんやこのくっさいにおい!」

「死ぬ前にと、なけなしの金で入った銭湯のボディソープの匂い……」

「どきつい」

「確か期間限定、金木犀の匂い」

「やめてくれ、匂いがうつる!」

「……たのむ! 虹雨。しばらく家に入れてくれんか!」

 由貴は頭を下げる。


「お前と全く連絡取れんくなって同級生からも聞かれたん。お前の由貴はどうしたんやって」

「お前の由貴、て言い方」

「……僕ら仲良かったからな」

「お前の由貴。ねぇ」

「くりかえさんでもええ。おばさんに聞いても連絡取れなくなったからってもしかしたら最近流行りの神隠しかもしれんって大騒ぎしてんぞ」

「神隠しに最近ってあるのか、どちらかといえば昔やろ。それに家族とはもう縁を切ってる!」

「……まぁ、そうだろな」

 虹雨はある程度事情は知っている。2人は途中コンビニに寄った。古いコンビニである。

「お前、ここきたことあんのか」

 由貴は嫌な予感しかないような顔して店内を見渡す。

「なんとなくここに足が……てかなんで虹雨はあそこにいたん?」


 コンビニといってもチェーン店ではない昔酒屋だったところがコンビニ風にしたようなお店である。棚には何故か水中花やぬいぐるみが飾ってて蛍光灯も薄暗い。チカチカする。


「……あのビルにお化けが出るって噂で聞いてな。撮影に来てたんや……って由貴、少し盾になれ」

「え。なに」

 由貴の背の高さを生かして虹雨は身体の隙間からスマホのカメラをどこかに向けている。由貴は気になって見ようとするが虹雨につねられる。


「撮影ってなんなん。今もそれか?」

「……俺、恐怖系動画チューバーやってん」

「まじかよ……まさかお前、あれを利用して」

 虹雨はコクリと頷いた。

「そこまで金にならんがあれの力でな」

「うまくやってんなぁ、その手があったか」

「それしか俺には能がない」

「でも見たことない、恐怖系動画チューバーだなんて」

「まだまだこれから、これから伸びてく」

「何年やってんや、実家の居酒屋で働いてたんやないのか。それにその怪しい格好」

 明らかに由貴のラフな格好と不釣り合いな全身黒スーツにサングラス、おかしい。


「居酒屋辞めて上京してもう8年、これでやってる。あの時の金は全部居酒屋経営の借金に回ったからなーほとんど居酒屋の売り上げでなんとか実家は生活してるようなもんや」

「てか八年前から東京におったん? うまくいってるのか」

「さっきも言ったろ、金にならん。うまくいってたらいまさらこんなことしてねぇやろ」

「……スカひいた」

「スカって、ひどいな。でもお前と再会したからうまくいきそうな気もする。感じないか? さっきのカラッとした空気からじめっとした空気感」

「もうさっきから気づいとる……」

 由貴は商品を見ながらもスマホで『恐怖系動画チューバー』と検索して探す。虹雨がいうよりかは意外と多かった。いつもKPOPアイドルとブラックミュージックと子犬の動画しか見てないことに世界の狭さを感じた由貴。


「あ、あった。……何、コウ先生の除霊教室……幽霊に説教?!」

「今、鼻で笑ったやろ。てかよく見つけたな」

「映像には何も映ってない。やばい黒尽くめの男が説教してるだけや」

「実際にはいたんだぞ。動画にしたら映らん。でもなそこの地縛霊に苦しめられてる視聴者からメールもらって行って幽霊見つけて説教したら成仏するんだよ……まぁその様子は一部ユーザーからも人気なんや〜」

 にこーっと嬉しそうに虹雨は笑う。その笑顔は昔と変わらない。

「多分僕も立ち会えば見えたかもしれないけどみえない人にとっては虹雨はやばい人だよ。昔のあの頃は僕ら子供だったからよかったからであってさ。てかコメントもヤバい、通報案件だとか、アンチ……コメント数の割には登録者少なっ、てあれ?」

 この冷めた由貴の返しも変わらない。2人は子供の頃と同じような掛け合いをしていく。


「お前と話しとると昔の頃を思い出すなぁ、よう幽霊退治したあの頃……って、虹雨?」

 由貴の横にはいつのまにか虹雨がいない。ふとさっきから寒気がする右腕の方を触ると鳥肌が立つほど冷えている。真後ろにチルドコーナーがあるからなのか? いや違う、と由貴は現実逃避してるのではと右を向く。


「……まさか……ってうわああああああっ!!!」

 さっきまでレジに座ってきた店員らしき人が由貴の横で立っていて、顔が真っ青で尚且つ首が横に折れている。すかさず由貴に向かって襲いかかってきたのだ。

「うわあああああっ、僕は何もしてない! 何も!!!」

 腰が抜けてカゴごと床に落として商品が散らばる。


 由貴は昔から幽霊はみえはするが、ビビリで良く泣いていた。

「虹雨ーっ!! どこいったん! たすけてくれやあ!!!」

 ガチャっ


 と音がした。さっきまでいなかった虹雨が持っていたスマートフォンをどこからか出した長い三脚を取り出して組み立て置いた。

「さすが、由貴。ええリアクションありがとう。あとは俺がなんとかする……」

 冷静沈着な虹雨が由貴の目の前に立つ。


「まさか僕の驚いてたところ撮影してたんか!!!」

「その通り! 普通の素人じゃ取れんリアクション」

「ひどっ。でもヤバいよ、だんだん大きくなってる!」

 店員の折れた首からまた人の首が出てきた。女性くらいの大きさが男性の体に変化してさらに大きくなる。

「え、これなんや……」

「虹雨、なんとかするんじゃないのか? ほら、昔みたいに……それにあの動画みたいに幽霊に説教して……」

「ヤバい、これは逃げろ」

「は?」

「これはダメなやつだ、撤収!」

「だめなやつって? 置いてくな!! 僕はみえるだけなんや! 知っとるやろー」


 だだだんんんん!


 店自体が揺れる。警報が鳴らないから地震ではない……。

「ドア開かん!」

「嘘だろ! おい、誰か開けてくれ!」

「こんな人通りの少ないところ、だれがたすけてくれる!? てか由貴がここ入ったんだろ?! もっと有名なチェーン店のコンビニ入ればっ!」

「お前が俺の能力使って面白半分でくっだらねぇ動画をふざけて撮影したからこの幽霊は暴れとるんやろが! そもそもあのビルも面白半分で入ったんやろ!」

「あん? お前を助けたのは誰だと思ってるんや? 俺が動画撮ろうとしてなかったらお前はあの暗い通りで中途半端な高さから飛び降りたのに死ぬことできずに苦しみながらのたれ死んでたんだぞ!」

「るせぇ!! 俺がこうなったのはな、解雇した会社の責任であって……」

「……ておい、なんかさらに大きくなってないか」

 2人は仲は良かったが昔から喧嘩は絶えなかった。喧嘩をしてほったらかしだった幽霊がさらに大きくなっていた。2人だった人間からさらに1人、また1人と首が生えてきた。今度は老人。性別は不明だ。


「これはまさか噂の恐怖のコンビニエンスストア!」

 虹雨はスマホを撮影しつつも、思い出したのだ。

「噂の?! 知らん、そんなの」

「恐怖系動画チューバー内界で話題になってた深夜にしか開かないコンビニエンスストアで、もともと酒屋だったが他の有名コンビニに客取られて、頑張ってここもコンビニみたいにしようとしたが失敗して多額の借金を抱えた元酒屋一家が一家心中して、その跡地がここなんや!」

「てかなんでタイミングよく俺らが出くわしたんだよ!」

「知らん! 俺ら2人出会っちまったから出くわしちまったんだよ!」

「最悪だー!!!」

「最高の間違いやろ!! 撮れ高最高や!!!」

 虹雨は興奮のあまり訳のわからない状態になっている。由貴は相変わらず泣きべそをかく。そんな2人はギャーギャー叫んでる間にもさらに体から猫と犬も出てきた。

「ペットもかーーーー!」

 全部おそろしい形相をしている。


「でもあの時のことを考えれば……」

 由貴がぽつりと言った。

「……あの時のせいだ、こうなったのも!!!」

 近くにあった物を投げるがどうにもならない。


 その時だった。


 ぴかーーーーー!!!!



 と何かが光ったのだ。2人の前で。


「あんたら話が長い、うるさい! こんなところで喧嘩するな!」

 さっき由貴の横にいた女の子であった。季節外れのジャックオーランタンを持って2人の前に現れた。


「なんでここにいる!」

「……今はそんな場合じゃない! 私がこの幽霊たちを連れて行く! あんたらは伏せてて!」

 女の子は幽霊を抱きついた。ハロウィンの猫の仮装をしているが、ミニスカートでチラッと下着が見えた。

「おお、ラッキー」

 虹雨がスマホで撮影する。ドアを押していた由貴はそんな彼を叩く。


「アホなことするな! この子はあのビルで暴行されて殺されてまだ見つかってないんや! ハロウィンの格好だから四ヶ月前!」

「で、その幽霊がなんでここにいる?!」

 すると彼女は苦しい表情をしつつも恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。


「……タイプだったの」

「えっ?!」

 由貴は驚く。

「違うやろ、俺がタイプだったんやろ?」

 虹雨が言うと女の子は首を横に振る。


「ようやく見つけてくれた……でもそのメガネのお兄さんは巷で有名なエセ除霊師! お金ふんだくって最近は動画投稿始めた人!」

「なんや?! エセ除霊師? お金ふんだくる?!」

虹雨の目は泳ぐ。

「おまえがおらんくなってからエセだとか詐欺とか言われるようになったんや! だったらその通りやってやろうって思ったんや!」

「詐欺は捕まるぞ! 能力悪用したらいかんやろ!!」

「二人ともまた喧嘩して!! 早くなんとかしなさいよ!」

 女の子の腕も限界である。いや、それよりも1人でよくあの巨体の数人と数匹が固まっている幽霊に立ち向かってるのがありえないのだが。


 すると由貴は何かを思い出した。近くにある女の子のジャックオーランタン、蝋燭で火が灯されている。それを拾って

「頭下げて! これ投げるから!」

 由貴は力いっぱい幽霊に向かって投げた。


 ぼふっ!!


 幽霊にジャックオーランタンが当たり、中の火が燃え移り一瞬のうちに青い炎が包み込んで消えた。


 女の子が幽霊たちから離れて由貴に抱きついた。

「おうっ……」

 しっかり受け止めるがやはりその格好にドキッとしてしまう。

「ありがとう……」

「い、いえ、どういたしまして。ジャックオーランタン……燃えちゃった」

「大丈夫だよ。助かったんだもの……」

 と女の子は由貴の腕の中からフッと消えた。


「残念やったな、せっかくのチャンスが。鼻の下伸ばしやがって」

「……伸ばしてない! て、ここは??」

 2人は気づいたら空き地の上にいた。すっかり山開けて薄暗い朝。2人は見つめあって


「やっぱり噂のコンビニの跡地ーーー!!!」


 その足元にはコンビニにあった水中花の鉢植えが転がっていた。





 2人は架空の通報であのビルで女の子がいるかもしれないと警察に電話し、その日の昼のうちにビルの用水から女の子の遺体が見つかったと緊急速報を由貴と虹雨がラーメン屋で見たのだ。

「用水か……ブヨブヨやろうなぁ。可愛かっただけに残念だなぁ」

 と由貴はデザートの杏仁豆腐を突っつく。横ではスマホと睨めっこしながら昨晩の動画を見直している虹雨。

 動画はやはり幽霊たちやコンビニは映ってはいないし、空き地で2人がただ騒いでいるだけであった。


「それを上げるのか?」

「……撮影時間勿体無いやろ。なによりもお前の恐怖に慄く顔が最高やん。これであとは効果音つけて……て、何すんや」

「スマホで全部編集してるの? 通りで雑な感じがした」

「今はスマホでなんでもできるんや……簡単やろ。雑なところが知ろうとっぽくてそれも良い」

 すると由貴がカバンからノートパソコンを出した。


「これから死にます、ていう人のカバンの中身やないな……」

「他にも小型高性能カメラもあるし、音を出すサンプラーもある。死ぬときはこいつらも一緒だって思ってた……てかこれが自分の荷物の全部……」

 と言いながらも勝手に頼んだ杏仁豆腐を口に入れていく。


「そうや、動画の編集は俺に任せてくれ。趣味で知り合いの結婚式のムービーとか作ってた。こういうのとか」

「……趣味やろ? そんなもん……それにお前にそんなことが……」

 と、目の前で流れたのはプロが撮影編集したとしか思えない動画であった。


「トータルプロデュース、由貴! イッツミー」

 ドヤ顔する由貴に虹雨は頭を下げた。

「よろしくお願いします……お前にそんな才能あったなんてな。なんで仕事にしなかった」

「趣味を仕事にするとろくなことないよ……まぁこれからはそうするしかないかなぁ。それよりも虹雨はちんちくりんだがそこそこ顔もいいし、話術もええ」

「ちんちくりん? そこそこ?」


 しかめっ面をする虹雨。それは事実である。

「コメント欄見たが一部お前の信者も少なからずはいる、老若男女……お前はタレント性はある、このコンテンツは爆発的に跳ね上がる……て。新卒から落ちこぼれてフリーターになって宿無し金無しに言われてもなぁ」

「そんなことねぇよ。昔から新しい物好きで流行に敏感やったなあ」

「虹雨だって他の人が気づかないところにすぐ気づいてくれる……悪く言えば粗探しだが」

「お前はすぐネガティヴに変換する!」

「ほらプライド高い、自分好き!」

「自分好きで何が悪い!……て、雨が降ってきたな」

「ほら自分が不利になると話逸らす」


 一気に外は大雨。そんな予兆もなかったのに。

「天気予報はずれたな……傘持ってないし」

 虹雨はどうやら新しい黒スーツを着ていたため濡れたくないようだ。


「大丈夫、雨雲レーダーだとあと10分で止むらしい。ただの通り雨だ」

 由貴はスマホで確認した。


「便利だな、今。その雨雲レーダーがなければあの時も……」

「だよな……」


 あの時。


 そう、あの時だ。




 ※※※


 2人が小学生3年生の頃だ。地元の天狗山に遊びに行き、いつもとは違う道をと進んでいったら迷い、そして大雨で足を滑らせて2人で崖の下まで落ちたのだ。


 由貴は左足首を、虹雨は右手を強く打った。立ち上がれなかったがほふく前進で屋根のある祠までなんとかたどり着く。そしてそこで雨宿りするしかなかった。

「ごめんね、僕が誘ったから」

「そんなことないよ、雲が変な色していたのに大丈夫って言った僕が悪いよ」

「そうやて、虹雨が雨のひとつやふたつ平気だろって……!」

「なんだよ、俺のせいにする気か? そもそもあっちの道にするとか決めたのお前やろ」

 怪我をしているのにいつものように喧嘩する2人。だが虹雨はなにか生暖かいものが頭から流れ落ちたのに気付く。


「虹雨、頭から血が……」

「うわ、まじか……頭切れてたんか。いつもは違う意味でキレててさ、俺は……」

「冗談言ってる場合やない! これ以上動いちゃダメやよ」

 由貴が持っていたハンカチで止血をするがだんだん赤く染まって行く。

「……由貴、お前も鼻血……」

「あっ」

 右鼻から鼻血が出てきた由貴。と同時に目眩が起きて横たわる。2人寄り添い、狭い祠の屋根の下、せめて上半身だけでも濡れないようにと……。


「なんか変な石像あるぞ……鼻がでかい」

「これ、天狗様やないか」

「ばあちゃんがなんか言ってた。この山にはこの街の幽霊たちを取り纏める天狗様がいると……」

「幽霊をまとめるのが天狗って変やん」

「虹雨、もうしゃべんな」

「俺からしゃべりなくすなんて無理なことを……」

「無理やね……」

「……」

 虹雨は目を瞑った。

「そうだよ、君が喋んなくなったら……この世がつまらなくなる」

 由貴も薄っすらと意識が遠のいていく。天狗の石像を見る。


「ねぇ、天狗様。助けてや……この街を守ってくれてるやろ? ……僕たち、何か手伝うから……助けてよ」

 と、小学生ながら命乞いしてしまう由貴。

「こんなのダメだやよね」

 すると雨が止んだ。そして雲から太陽の光が差し込む。


『本当に何か手伝ってくれるのか』

「せ、石像が……天狗様が喋った?」


『命を助けてやる、ただし……』

 大きくて長い鼻の天狗様にそういえば、そんなことを言われたなぁと由貴は思い返す。


 最初は意味がわからなかったが自分だけでなく、親友の虹雨も助かってほしかった。それだけだった。子供ながらに……。


 命を助けられたことと引き換えに由貴は『幽霊をみえる力』と『幽霊を惹きつける力』を。そして虹雨も『幽霊がみえる力』と由貴とは違って『幽霊を除霊する力』を授かったのだ。


 ※※※


「あの力は俺にとっては今はまぁ重宝しているが、由貴はどうや」

「実に無駄な能力や、東京で1人だと実に無駄すぎて」

「そんなこと言ったら天狗様から怒られるぞ……」

「だってみえて、惹きつけるだけでそれでおどろいておしまいだ。お前は倒せるからまだいい」

「……だからあのとき一緒にいようって言ったやん。お前だけ東京いっちまった」

 二人の喧嘩はまた始まった。

「虹雨がアホやから大学落ちて実家の居酒屋やるしかなかったやろ」

「アホやない、たまたまや。やったらお前も俺が大学落ちたら一緒にいたいから東京行かず残りますーって言えば済んだ話やないか」

「一緒にアホになりたくない……でもアホだったからあの頃はたくさん幽霊をみてやっつけた……」

「少年怪奇クラブのような感じで楽しかったな」

「んな!」


 天狗様に命と能力をもらった2人はその後、街の幽霊達の治安を取り仕切っていた。2人は最強の2人だった。テレビや雑誌にも取り上げられてたくさん注目されてお金も名声も得た。


 しかし進学、という人生の岐路、運命の悪戯で離れ離れになった。

 そうすると能力はそれぞれ中途半端な成果しか出なかった。由貴はただ幽霊をみえるだけ、虹雨は金儲けのために使ってはいるもののなかなか認知されない。能力を授かった小学生の末路は今この状態である。


 30過ぎた2人、こうして変な再会をした。

「また宜しくな、相棒」

「おおう、再会に乾杯」

「ってお前いつの間にビールたのんでるんや」

「だって雨降ってるからちょっと飲もうと……くはぁ〜久しぶりのビール!!」

「このやろ、調子に乗りやがって」

 またまた喧嘩が始まろうとしているが2人、目が合うと笑ってしまった。


「さて、まずはお前の肩に乗ってる幽霊除霊から始めるか」

「そうやなぁ〜なんとかしてくれや。さっきから気になって仕方なかったん」

「平気で杏仁豆腐にビールいったなぁ」

「これは日常茶飯事なんや……こないだのコンビニのは流石に怖過ぎた」

 由貴の肩には真っ赤なヒールを履いた脚だけの女性の幽霊が乗っている。

「それよしか目の前の自殺したっぽい見習いアルバイトの幽霊でもええけどねー」

「湯切りずっとしとるやないか。なぁ、どっちが撮り高ええんやろ」

「さぁ、お前のリアクション次第や」

「また僕の間抜けな姿撮られるんやな……」

 2人は笑った。


 終

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